第154話 「漏洩」
怒れるアルコル家当主アルフェッカに臆さず、密偵長であるヤンが冷静に分析をする。
しかしこいつ以外の誰もが今もそれを信じられないのか、有意な反応は示されない。
「襲撃者は透明になりながらも、魔法を使用していた。魔法の二重発動なんて高等技術をそこらの奴が、それも数十人単位でできるわけがない」
影がない。姿が見えない。
そんな事実が、呆然とする俺の脳裏でぐるぐるとまわる。
ようやく事態を飲み込めたが、気づきを得ると更に動揺の念が高まる。
それはここにあってはならないもの。
王国が禁制品として、最大級に管理しているはずの存在。
おい……聞いてるとそれは……
…………ありえねぇ………ありえねぇだろうがっ………!?!?!?
「なんで…………新種の魔物の皮が、ここにあるっ!?!?!?!?!?」
「漏洩した。何者かが漏らした」
無機質な声色で父上が、俺の発言に返した。
絶対に俺たち家族に向けることのない雰囲気に恐れ慄き、途端に俺は押し黙る。
「新種の魔物は、私たちの領地以外に出現していない。よしんばしていたとしても、その証拠は必ず残る。我が軍以外にあれを討伐することなど、とてもではないが叶わない。できたとして、尋常でない被害が出たはず。そうなれば人とモノの流れに確かな変化は生じ、戦争で窮乏した領民の口には戸が立てられないことも、諜報に優位に働く。潤沢な資金力を持つアルコル家の優秀な草に悟られず、それを成し遂げるなど王家でもあり得ない」
今まで見たことのないくらいに無表情に顔を染め、淡々と事務的に話す父。
彼の発する陰のあるオーラが、俺を恐怖一色に染めさせる。
その猛烈な怒りは息子へと向けられていないにもかかわらず、俺の膝を笑わせた。
死人のように顔が青ざめた護衛たちが、その凄まじさを如実に物語る。
「漏らしたな。屑共が――――――」
普段の冷静さと穏やかさをかなぐり捨てた、怒れるアルコル家の当主はついに暴力装置を解放する。
凄惨な命令を発すると、冷酷に破壊の軍事攻撃を下す。
「――――――我らが流した血を凌辱した下郎どもを、討ち取れ! 可能なら捕らえて、あらゆる手段をもって全てを吐かせよ!!! アルコル家当主として!!! 王国貴族としての厳命である!!!!!」
国家への、いや人類への見えざる裏切者に向けて殺気をむき出しにしたアルコル軍。
彼らはすべての怒りと憎しみを、今見える敵へとぶつけた。
思わぬところから奇襲を受けた、襲撃者達。
その末路は言うまでもない。
今まですべての魔物たちの侵攻を押し止めてきた、過酷な教練を施されたアルコル軍。
それに獣人戦士の上澄みとはいえ、民兵崩れが敵うはずもなく。
多勢に無勢の状況、新種の魔物への対応策を熟知していたこと、アルコル軍の巧みな連携と戦術などの要素が絡み合い、たちまち総崩れとなった。
俺の砂魔法の嵐により、確かにその人影を認めていた何者か。
何人かが捕縛され、慎重かつ乱暴に実体を捉えようと処理をされてゆく。
そしてその正体が暴かれた。
これは―――――――
「――――――――獣人……!?」
どよめきが広がる。
獣の特徴を持った人型が姿を現した。
痛々しく呻き声をあげながら、傷口を抑えている。
なぜ獣人が?
なぜ今?
なぜここに?
何を意図して?
何の得がある?
様々な憶測が混乱を助長し、体の動きが緩慢となるが―――――
「――――――騒ぐな。敵が何であれ、完膚なきまでに粉砕するのみ。呆けている暇があるならば、真相の究明にあたれ。未だ死に損ない共が、多数影に紛れているだろう」
前代当主であり祖父であるアルファルド。
彼が恐ろしく低い声で脅しつけるように一喝し、いち早く周りを落ち着かせる。
恐る恐る視線を向けると、いつもより厳しく迫力のある強面が。
その眉間には、彫刻家に刻まれたような皴しかない。
だがその威圧感により、兵たちは恐怖心で動揺を吹き飛ばされる。
すぐに彼らは現実へと引き戻され、戦闘行動を再開した。
「…………『arena』!!!」
ついに目前に捉えた、襲撃を受けていた者たちの全貌。
燃え盛る炎の奥に辛うじて見えた、この惨劇の当事者の証。
正真正銘、シファー公爵家の紋章。
それを一瞥するも、俺は土魔法で砂をまき散らしてマーキングする。
何はともあれ、この状況を脱さねばなるまい。
浮かび上がった襲撃者たちの姿が、一斉に目視することができた。
「アルタイル! アルビレオとヤンたちと共に、負傷者の救出と治療にあたってくれ! 危険が予想されるが、迅速に頼む!」
「はい!」
「いくぞ坊ちゃん。舌噛まないようにしとけよ『ventus procellosus』」
「ぬぉぉぉぉぉおおお!?!?!?」
父上からの指示に返答した途端、ヤンに抱えられて滑空するように出発していた。
隣を見ればアルビレオ叔父上も、弓を抱えて魔法で高速移動している。
周囲には密偵達と精鋭部隊が、強化魔法で追いすがっていた。
そして馬車の残骸などを粉砕しながら、被害者たちの救助に当たる。
しかし邪魔が多く入り、残敵の掃討に時間を取られていた。
消火活動もだ。危険なだけでなく、視界も遮られている。
「―――――――『Redi ad originale』…………くそっ……もうだめか……」
「悲しいが、次に行こう。周囲の敵は?」
「敵影がないことを確認しました。いつでも向かえます」
倒れていた人物を治療するが、反応がない。事切れた骸であるということ。
死者の体を再生させようと、一度失われた命は帰ってはこないのだ。
叔父上は唇を固くするも気持ちを切り替え、新たなる行動を始める。
貴婦人の遺体を背にして、俺たちはまだ消えていない命を捜索する。
その時、大きな変化が訪れた。
「――――――あれは!!!」
「お目当て登場だな。気張れよお前ら」
一際豪奢な馬車。
その周りには、多くの人影が屯していた。
そこで目にしたのは、壮絶な死闘。
戦塵にまみれた遺体や破砕された武器、瓦礫が散乱している。
轟々と燃え盛るそこには老若男女問わず、見えざる敵へと応戦していた。
おそらくシファー家の郎党だろう。
それをいち早く目撃した叔父上が漏らした一言に、ヤンは皮肉な物言いで鼓舞する。
人類同士の殺し合いへと、俺たちは突入した。




