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第160話 「理想郷へ」




 煌々と照る月。

 朧ろに差しいる月明かりが、その建物を照らしていた。


 丘に孤立して建つ印象的な建造物であるために、廃教会の類だったのかもしれない。

 その場にて一堂に会する、正体不明の何者か達がいた。




 その荒れた内部に階段の頂点で立つ、得体の知れない長身の人物が見える。

 月影を背にした、彫刻のように美しく彫りが深いシャープな顔立ち。


 夜闇に爛々と灯る、強い力がある三白眼。

 抜き身の刃のような、物々しい雰囲気を纏っている。

 不吉な男。第一印象はそれしか適さない。


 浮世離れした、どこか危うい雰囲気を放つ者。

 彼は少しの間とともに沈黙の空間へと、音の波を染み渡らせる。

 天高く手を振りかざし、勢いよく前方へと振り下ろしながら宣言した。






「―――――――成功したようだ」






「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」






 そこにいるのは、数千にも及ぶ獣人たち。

 壮観である。

 そして迫力を感じる。


 それ以上の威迫をもって、謎の男は叫んだ。

 歓声はすぐに鳴りやむ。

 その注目は、この人物へと集中する。






「喜ぶのはまだ早い!!!!! 同胞たちを救い出し、革命の狼煙とする!!!!!」




 仰々しくマントを靡かせるその在り様には、貫禄がある。

 彼の甲走った美声は、政府転覆に値する行為を触れ込む。

 獣人たちはそれに聞き入り、しきりに同調している。

  

 未だ素性の知れない彼は、続けて聴衆に対して講ずる。

 内容は政治に対する非難であった。






「昨今の獣人を蔑視し、軽んずる風潮に異議を唱えながらも、我らは平和を愛し忍従に甘んじてきた!!! しかし!!! 人間たちはその欲望に際限なく、我ら誇り高き獣人を搾取し侮り迫害し続けてきた!!! 我らの未来は、憎むべき者たちの手により暗く閉ざされてしまった…………我らの生命、財産、名誉は冒涜を強いられることとなったのである!!! 仕舞には『獣人管理法』なる悪法をもって、我らを脅かそうとしている!!!!!」




 人間の悪意を声高に吹聴し、自分たちの悲惨な境遇を訴えかけている。

 触れたら切れてしまいそうな、狂気的に放たれたシグナルとして。


 彼を慕う者たちは同意しながらも、怯えている顔が散見される。

 この何者かの信奉者として、彼に縋っているいるように。




「この法律は断じて我らに利益をもたらすものではなく、害を為すものである!!! これは我らの生活をよくするはずの租税を徴収しやすくするが、貴族たちの懐に入れやすくするためのものなのだ!!! そして戦争に使うのではなく、力なき者たちを救うためでもなく、奴らが肥え太るためのものなのである!!! そして今もなお、そのような強欲なる貴族たちから迫害を受ける者たちがいるだろう!!! 我らはあらゆるものを奪われ、ただ死を待つばかりとなっているのだ!!! この屈辱を表現する言葉は、俺は形容することすらできない…………だが!!!!!」




 沈痛な面持ちで獣人たちは唇を噛みしめ、怒気を露わにする。

 だが彼らの心に染みこんだ奴隷根性は、容易に拭い去れるものではない。

 空虚な眼孔をぼんやりと向ける。


 しかしこの者は。

 革命軍のトップである男は、それを怒りと憎しみを煽ることによって枷を外した。






「俺は弾劾する!!! 我らは奴隷の如き扱いを受けるべきではない!!! 思いあがった人間たちこそが!!! 今こそ報いを受けるべき時なのである!!!!!」




 凶相の男が、巧みなる演説をしている。

 見上げるような長身の美男子ではあるが、どこか禍々しいオーラが見られる。

 この白晢の獣人は、青みがかかった黒の長髪を翻して吠えた。




 人間より過酷な待遇で馬車馬の如く酷使され、それでもなお人間よりも低い雀の涙のような報酬しか得られない肉体労働者。

 それが獣人の現実だ。


 彼らは体を壊せば見捨てられ、死を待つしかない。

 人間ならば地縁や血縁による互助で助かる芽はあるが、彼らにはそんな余裕はない。

 自分が生きていくだけで、精一杯の生活なのだ。


 腐肉を漁るような生き方への、深い絶望。

 その環境から脱するための用意など、あるはずもない。

 悪政に苦しむ鬱屈した数多の思念が、ここに堆積していく。




 よって犯罪へ走るものも多く、それが偏見へとつながっている。

 獣人は粗暴で単細胞。愚かな劣等生物。知能の劣った土人。


 傍から見ると軽犯罪を繰り返すことは軽率に見えるかもしれないが、そうせねば彼らは後がないのだ。

 強いられた貧困に、喘いだ末の結果。

 それが現在の獣人を取り巻く実情なのだ。


 この社会の現実が、鮮明に映し出されただけなのだ。

 王国の矛盾の吹き溜まりが、たまたまここに現れた。それだけである。

   





「我ら謂れなき迫害を受けた者たちの危機に際して、王国貴族は何をしていたのだろう?連中は我らをどこに導いたというのだろう? 何も果たしていない!?!?!? それどころか不当な手段によって、我らが生み出した富は邪悪な者たちに吸い尽くされた!!! 本来我らの手にあるべき全てが、理不尽に奪われているのだ!!! その結果、我らは生き地獄というべき境遇に突き落とされた!!! このままでは死を待つばかりなのではないか!?!?!? 諸君らはどう考えるのか!?!?!?」




 この男に指摘され、沸々と沸き起こる疑念。そして自らが導き出した答え。

 つまり明白な社会矛盾への怒り。

 それが爆発的に噴出し、怒声と変じて世界に現れる。


 演説者はそれに重々しく頷く。

 一層大きな声で、変化を訴えた。

 それは彼ら自身の手によるものである。






「ならば正さねばならない!!! すべての獣人を阻害から解放するのは、途方もない努力と忍耐を要するだろう!!! 諸君!!! 誇り高き獣人諸君!!! 諸君たちはそれを拒み、永遠と隷従に甘んずるか!?!?!?」




「「「「「「「「「「否!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」




 辛酸を舐めてきた獣人たちは、それまでの鬱憤を晴らすように一体感から来る歓喜に打ち震える。

 抗えぬほどの多幸感、高揚感に酔いしれ、この革新は天意とばかりに自己陶酔する。

 集団心理が熱狂を助長する。


 朗々と謳いあげる彼を教祖のように慕う者たちは、人としてあるべき感情が欠落していく。

 正義で残忍を覆い隠す。

 乱れ歪む名分も、この熱狂の前に気づく者はほとんどいない。

 

 壮大な詐術を用い覆い隠された、正義という幻想が剥がれれば。

 まやかしがあることに気づいた者たちが、どれほど後悔に沈むのだろうか。






「この世の地獄はある裏で、我知らずと安穏と暮らす者たちがいる。地獄のような責め苦に我らが家族、子孫を犠牲にし続けるのか? そんな許されざる悲劇が許される道理は、どこにあるというのか―――――――」




 右の拳を固く握り締め、義憤に満ちているとばかりに社会悪を糾弾する。

 悔し気に唇をかみしめた彼は、震える声で意思を表明する。

 得体のしれない圧迫感が、場を支配する。




「―――――――この歪んだ社会構造を受け入れて、元の生活に戻り命を擦り減らせていくか? そこで我らが受けた、許されざるべき所業。例えばそれは、尊厳の凌辱であったり、例えばそれは謂れなき差別であったり、例えばそれは罪なき仲間の死であったりした…………次は何を奪われるというのか? 奪われないためにはどうするべきか? それらを経験してきた諸君なら、答えは一つしか持たないはずだ。心に渦巻く、この燃え盛る感情は何かわかるはずだ。隣の者の顔を見れば、わかるはずだ。進むべき理想を知るなら、わかるはずだっっっっっ!?!?!?!?!?」




 凄まじい肺活量から放たれた、変動への姿勢を揺らがせないための方便。

 不満を煽って生まれ出でた、歪な志。

 言っていることは一見正しいが、彼らの目には憎悪と暴力性が散見される。


 いったい彼らのどれだけが、正義とやらを信じて戦うのだろうか。

 恐ろしい流血と嘆きの涙を、振りまかずにいられるのだろうか。




 憎き相手を、すべて八つ裂きにしてやりたいというほど。

 心肝を寒からしむるほどの怨恨が、この地には充満している。


 誰もが彼の言説通りの、凄惨な扱いを受けているからだ。 

 長きに渡り、不遇を押し付けられてきた彼ら。

 嘆き余る程の、どん底の境遇。

 その恨みは計り知れない。


 彼らの中には我が身を滅ぼしてでもこの恨みを晴らすという気概さえ、ある者も居るのだろう。 

 荒涼としたこの地に負けず劣らず、殺伐とした雰囲気を放つ幾ばくかの人物がいる。






「ならば諸君!!! 遠き未来であろうと、我らが正義と誇りを取り戻す日は必ずや到来する!!! 守りたいもの、取り戻したいもの、欲するもの! 全てを掴む日は我らのこの手で!!!!! 実現するのだ!!!!!」




 既存秩序を揺るがす、理性の檻に囚われていた怪物が目覚める。

 闇の中で瞳が燃え、復讐者たちは声を上げる。

 この稀代のカリスマに心酔した、決起集会に参加した獣人の集団。


 乾いた風が吹いているはずなのに、異様な熱気が全くそれを感じさせない。

 不穏な熱が、際限なく昂っていく。






「我らは屈しない!!! いかなる弾圧を受けようと、いかなる甘言を弄されようと!!! この誓いを裏切らず!!! 我らは揺るがぬ信念を胸に闘い続ける!!! 幾度なく血と汗にまみれようと、同胞の涙を見ようと、必ずや種族の解放を果たす!!! 解放者となり、正義を執行する!!! これは復讐ではない!!! 大義の戦いなのだ!!!!!」







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 『間が悪いオッサン、追放されまくる。外れ職業自宅警備員とバカにされたが、魔法で自宅を建てて最強に。僕を信じて着いてきてくれた彼女たちのおかげで成功者へ。僕を追放したやつらは皆ヒドイ目に遭いました。』

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[良い点] 獣人と人間の対立と革命。非常に緊張感のあるシーンでした。 革命軍のリーダーは、カリスマ的ですが、危険な人物でもあるようです。 彼の熱い言葉に、迫害や搾取を受けてきた獣人たちの感情が爆発…
[良い点]  狂気を煽る革命軍のリーダー  彼への謎も深まりますね!
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