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第156話 「庇った理由」




 庇われたシファー公爵家嫡子エルナト。

 弱弱しい声を漏らす。

 彼の目の前で血飛沫が飛び散り、彼によく似た謎の少年の鮮血を呆然と顔に浴びる。


 このエルナトの親族の類と推測される少年。

 彼は獣人の凶刃を固定するために、腹部を貫通した刃を握り締め苦悶の表情で歯を食いしばる。

 それを襲撃者は武器を引き抜こうと、乱暴にその腕を振り回した。




「―――――――っ゛っ゛っ゛!?!?!?」




 口元から夥しい血の塊をいくつも吐き出しながら、声にならない悲鳴を上げる俺と同じくらいの年の頃の子ども。

 臓腑が無茶苦茶にかき回されているはずなのに。

 のたうち回るほどの激痛に襲われているはずなのに。

 死に瀕して恐怖に包まれているはずなのに。




 そこまで必死に守ろうとするのは、何故なのだろうか?

 俺はあまりの光景に足を止め、茫然とそれを眺めていた。


 隣をシファー家の郎党が、物凄い勢いで通り過ぎて行く。

 俺は何故か目を離せず、足も動かせなかった。






「―――――――!」




「―――――――ッッッ!?」




 しかしエルナトに似た深い青の髪を持った少年は強い力の宿った瞳で、敵の顔をしかと見据える。

 襲撃者はそれを見ると気迫に怯んだのか、何か他のことを想ったのか、息を呑んだ。




 見上げた忠誠心、なのだろうか。

 このような幼い子供が命を張るまでの執着を持つには、洗脳とも呼べる従者教育を要することだろう。


 それでも、ここまでするのに足りるのだろうか?

 一つしかない命を懸けて、その後の人生をすべて捨ててまで、主君を守りたいと思えるのだろうか?

 





「―――――――」



「―――――――ガハッ……!?」



 そして致命的な時間を稼がれてしまった襲撃者の胸から、刃が突き出た。

 ヤンが暗器を背中から突き立てたのだった。


 この密偵にしてはありえないほどの真剣な言葉で、哀れなる襲撃者へと死の餞別と共に贈った。

 救いにはならない。

 だが最後に己の業を自覚させることが、最期の贐か、罪への裁きとでも思ったのか。


 それともヤン自身にも、何か思うところがあったのか―――――――






「―――――――復讐心は理解するが……罪のない子どもを殺していい理由にはならない。アンタなら、大事なものを奪われたのなら、わかっていたはずだろうが……」



「………ゴフッ……貴様ら等に゛ぃ、何がわ……かる゛…………!? 我らからすべてを゛……奪い゛取った貴様らが…………貴……様たち……が…………」



 呪詛のような譫言を吐きながら、音を立てて倒れ伏した襲撃者。

 しかし彼の声調は憤怒や憎悪ではなく、後悔に染まっていたような気がした。

 その手は天井に延ばされ、いくつかの単語を呟くとポトリと床に落ちた。




 末期の単語の意味を察したから、俺は嫌な気持ちが噴き出て歯を食いしばった。

 それを振り払うかのように、この少年たちの元へと全速力で駈け寄る。


 早く助けないといけないと思ったのもある。

 だが一番の理由はそれではなかった。




 もういない家族に向けた後悔と謝罪など。

 最後まで聞いていられなかったから。






「なんで…………? お前が…………」






 呆然と自らを庇った少年を見下ろすエルナト。

 瞳孔が開ききって、へたりと地面に膝をついた。


 虚ろな視線は固まったままで、それに伴い身体も動こうとしない。

 夥しく垂れ流された血に膝が浸かることも気にせずに、荒く弱弱しい息をする少年の前へと跪いた。




 この勇気ある少年の覚悟を胸に、何としてでもこの尊き命が奪われないように、治療する俺自身が折れないように気合を入れる。

 この負傷では、間一髪助けられるかどうかだ。

 再生魔法の奇跡をもって、奇跡に祈りながら呪文を唱えた。






「――――――『Redi ad originale』!!!」






 魔法陣の起動と共に、優しい淡い光が名も知らない少年へと降り注いだ。

 俺の祈りと共に、それは光を増し続ける。

 煌めく靄はしばらく患部に吸着し、あるべき姿へと巻き戻してゆく。


 殺し合いでの疲労と、極限状態での集中手術により噴き出た汗。

 それが額に前髪を張りつかせた。

 じっとりとした嫌な感触の水分が、体中に纏わりついて離れない。




 再生魔法が完了する。

 俺ができることはすべて終わった。

 生存確認。焦燥から強く脈動する心臓を抱え、生唾を飲み込んでそれを行う。


 その美しい形の唇に耳を寄せると浅く弱弱しいが、確かに安らかな呼吸をしていた。

 この小さくも強い命を、助けられたのだ。






「よかった…………! 間に合った……!」




「アルコル男爵――――――?」




 その声を聞いた途端、我慢しきれないほどの怒りが噴出した。

 隣で一言も声をかけず暗い視線を送っていただけの、英明を謳われているはずであった少年。

彼から、やっと放たれた言葉。


 それは素っ頓狂で悠長なものにしか俺には聞こえず、胸ぐらを掴んで怒鳴り散らす。

 いくらガキだからと言って、自分の身どころか。

 誰かが目の前で死にかけても全く動こうとしなかったことに、無性に腹が立ったから。




 必死に生きようともしない、俺が最も嫌う行為を目の前でされたから。






「――――――何やってんだ動けよお前!?!?!?!?!? 目の前でガキがお前を庇って死にかけたんだぞ!?!?!?」




「――――――ぁ」




 そう言われたエルナトは、くしゃりと顔を歪めた。

 ようやく事態を受け入れたようだ。


 その時アルコル家の兵士たちが、俺たちの居る馬車に迅速に突入して来る。

 そして戦闘現場を素早くチェックし、俺たちの様子を捉えたようだが事の推移を見守っている。

 これにより気勢を殺がれ、エルナトの襟首を締めていた自分の手を緩めた。




「状況見えたなら、やるべきことから目ぇ逸らして……生きることを、諦めてんじゃねぇよ……」



「…………」



 俺は手の付けようもないと呆れて手を放し、無様に過ぎる青髪の少年を背にした。

 視界の端には涙を零した少年の顔が見えたが、気にも留めない。

 周囲に屯していた兵士たちは何事もなくと言っては何だが、ここで問題が起きなかったからか適切に行動を再開した。


 胸が無性にムカムカする。

 今まで毎日を必死で生きてきた俺にとっては、それだけ許せないことだったから……




 視線を伏せながらトボトボと歩いていると、見慣れた装束に包まれた脚部が見えた。

 それに這わせて目線を上へ向けると、壁にもたれかかるヤンは機嫌よさそうにおちょくってくる。






「よっ。かっこいい啖呵だね」



「…………チッ」



 さすがの俺も苛立ちが募り、舌打ちをもって返答した。

 その横を足早く通り過ぎると、ヤンは途端に早歩きで俺の斜め前に後ろ歩きしながら、くだらない挑発をしてくる。




「もういっぱしの戦士ってか。アルフェッカは喜ぶだろうな。これも報告しておくか」



「お前!!! いつも!!! うっさい!!! 俺がすごいのは当然!!!」



「そうだな。悪かった。お互い口を閉じて、出発するか」



「は?」



 ヤンは俺を再び脇に抱え、鳥のように地面から飛び立つ。

 華麗なる英雄であるはずの少年の絶叫が木霊しながら、馬車から二つの影は飛び出していった。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  まあ、エルナトの行動も無理はないと思いますが、立場がね。確かにアルタイルの言う通り何としてでも生きなければいけないと思います。  中身は獣人!? さて、次はどうなるか……
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