第145話 「苦悩する第一王子」
「そんな愚にもつかぬ夢想をしてしまう己を、柔弱でふがいなく思うのだ。我が友よ」
「…………」
「貧者であっても王者であっても、不満の種は尽きぬもの。だが手前の都合に拘泥し、王族の義務を怠ることは、王たるものに相応しくない。わかっている。わかっているつもりだ……」
深く黙礼するアルブレヒト。
その仕草を黙して見ていたレグルスは返答に期待していなかったのだろう。
信じられないほどに力なく浮かんだ、自嘲の笑み。
薄く微笑んで、しばらく瞠目する。
理性的な彼は、そうして感情を整理しているのだろう。
国王カールに向けた苦悩。
次代の後継者。つまり次期国王に、自らを選出してほしいという願望。
そこには多分に父親に自らを認めてほしいという、息子の切なる想いが含まれていた。
痛まし気にそれを静聴する臣下は、胸中を想像できるからこそ何も言うことができない。
静かに開眼するとその黄金の双眼には、再び覇気が灯っていた。
話を変えようとしたのか冗談めかして、此度の宴について話は移った。
「――――――それにしても、次世代は豊作であるな? 我らとしては困るほどに」
「……ええ。アルコル男爵は言うに及ばず、各有力貴族の子弟が奇跡的なまでに、同世代に集中しておりますね」
目の前の人物の存念を、先んじて代弁した若き貴族。
この貴族たちの集いにおいて、彼らに言及された中の何人かが存在した。
そしてレグルスは遠目にある人物を見やる。
視線の先には、深い青の髪を持つ冷たい美貌の少年。
件の事件により人心の荒廃した宴においても、老練なる貴族と遜色ない所作で社交をするシファー公爵家の後嗣。
彼の少年は先の事件から動揺に揺れる内心を抑えつつ、激変した政治情勢に対応しようと即座に動き始めていた。
しかしこの黄金の王子にとっては、評価に値するものではなかったらしい。
「エルナトも青いな。露骨に俺やミモザ。アルコル卿に至るまで対抗心を燃やしている。本人はうまく隠しているつもりだが、諸々の言動から本心が透けて見える。稚気の抜けぬものよ。可愛らしいことではないか」
「殿下。殿下やアルコル男爵と比べては、気の毒というものです。彼も学園では殿下を除けば、あらゆる分野で最高記録を更新していたのですから」
「後を追ってくればいい。常に俺はその先をゆく」
自信に満ちたその言葉は、実績と能力に裏打ちされた凄みのあるものだ。
しかし露ほど嫌味を生じさせない。
凡百がそれを言えば一笑に付される言葉であっても、彼に対しては疑いを差し挟むことすら不遜であった
カルトッフェルン王国第一王子レグルス・ケーニッヒライヒ。
この黄金の王子は、頂点に立つことが当然であるからだ。
彼は聖アルス・マグナ学園で、歴代最高の成績を全教科でたたき出した。
そこには忖度も多分に含まれているのだろうが、それ抜きでも傑出した才幹であるのだと誰もが認めている。
間違いなくどんな形でも、次代を担う英才である。
「失脚したとはいえオーフェルヴェークの子倅や、ゼーフェリンクの跡継ぎ、お前もそうだアルブレヒト。そして……ミモザだな」
「…………」
アルブレヒトは流麗な動作で、黙して腰を折る。
この第一王子の最大の政敵である、第二王子。
慶賀すべき席に参列する新世代の御曹司たちに、それぞれ理知的な評定を述べる。
そして話は此度の祝宴の主役である、アルタイル・アルコル男爵の弟へと移った。
「―――――アルコル男爵の弟である、アルデバランはどうだ?」
「アルコル家の血を濃くひいております。現在存命の誰よりも、アルコルを体現しているかと。その戦闘力は同世代でも抜きんでたものと、調査を受けております」
「戦の申し子。我らにとって都合がよかったはずなのだがな。俺の思い通りには、貴族たちはつくづく動いてくれないらしい」
「耳と口を塞がせて頂きます」
彼らはアルデバランの戦闘能力以外には言及しない。
それはつまり言外に、戦馬鹿と報告されたことになる。
揶揄されたアルデバランは、哀れではある。
しかしこの場にいる新星ともいえる才覚を持つ若き後継者たちからすれば、現時点では幾らか見劣りすることは否めない。
「アルコル侯爵や前当主殿は、微塵も油断できぬ御仁よ。だがアルコルの子らは愛嬌があるものだ。可愛げのない貴族共に、彼らの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。俺は気に入ったぞ。英雄殿は、まこと純朴であらせられる。手元に欲しくなってしまったではないか」
「殿下。あまり声高く吹聴されませぬように」
「ああ。お前の前では口が軽くなってしまう。努めて気を付けるとしよう」
口ではそう嘯くが、実に楽し気に語るレグルス。
非難の視線を送るアルブレヒトを見ると、悪戯に笑いながら更に機嫌をよくした。
それを見て閉口し窘めることを諦めた、公私と共に親密な関係である側近。
王子のアルタイルに対する揶揄は、皮肉めいたものではある。
だがその語調には、悪感情は一つたりとも見えない。
あくまで現時点ではあるが、気に入ったという言葉に嘘はないのであろう。
王子は話に区切りをつけると、颯爽とマントを靡かせて身を翻した。
行先は今もなお、策謀を巡らす貴族たちの居る中心へ。
進みながら懇意にしているアルブレヒトの父親へと、言伝を頼む。
そして現在の本分である、学業へと戻ることを告げる。
「戦争準備が終わり次第、俺は学園に戻る。学園長にこれ以上苦言を呈されてはたまらんのでな。お前も準備でき次第にそうすることだ。父君、フォイヒトヴァンガー侯爵にもよしなに」
「御意。お供させていただきます」
面白い、または続きが読みたいと思った方は、
広告下↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓の☆☆☆☆☆から評価、またはレビューしていただけると、執筆の励みになります!!!!!!!!!!




