表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

168/240

第168話 「婚約者として」




 英雄が倒れたという凶報。

 宰相が暗殺されたという、絶大なインパクトをもたらした事件。

 平和だったはずの王都に激震が走り、誰もが恐怖した。


 神話のような回復魔法を操る英雄をも、殺しかねない毒。

 それを使用する賊がいるという事に恐れ、誰もが疑心暗鬼に陥った。

 隣人すら信用できない。そんな陰鬱とした感情が人々を覆う。




 活気のあるはずの王都は、見る影もなく閑散としている。

 閑古鳥が鳴いている店にも、呼び込みをする店番すらいない。


 王国首都の往来にここまで人の気配が無いという、明らかな異常。

 それが常態化しつつある状況に、ますますその流れを加速させていた。




 花の都は、閉塞した雰囲気となっていた。

 獣人からの証拠品となる、物資などの徴発。

 その繋がりから人間であっても調査のために、被疑者たちは強制連行されたからだ。


 衛兵は、棘ついた雰囲気で哨戒している。

 件の革命を標榜する反乱組織を何としてでも撲滅するように、王命を受けていたからである。






「…………………」




 そんなところに動く、小さな影がある。

 裏道を早歩きする、エプロンドレスを着た女の子だ。


 流石にあちこちを警戒しながら進んでいるようで時折、曲道で足を止めている。

 そうこうしているうちに、ようやく目的地へとたどり着いたようだ。

 そんな隠密行動をしていた彼女であったが、あるものを捉えると愛らしい顔を驚愕に染めた。




「――――――――エーデル様!? このような所でどうされました!?」



 仰天しているフリチラリア。

 ここは公園。

 そこに今、この状況で存在するはずのないものがあったからだ。


 緩慢と頭をあげた目元が腫れ上がった、哀れなツーサイドアップの姿。

 見るからに育ちのいい身なりをした、長髪の子ども。

 アルタイル・アルコルの婚約者である少女は、ようやくその声に気づいた。





「…………フリチラリアちゃん……」


「お貴族様のお嬢様がこんなところで!? 危ないですよ!!!」


「………………」


「ご家族にはなんと?」


 強い口調で危険だと言及するも、この貴族であるはずの美少女の反応は鈍い。

 返答をじっくりと待つフリチラリア。


 暫しの時が流れ、ようやくその小さな唇を開いた。

 発されたのは予想していた、されど貴族子女がするには迂闊に過ぎる言葉。




「何も言ってなぃ……」


「それは……ご心配なさるでしょうね……」


「フリチラリアちゃんも、此処にいるじゃない。誰も外になんて出てないよ」


 刺々しくフリチラリアのことも追及する。

 この少女らしくない、やつ当たりのような言い草であった。

 しかし気にしてないように、快活にそれに返答した茶髪の町娘。

 この大人びた少女は、実に度量が広い。




「私は……まぁ家に居ても仕方ないですし! 家に居てもダメなときはダメですよ! 私の家は一般家庭ですから♪」


「………………」


 何も言葉を返さないエーデルワイス。

 しばらく時がたち、律儀に返答を待っていた。






「――――――――――どうしよう。お兄ちゃん。死んじゃうよぉ」




 憔悴しきった目。目元が赤く腫れあがっている。

 ここに至るまで、ずっと泣きはらしたのだろう。


 ようやく漏れ出た言葉は、彼女の婚約者に関して。

 その現在の、彼の病状についての情報だ。




「…………アルタイル様のご容体が? そこまでの……」


「お父様が……覚悟しておけって…………あんな毒は……治療法がないだろう……って」


「…………それで喧嘩になって、出てきちゃったんですね……」


 フリチラリアの慎重な問いに、コクリと頷く黒髪の少女。

 彼女の問いかけは、話をすり替えるという狙いもあったのだろう。


 毒が何であれ、彼女たちにできることなど何も存在しない。

 それを直視させようとしないがための、彼女なりの気遣いというものであった。




 一瞬フリチラリアが厳しい表情となる。

 普段は笑顔の絶えない彼女。


 しかし今は、その面影もない。

 自らも親睦を深めた、そして国家を守る英雄の窮状に胸を痛めているからだろう。






「わたし、わからなくなっちゃった」



「…………?」



 エーデルワイスはスカートの裾を握り締め、肩を震わせながらポツリと呟く。

 それは自身を卑下するもの。


 アルタイルが今後どうなろうと、彼女は彼に釣り合う人間だと思っていないのであった。

 それを聞いた茶髪の少女は、直ちに否定しようとする。




「どうなったって、お兄ちゃんのお嫁さんなんて、成れないよ。私、ダメな子だもん」



「そんなことはな 「あるよっっっっっ!?!?!?!?!?」…………」



 黒髪の少女は、泣き声と共に叫ぶ。

 いつも気弱な彼女には、本来ありえない行動。

 フリチラリアは気圧されたからか、ぴたりと押し黙る。




「どうしてわたし、何もできないんだろう。いつもお兄ちゃんに助けられてばっかりで、何も返せてない。」



「…………」



「お兄ちゃんが苦しいとき、わたし何してたんだろう」



 エーデルワイスは言葉の少ない、内気な少女だ。

 だがそれは何も思っていないという事ではない。


 彼女は彼女なりに努力してきた。

 しかし絶対的に及ばないものがある。




 周りにいる、次代を担うに相応しい幼き天才たち。

 彼らに釣り合うように、並び立って進めるよう影に日向に賢明なる努力を重ねていたこの少女。




「私、何もできてないよ。可愛くもないし、一緒にいて楽しくもない。ノジシャさんみたいにすごくないし、カレンちゃんみたいに頭もよくない。フリチラリアちゃんみたいに、みんなを笑顔にもできない。頑張ってるけど、辛くても頑張ってるのに。なんで皆みたいに、なれないんだろう」



矛先を向けられたフリチラリアは、矛先を向けられたからこそ、軽い調子では返答できない。

 悔しそうに唇を噛みしめ、己の無力を嘆いている。






「お兄ちゃんに嫌われちゃう」




 そう震える声を出すと、大粒の涙を流す黒髪の少女。

 彼女は内に閉じこもっていた自分を、外に連れ出したアルタイルを。

 英雄として偉業を成し遂げた婚約者へと、どこか幻想めいた慕情を抱いている。


 年頃の少女にありがちな、微笑ましい恋慕である。

 だが誰も決して、それを否定することなどできないだろう。




 魔王直属の魔王軍幹部である魔将を、史上最年少で打倒。

 数度にわたって王国の平和を守護し、幼少の身で貴族位を得た、現代に生ける伝説。


 間違いなく現在世界最高の英雄であり、後世に語り継がれる少年。

 それがアルタイル・アルコル男爵。




 彼に釣り合う女性など、存在するのか疑わしいものである。

 その婚約者としてのプレッシャーは、凄まじいものであろう。

 彼女は死に物狂いで戦う婚約者を心配させないべく、必死に今まで耐えていたのだ。






「エーデル様は心の支えになってますよ。だからアルタイル様は、いつも楽しそうにしていられるんです。私が一緒にいた時間は短いですが、だからこそわかるんですよ♪」



 優しく語り掛けるフリチラリアは、ハンカチを取り出して優しくエーデルワイスの下瞼を拭う。

 そして身をかがめて顔を近づけると、花が咲いたように笑った。




「何よりとっても可愛いんですから! 自信持ってください♪ アルタイル様はこんなに可愛い子に、絶対会いに来ますよ!」



「うぅ…………」



彼女は悪戯っぽく、アルタイルの性格を揶揄する。

それが説得力であったのか、黒髪の少女は顔を赤らめて目を逸らす。




「美人さんが台無しです。英雄様がみたら、きっとアワアワしちゃいますよ♪ だから笑顔で迎えてあげましょう。泣いていたらお辛いところに、もっと心配をかけてしまいます」



 平民の少女は手を差し伸べて、エーデルワイスを立たせる。

 おずおずとその手を取ったツーサイドアップの髪形をした少女は、豊かな胸元を揺らして起き上がった。






「フリチラリアちゃんはすごいね……いつもみんなに元気をくれる」



「そんなことはございません! イイ女でありたいと、努力してはいるのですがね! 私が一生懸命になれるのは、エーデルさまがステキな方だからですよ♪」



 尊敬交じりの視線と、感嘆の言葉を漏らす令嬢。

 それに対してフリチラリアはウィンクして、冗句を交えて答えた。

 ツア・ミューレン伯爵家のお嬢様はおかしそうに、だが初めて微笑む。




「だから祈りましょう。アルタイル様が助かるように」


「ぅん……うん……!」


「その前にご家族が心配しますよ!早く帰りましょう♪」


 少女たちは手をつなぎながら、帰路についた。

 誰もいない町の中で、彼女たちは小さな足を進める。

 今この時だけは、この町は二人だけの足音が軽やかに奏でられていた。






「――――――フリチラリアちゃん……わたしと、その…………」



「…………? なんでしょうか?」



「わたしと……と……お友達になってください…………!」



「……う~~~ん」



 その時エーデルワイスが、弱弱しい声で嘆願した。

 それを受けたフリチラリアは、可愛らしく唸りながら考え込む。


 意を決した願望を裏切られた形となった黒色の長髪の少女は、たちまち気弱な一面を表に出す。

 哀れっぽく震える声で、体を縮こまらせた。




「ダメだった……? …………ごめんね……こんな暗い子……いやだよね……」


「私は――――――――――」


 フリチラリアの声に、エーデルワイスは可愛らしい顔をくしゃりと怯えたように歪めた。

 そこに疑問符を浮かべたフリチラリアが、その考えを困ったように言及する。






「――――――――――もう友達だと思ってましたよ?」




 意図しなかった言葉に、深紅の眼を目一杯に見開く。

 そんなエーデルワイスに、悪戯な笑みを向けて茶髪の美少女は改まって挨拶をした。




「これからもよろしくお願いしますね♪ エーデル様!」



「うんっ!」



 少女たちは手を取り合う。

 歩き出すのは、帰り道。


 王国を蝕む、恐ろしい運命。そんな闇にもこうした光は存在する。

 彼らが光明を見出すその道の果てに、何が待ち受けているのかは只人にはわからない。

 しかし彼女たちは、今この時だけでも、希望に心を任せることができたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

面白い、または続きが読みたいと思ってくださる方は、上の☆☆☆☆☆から評価・感想していただけると執筆の励みになります!

新作も読んでくださると嬉しいです!

 『間が悪いオッサン、追放されまくる。外れ職業自宅警備員とバカにされたが、魔法で自宅を建てて最強に。僕を信じて着いてきてくれた彼女たちのおかげで成功者へ。僕を追放したやつらは皆ヒドイ目に遭いました。』

追放物の弱点を完全補完した、連続主人公追放テンプレ成り上がり系です。
 完結保証&毎日投稿の200話30万字。 2023年10月24日、第2章終了40話まで連続投稿します。



一日一回投票いただけると励みになります!(クリックだけでOK)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 王都に不穏な空気が流れるなかで会う二人。 エーデルワイスちゃんもつらいですね;つД`) 婚約者が立派過ぎて、引け目を感じてしまうのは理解できます。傲慢にならず努力を続けているのに、控えめな…
[良い点]  や、やばい……アルタイルが聞いたら今までにない暴走をしてしまう!!!  フリチラリアもどさくさに紛れて被蓋に遭う味蕾が見える……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ