表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

167/240

第167話 「親代わりの重圧」




 夜が更けても寝ずに我が子と共に過ごすと、固く主張するアルフェッカ。

 これが親子の別れとなるかもしれない、そんな暗い夜。


 だからこそこの時は、最後かもしれない時は。

 出来る限り親子二人きりで過ごさせることとなった。




 部屋を辞したサルビアは、フラフラと廊下を歩き続ける。

 度重なる看病による疲労で、心身とも限界であるのだろう。


 まだメイド見習いであるステラも、それを何とか手伝ってはいる。

 それでもアルタイルの看護責任を担う、彼女の業務は多すぎる。




「サルビアさん……お部屋に戻ろうよ……? 疲れた顔してるよ?」


「…………えぇ……もう少ししたら……」


「もうこんな遅いんだから! それに私たちができる事なんてないよ……みんなもう寝ちゃったんだもん。サルビアさんも休まないとダメだよ!」


「…………えぇ」


 心配の声をかけた、このアルタイルの乳姉弟である少女。

 一拍置いて返答した銀髪の女性は、憔悴した顔を緩慢と向けた。


 無言で歩く二人。

 ちらちらとステラは、身長の高い銀髪のメイドの様子を窺う。


 それほど心配するまでに、彼女は顔を陰鬱に沈み込ませているのだろう。

 そのまま倒れこむように、自室へ戻った。






「――――――私は…………坊ちゃまを支えているつもりでした…」



「え…………?」



 しばらくベッドの上で、無言で座っていたサルビア。

 このメイド服を着た美しい女性は、何を思ってか力なく呟いた。

 それに対して水差しを持っていた手が止まった美少女は、薄紫のツインテールを揺らす。




「私がいなければ、坊ちゃまは生活すらできないと、そう思いあがっていました」


「何……言ってるの?……サルビアさんは沢山お仕事して…………」


 突然の言葉に怪訝な様子で答えるステラは、否定の言葉を述べた。

 だがそれは納得するに程遠いものだったのだろうか。






「私は坊ちゃまのことなど、何もわかっていなかった」




 小さなステラの言葉を遮り、強く否認した。

 この銀髪の女性は影の漂う表情で、その内心を吐露する。




「あの子が課せられた重圧。私たちを心配させまいと、気丈に振る舞っていたのでしょう。大事なことは、苦しいことは隠す子です。病や戦争に苦しんできたから、痛みがわかるから、優しい子なのです。わかっていたはずなのに。私が一番にわかっていてあげなければならなかったのに―――――――」



 アルコル家当主アルフェッカの妻であった、ナターリエ亡き後。

 ステラの実の母であるヘンリーケと共に、アルタイルの親代わりとなっていた彼女。


 しかし英雄である彼女の主人の内心を、完全には察することができていなかった。

 寄り添い、癒すことを怠っていたのだと自責の念を呈した。




「それなら……ステラだって! お兄ちゃんが死んじゃってから、わたし……頑張って修行してたけど……まだ何の役にも立ててないし……お仕事だって全然できないし……」



 この少女の兄は、魔将トロルとの戦いで、無残にも命を奪われた。

 その影響もあってか、アルタイルの支えになりたいからか、適性のある武術に打ち込んでいるステラ。


 その上達ぶりは目覚ましいものがあるが、何分まだ子ども。

 戦場に出ることは、アルコル家の武官長からまだ許されていない。




 だからこその焦燥。メイドとして満足に仕事がこなせていないことも、それを助長しているのだろう。






「あなたは立派です。坊ちゃまのことをお助けするべく、子どもながらに命を懸けて戦場に立とうとしている。でも私は違う…………大人で、非戦闘員の私は違う……ナターリエ様が亡くなり、あの子の親代わりとなるべく誓った日から。残された病に苦しむあの子を、心だけでもお支えしようとしたはずなのに……治してあげられるどころか、何もできない歯がゆさを実感したのにもかかわらず、それを忘れて……」



 やんわりと異議を唱えた、メイド服を着た妙齢の美女。

 小さなメイド見習いの頑張り様を褒め称える一方で、自らを卑下するサルビア。

 ステラからその緑の眼を反らし、悲しげに自身の過去を自嘲する。




「私はあの子の気持ちを、苦しみを、何もわかっていなかった。いや目を背けていた。すぐ近くに暮らしていて、命を守られている分際でありながら」


「サルビア……さん……」


 何もかける言葉が見つからないステラは、口籠ってしまい俯く。

 度々風邪をひき調子悪そうにするアルタイルに、彼女自身も何もできなかった記憶がある。

 そんな自分を差し置いて慰めの言葉を発することは、とても叶わないのだろう。






「本当はまだ、友達と無垢に遊んでいる年齢のはず。私があの年の頃なんて、何も考えていなかった。お父様に命ぜられるがままに、ただ漫然とメイドの職務をしていただけだった」



 アルタイル・アルコルは、男爵位を得る紛れもない貴族。

 しかしまだ一人前と呼ぶには、ありえない程の幼い年齢だ。


 天才であるから、英雄であるから。

 そんな称号にぼやかされた、その真の姿を知るものだからこそ許し難い己がいるのだろう。

 悔しそうに哀愁に満ちた美しい顔を歪め、艶やかな唇を噛みしめた。




「あの子は他とは違う子なのだと、英雄だから当たり前なのだと。天才だから当然なのだと。そう思い込んでいたくせに、自分がいなければ何もできないのだと。くだらない矛盾したプライドを抱え、愚かにも己を分不相応に過大評価していた」



 恥ずかしげもなく、身勝手な自己満足に浸っていたのだと。

 醜い感情に気づいたときは、もう遅かったのだ。


 アルタイルは意識不明の重体。

 その声を再び聴くことすら、危うい状況。




 そんな時になってようやく悟った、捻じ曲がった自尊心。

 ふてぶてしく居直ることができなかった彼女の澄んだ心が、自らを傷つけるのだ。






「私は浅ましい女。英雄を育て上げたのは自分だと悦に浸り、自分に都合のいいことばかり考え。寄り添うべき存在を裏切り続けてきた、くだらない女なのです。こうして一番大事なものを失いつつあるとき、ようやくそれを自覚した愚かな女なのです」



 自嘲の言葉を漏らしながら、片手で目元を抑える。

 普段は大人として、悪いことをした子どもたちを叱っていた彼女。

 それらすべての行動を保証していた、立派な大人としての自負。


 それが崩壊した今、情けなさからか細くしなやかな指の間から、雫が次々と溢れ出ていた。

 次々と床に向かって、水滴が滴り落ちる。




「そんなことないよ!? サルビアさんは私たちにいつも優しくしてくれたもん! いっつも助けてくれたもん! アル様はサルビアさんと一緒にいると、いつも喜んでたもん!」



「……………」



「それにまだ失う訳ないもん! アル様は絶対生きてるよぉ! 絶対……絶対なんだから……」



「……………」



 悲鳴のような声で叫ぶステラ。

 物心ついた時からアルタイルと共に育てられた女の苦しむ姿に、心を痛めているのだろう。

 しかしどんなに腕を揺さぶっても、何の反応も返さない。


 小さなメイドは暗澹たる表情で、力なく手を動かす速度を緩めていく。

 ひどく冷たい沈黙が流れる。




 ステラは涙を次々と流すが、サルビアはそれに対応する余裕もないようだ。

 唇を噛みしめ、鬼気迫る面持ちで何事かを思いつめていた。






「――――――――――失礼します」



「…………………入りなさい」



 そんなところにノックが聞こえてきた。

 年若い女の声。


 それに緩慢と掠れた声で、入室を促す銀髪のメイド。

 瞬時に佇まいを正し、仕事への準備をする。




 入ってきたメイドは、泣き続けるステラを見てギョッとした顔をした。

 だが急を要する要件であるからか、早口で一方を告げる。


 サルビアはそれを聞くと、彼女らしくない怪訝な感情がその美しい顔に現れた。






「教会から特使が来たとのことです」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

面白い、または続きが読みたいと思ってくださる方は、上の☆☆☆☆☆から評価・感想していただけると執筆の励みになります!

新作も読んでくださると嬉しいです!

 『間が悪いオッサン、追放されまくる。外れ職業自宅警備員とバカにされたが、魔法で自宅を建てて最強に。僕を信じて着いてきてくれた彼女たちのおかげで成功者へ。僕を追放したやつらは皆ヒドイ目に遭いました。』

追放物の弱点を完全補完した、連続主人公追放テンプレ成り上がり系です。
 完結保証&毎日投稿の200話30万字。 2023年10月24日、第2章終了40話まで連続投稿します。



一日一回投票いただけると励みになります!(クリックだけでOK)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 大切な人が死にゆくのを前にすると、なにかと後悔が湧いてくるというのは非常にわかります。サルビアは母親がわりという自負があったからこそ、余計につらいですね。 そのプライドが過剰になり、英雄…
[良い点] 細部の言葉選びがとにかくおしゃれです。 「すごい...」と唸りながら読んでいました。 [一言] 完結期待してます!
[良い点]  ここで教会!? 転機になるのか……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ