第158話 「悲惨な事情」
ほとぼりが冷めたころ、シファー家の家人に事情徴収をした。
なぜこのような事件が起きたのかはわからない。
しかしその原因の推測や、調査はしなければならない。
あの気になる発言。
革命という、王国の国家体制そのものを揺るがす概念。
あれを受けたら、こう思うに決まってる。
このようなことが、また起こらないとも限らない。
だからこそ念入りな検証が必要となる。
「おかしいと思ったのです。王都出立前から様々な馬車の不具合や、御者の体調不良などが頻出し、進行が不自然なほど遅かった。おそらく紛れていた間者の仕業だった!」
弁明するかのように、持論を表明する。
事情徴収した彼は忙しなく、視線を周囲へと行き来させていた。
それはアルコル家ではなく、自身の家中の者たちへ。
猜疑心に染まった目。
もはや誰を信用すればいいのかも、わからないのだろう。
「叛徒共に内応した家人、いや間者も多くいた! 誰を信用すればいいのかもわからず、我らはここで戦うしかなかった。家中の統制を御することもできない無様を晒し、面目次第もございませぬ」
恥じ入った様子で、当時の情報提供をするこの男。
想像する以上に、状況が悪いようだ。
公爵家。しかも宰相の家門にまで浸透しているのか……?
王国深くまで根を張る、革命軍という組織。
新たなる勢力の出現。
それに透明な新種の皮が、流れているという事。
貴族たちの中にも裏切者がいるという事の、危険性。
父上は口を挟まずに静かに聞いていたが、仕切り直そうとしたのか話題転換をした。
次の論題は、暗殺されたシファー公爵の嫡男。
エルナト殿について。
「事情はあらかた分かった。さて……生存者の確認、そしてエルナト殿もお辛いかとは思うが、これからの話をさせて頂きたいのだが」
「はい。僭越ながらお願い申し上げたく。それと…………」
冷たい雰囲気を放つ父上。
シファー家の家人の一人だろうか。老執事の風体の男が対応に当たっている。
爵位持ちの男衆が軒並み動けない、異常事態であるという事の証であろう。
何かを言いたげに、返答に窮する老紳士。
その様子へ僅かに父は、眉をひそめた。
「男性の方はエルナト様にはどうか近づかれないように、どうかお願い申し上げます!!!」
「それはなぜでしょうか?」
「それは……」
歯切れが悪く言い淀む老執事。
何か事情があるのだろうが、言いたくないようだ。
しかしエルナトの安否の確認をしないというわけにもいかない。
どうしたものか……
父上はそれをしばし観察すると、ある質問を投げかけた。
解決策として、誰が様子を見に行くかという事である。
その問いかけを聞くに、父上は何かしらの答えにたどり着いたのだろう。
彼の中で、ある推測が確信を得たのかもしれない。
「ふむ……それは見た目が男性でなければという事ですかな?」
「まぁ……そうですな……」
「なるほど…………アルタイル。行ってきなさい。髪紐をほどいて、ゆったりした服、何か羽織っていきなさい」
「えっ!?俺ですか!?」
「そうだ」
話を振られた俺は、思わず吃驚する。
だが父上は小さな反応しか示さない。
これは有無を言わせない時の態度だ。
俺は諦めて従う事にする。
「一番警戒されなさそうで、彼から聞き出せそうなのはお前だろう。面識もあることであるし。ステラでは聞きたいことも聞けるかどうか怪しいし……サルビアだと怯えさせてしまうかもしれない。何より女性には荷が重いだろう。すまないが頼む。近くにヤンは控えさせておくから、危険はないだろう」
「わかりましたぁ」
ぼやきながら向かう。めんどくせーな。
あの小憎たらしいお坊ちゃんの子守なんぞ、御免だっての。
つーかアイツも気まずいだろ。
俺は悪いことしたとは思ってないが、向こうが話したくないんじゃないの?
でもそうも言ってられないか。
アルコル家の使用人たちは、男女問わず不安そうにしている。
ったく大人は楽じゃないぜ……
シファー家の家人に話を通して案内されると、焚火に当たり項垂れた少年が見えた。
その周りには不自然なほどにぽっかりと穴が開いたように、人影が皆無である。
目元が陰で見えないほどに肩を落としているのは、やはり気落ちしているからであろうか。
そこに俺が近づいたことを悟ると僅かに頭をあげて、ずっと視線を俺によこしている。
だが怯えたように身を固くし、以前に見た傲慢な態度は片鱗すら見当たらない。
「エルナト殿。ご無事で何よりです。父君のことは、謹んでお悔やみ申し上げます……」
「…………」
「……我らアルコル侯爵家が、シファー公爵家の方々を保護しております。安全は保障されております故、せめてもの慰みに過ぎませんが、ご安心頂ければ……」
「…………」
意思の疎通を図るが、碌な反応がない。
澱んだ顔色。
あの何が起きようとも、悠々綽綽としているような振る舞いが嘘のようだ。
とても同一人物とは思えない。
こいつもまだガキだってことか。
哀れさすら覚えるほどに、気が動転している。
父親が死んだのだから当然だ。
このくらいのガキにとっては、世界がひっくり返ったような衝撃だろう。
俺だってもし父上が殺されれば、とても平静ではいられない。
しかし後継者として、誰がシファー家当主の座に座るのだろうか。
一族内にどんな有力者がいて、誰が生き残っているのかにもよるが……
だが被害は尋常なものではないと節々から予想できるし、中継ぎとしてでも誰が家長となろうと波乱は確実であろう。
様々な点で腑に落ちないが、これだけは確かだ。
「………………………」
「――――――っ」
そんなことを考えていると、結構な時間が経っていたようだ。
先ほどよりも顔を青ざめさせたエルナト殿が、震えている。
何か怖がらせたかと思ったが、自己完結して内省する。
シファー家は身内の裏切りが契機となり、この惨状となったらしいのだ。
他の家の者が近づいてきたら、さぞかし心穏やかとはならないことであろう。
「アルコル男爵様。そろそろ……」
躊躇いがちに老執事が俺に声をかけてきた。
おずおずと話しかけてきたことに、俺は気を揉ませてしまったと反省しながら返事をする。
「はい。失礼をいたしました。エルナト殿のご心中を察せず、申し訳ありませんでした」
「そのようなことはございません! 大変恐れ入ります」
恐縮しきったように、俺の謝罪を慌てふためいて否定する老紳士。
俺は心が広いから、勘気に触れたとして無礼打ちなんかせんわ。
他家の家人にそんなことしたら、外交問題だし。
この人からしたら、わからないことなんだろうけど。
気まずい間が少し挟まれる。
彼はしどろもどろに、エルナトの状態を説明し始めた。
「エルナト様のあのご様子には、理由があるのです。他聞を憚る話でございますので、胸に秘めていただければ…………」
「いえ。無粋な話を吹聴する趣味はございません。ご安心ください」
「…………………エルナト様は……先日、元友人であったという汚らわしい獣人から、乱暴を受け……」
「それは……お気の毒に……」
思わぬ話であった。
あの様子はきっと、今回の事件を受けて傷心していたという事だと思ったが。
その前から一悶着あったという事か。
立て続けに、あいつの心に追い打ちされたという事ね。
しかし話が見えてこない。
アイツの体も治療の一環で確認したが、別に特に外傷が残ってるわけではないし。
ガキの喧嘩が激しかったくらいで、ここまで大げさにするか?
俺の顔に疑問符がついていることに気づいたからか。
彼は躊躇いがちに、話の続きを語った。
「…………戻ったら、アルコル侯爵様に、こうお伝えください…………男性の尊厳においても、乱暴を受けたと」
「…………え?」
当惑し、すぐには理解できなかった。
思わぬ伝言の願いに、気が動転する
それって、まさか……
…………そういうことかよ。
ガキならわからないだろうが、前世では一応高校生だった俺なら察しが付く。
だが気づかないふりをして、その場は退く。
あいつに生気がなかったのは……
ダチに裏切られて、剰えその体を……
生意気なクソガキであっても、俺はそうとは知らずに……
チクリと心が痛んだ。
「…………承りました。そのように一言一句違えず、しかとお伝えしましょう」
「謹んでよろしくお願い申し上げます……」
深々と頭を下げる老執事。
俺は彼の表情を見たくなく、目を逸らしながら答えた。
気の利いた慰めは、思いつかなかった。
そもそも存在するのであろうか。
「……………あの子は……エルナト殿を守って負傷した子の容体は?」
「アルコル男爵様のおかげで、安定していらっしゃるようです。私から深く感謝申し上げます。誠に、ありがとうございました……」
深く頭を下げるこの男。
俺は微笑して、それに答えた。
気休めにしかならないが、ささくれだった心の慰めにはなった。
よかった。
あの惨状の中でも、間に合わなかったための死はあっても、助けられた命はあったのだ。
その後は流れからその場を辞し、エルナトの気持ちを歩きながら考える。
獣人の元友人に性暴力を受け、獣人の革命軍に親父を殺された。
今は気持ちの整理がつかないだろう。
だが落ち着いたときに、あのガキが思うであろう事。
論理的には当然の帰結ではあるが、やるせない。
復讐の連鎖か。
「…………………」
重い足取りで、アルコル家の設営した簡易拠点へと戻る。
そこには家中の重要人物全てが、一堂に会していた。
つらつらと報告を行う。
皆、真剣な面持ちで俺の話に黙って聞き入っていた。
「――――――私が見聞きしたことは、以上です」
「「「「「………………」」」」」
父上は特に厳しい顔で、俺の話に聞き入る。
そして俺の頭をかき抱いて、無意識にか強く撫でていた。
俺は彼の想いもわかるので、そのままにさせていた。
シファー公爵家嫡男エルナト。
気に食わないガキだった。
だがそこまで。
あいつ自身は俺の前世のように直接実害のある、凄惨なイジメをしてきたわけではないのだ。
そんな目に遭ってほしいまでとは思わない。
どんな経緯だったのかは知らないが、そんな辛すぎる経験をしていいはずもない。
「がんばったね。お前はもう休みなさい」
「はい」
言葉少なに父上は、俺をその場から退出させるように促した。
エルナト殿のことも、議題に上らせるからであろう。
子どもに聞かせるには、刺激が強すぎる。
親の情。
それが立場上は一人前の俺を、そう扱う事を躊躇わせたのだろう。
お爺様も何も言わない。
まぁ俺にわざわざ言う事でもないからであろうが。
そこにいる人物たちを一瞬ざっと眺めて礼をしてから、その場から踵を返す。
だが父上は俺の背中に向けて、声を張り上げた。
それは規定事項であったからであろう。
「大幅に予定変更だ。急遽、王都に戻る」




