第143話 「神の使者と神の代理人」
「教皇猊下。拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に存じ上げます。アルコル男爵家当主アルタイル・アルコルでございます」
「おお! あなた様が、彼の名高き英雄であらせられますか! 噂には聞いておりましたが、実に凛々しいお顔立ちでいらっしゃる! その美しくも威容のあるお姿、何と光輝に満ち満ちておられることか!!!」
「教皇猊下。過分なる評価を賜り、光栄の至りにございます。未熟の身ですが、ご期待に添えるように邁進する所存でございます」
褒められて嬉しいんだけど……
なんか……なんか…………
できる限り丁重に謙遜を口にすると、ティツィアーノという聖職者は大仰に悲しそうにして首を横に振る。
もしや何か失礼があっただろうかと、身を固くする。
「そのように他人行儀とされないでください! 私のような戦を知らぬ坊主などより、幼き身で戦地へ赴く。人類を守護するあなた様の方が、余程ご立派なのですから!」
「身に余るお言葉、恐れ多くございます。これからも人類の守護に、邁進する所存でございます」
何を言うのかと警戒していれば、教会最高位に当たるはずの男は親身に俺の活躍を褒め称える。
思いもよらない労いに俺は逆に仰天するが、何とか取り繕い言葉を返すことができた。
やけに好意的なまで激賞され、思わず毒気を抜かれてしまった。
だが俺は何とか返答することで精一杯で、完全にペースを握られてしまう。
この人を相手に、とても主導権を握ることなどできなそうだ。
「おお! 素晴らしいお方だ!!! あなた様こそが、人類と神をとりつなぐべきお方にふさわしい!!! この出会いは、まさしく神の思し召し!!! 私は今日という日を、生涯忘れることはないでしょう!!!!!」
そう言うと、猊下は感涙に咽び泣いた。
白けていた法衣貴族は、ますます素っ気ない冷めた目つきとなる。
そんな貴族たちにまるで気づいていないかのように、感動していると声を震わせ号泣するこの奇妙な人物。
…………何なんだ……この状況は…………
「「「「「――――――――――」」」」」
「「「「「――――――――――!!!!!」」」」」
素直に喜べない……腑に落ちないことだらけなんだもん……
しかし領地貴族はそれを興味深そうに眺め、拍手しているものも多い。
これまた胡散臭いヴォーヴェライト内務大臣が、滅茶苦茶大きく拍手している。
うわぁ……周りの取り巻きも控えめにだが、拍手しているよ。
絶対渋々じゃん。めっちゃ表情が喜ばしそうじゃなさそうだもん。
封建社会の悲哀ですわ。
無言で啖呵きってやがる。
なんで俺たちに有利なことを、ヴォーヴェライトがするんだよ……
マジであの人も何考えてるかわからん。ドン引きですわ……
シファー公爵はそれに目を見開きながら、プラチナブロンドの内務大臣と視線を交差させている。
彼の派閥の者たちは、ヴォーヴェライト公爵たちを睨みつけて憤慨しており、冷えきった雰囲気だ。
「――――――」
「――――――」
この場を動かせる少ない者たちである、ローゼンシュティール公爵とユーバシャール公爵。
彼らは遠くでワイングラスを傾けながら、我関せずだし。
状況を正確に読み取っている聡い王子連中は、表情を消して静観している。
どう転んでも臣下が弱まり王家への待望論が高まるため、この事態に介入しないのだろう。
陛下はオロオロしてて、事態の収拾なんて無理げだし。
き……汚い世界だ…………
いや彼らからしたらお優しすぎる父親に、不要な助け舟を出すわけないんだが…….
やべぇよやべぇよ。みんな何考えてるのかわかんねぇよ。
旗色鮮明になってきてるよ。
ここまで大人数が殺伐としているところなんて、初めて見たよ。
完全に対立構造が、いくつもいくつもできているよ。
身代が小さい貴族たちは、来るべき派閥抗争に顔を青くしている。
鉄砲玉となるのは彼らで、消費されるのも彼ら。
最悪は都合のいい生贄にされても、おかしくないのだ。
この状況を作り出したアイツら同士でぶつかり合って、対消滅してくれよ。
風雲急を告げ、会場は新たなる構造へと二分される。
「人類のため、平和のため、世界のため、神のため! 神の僕は、犬馬の労を厭いませぬ! ご健勝を祈念しております。英雄よ」
散々引っ掻き回したこの場を手前勝手に見切りをつけ、しみじみと名残惜しそうに別れを口にするこの微塵も油断ならない人物。
正気の沙汰とは思えないし、何より意図が読めない。
どうすればこんな思考回路に至れるんだろう。
俄かには信じられず、頭の中で何度も自問自答する。
俺には永遠に理解できないのかもしれない。
なんなんマジで……この人に好かれても、なんか素直に嬉しいと思えない……
だってこの世でトップ相当に、目をつけられたくない人種だもん……
すったもんだありすぎる事態に当惑するばかりで、感情が混迷を極める。
「さて。此度の取り決めは皆様にとって、喜ばしき提案であったかと存じます。我ながら自賛できる名案でした! めでたき席で不躾ではありますが職務がございますゆえ、私はこの辺で退散すると致しましょう。陛下。この度は大変素晴らしい祝宴と、陞爵式でございました。本日はお招きいただき、深く御礼申し上げます。それでは皆様、引き続き宴を楽しんで頂ければ幸いでございます――――――」
そんなことを言って、陛下へと恭しくも大胆ともいえる挨拶をする教皇。
無造作に突如として話を振られた陛下は虚を突かれ、条件反射的に別れの挨拶をしたようだ。
こうなっては誰も引き留めることなどできない。
この空間を創り上げた人物は、実に気分よさげに去っていった。
収拾がつかない重苦しい空気だけが、この場に残される。
最後の最後に、痛烈な皮肉を浴びせかけられたシファー公爵。
彼は踵を返していった教皇の背中へと、無言で冷めた笑みを深めた。
「(……………怒涛の展開に追いつけないよぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」」
紆余曲折あり、この局面に至ったのではあるが。
改めてこの状況を省みても理解が及ばず、気が動転し続ける。
助かったのか? しかし教皇は何を考えている?
善意でやってくれるならまだしも、何か対価を要求されたりなんかしないよな?
テクニカルな策謀に既に絡めとられてしまっていても、おかしくない。
そして立場的には緩和されることとなったものの、アルコル家が依然としてこの事態の中心にいることは変わらず。
教皇が滅茶苦茶にした結果は、御覧の有様である。
畢竟それはアルコル家の武力の中心である俺こそが、この会場の中心であること。
俺ですらわかる。こんな中心嫌だ。
「「「「「………………」」」」」
多くの底の知れない政治的怪物に囲まれた俺は、思考がフリーズする。
お通夜みたいな雰囲気だぁ……
誰も彼もが澱んだ顔色をしている。
ここだけ切り取れば、とても祝宴とは思えない。
一番やばかったのは、めでたいはずだった陞爵式の空気だろ。
俺という歴史に残る英雄を祝う宴という、子どもたちの一生の思い出が台無しだよ。
あの騒動もたらしておいて、平然と退席した教皇マジでなんなん?
余談ではあるが、そのあとは唯一の幸運と言っていいことに、舞踏会はお流れとなった。
無論、波乱の幕開けの引き金であったから、喜ばしい気持ちなど一切起きなかったが。
無言で推移を見据えていた実の祖父アルファルドが無表情で、去っていく宰相の背中を見つめる。
完全に沈黙した空気の中で、やけにその声は鳴り響いた。
その一言だけが、この場のすべての者たちの心中を物語っていた。
「厄介な」
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