第142話 「教皇」
「―――――――――人類の未来を占う一戦についてのご演説!!!!! 私は感服いたしました!!! 是非とも教会も、その偉大なる一歩の末席に加わりたく!!!!!」
話がまとまったと思いきや、どこかからか甲高い声で口を挟まれた。
その声の方向にいる人垣が割れる。
この瞬間、余裕のある笑みを浮かべていた貴族も、みな怪訝な面持ちと一斉に変化していた。
そして法衣を纏った、ある人物が姿を現す。
身形は大変整っており、人柄の良さそうな表情と物腰。
外見からは年齢が計りにくい。
その声質も特徴的であり、類似する人物像が一人たりとも思い浮かばない。
しかしどこか腹に一物を抱えていそうな男。
周りにはセギヌス殿を含めた、高位聖職者たちを伴っている。
先ほど父上が挨拶していた一団だ。
この絢爛なる祝宴においても雰囲気が浮いていたから、すぐに分かった。
彼は人柄のよさそうな笑みを浮かべ、腰低くしている。
悪印象は見受けられないが、どこか胡散臭い糸目の細面をした人間であった。
この男を表す言葉。
神の代理人。人類統合の権威。
教皇――――――――
「――――――――教皇猊下。内政干渉はおやめ頂きたいものですな」
明らかに鼻白んだ様子の宰相は、教皇を静かに糾弾する。
彼にとっては当然だろう。
自分が心血を注いで成した策謀を、台無しにされようとしているのだから、
突然の割り込みに、反応が数泊遅れていたこと。
狡知に長けたこの人物ですら、意図せぬ掣肘に狼狽えているのかもしれない。
「これはまた異なことをおっしゃる。誤解があるようです。内政干渉、そのようなつもりは毛頭ございません。神と人類を繋ぐものとして、王国と英雄への支援を行ったまでの事。獣人への扱いは気になりますが、またお話しすると致しましょう……」
教皇は惚けた様子で、宰相の発言を受け流す。
続いて話術鮮やかに、誰が遮る間もなく滑らかに舌を回した。
それを受けて宰相は切れ長の目を、さらに細める。
彼の圧力を真正面から浴びて尚、にこやかに平然と受け止める教皇。
「(なんだ……この展開は……?)」
目まぐるしく動く怒涛の会話の応酬に、激しく困惑する俺。
着いていけない俺を差し置いて、話は進む。
お爺様を見れば、無言でそれを睥睨している。
おっかねぇ……何を思ってるんだこの人は……
いや、この人たちは……
「何よりアルコル家は、新種との魔物の戦いで疲弊しております。いたずらに英雄に負担を強いては、戦争自体に差し障りがあるかと。それはあなた方の望むところでもないのではと、愚考いたします。この世界に遍く嘆き悲しむ子羊たちが、今も救いを求めているのです……ならば人々を率いるものとして、我々は最善を尽くさねばなりません!」
熱弁する教皇とは裏腹に、辺りはしんと静まり返る。
少しの間を置き、宰相が軍事的視点に基づいた論理を滔々と説き、撤回させようと試みる。
「おっしゃるところは理解できます。しかし現実的に、兵はただ用意すればいいというものではありません。それを支える物資。組織機構。人工。費用。あらゆるものが必要となるのです。それらすべてを事前準備して、この結果なのでございます」
「宰相閣下の言、至極ごもっともです。ですので私どもも、それらを含めた支援をいたします。聖騎士を派遣すること、支援物資を送り届けることを約束いたしましょう!!! いかがでしょうか? 些細ないさかいや、党派根性を捨てて。ここで我ら足並みを揃えていこうではありませんか!!! そう!!! 人類の勝利のためにっっっっっ!!!!!!!!!!」
些細ないさかいや、党派根性を捨てて。
その大胆の極地ともいえる芝居がかった言葉を放った瞬間、また空気が冷え込む。
ブリザードここに到来。
う……わぁ…………
この人……わかって嫌味言ってるんじゃねぇのか……?
しかし教皇は目尻に涙をため、身振り手振りを交えて熱弁していた。
自分の放った言葉が、どんな反応をもたらしているのか気に留めてもない様子だ。
しきりに人類のためと連呼し、人々の最大の利益を考えているようにも見受けられるが……
その腹の奥底には、本当は何を隠していることやら……
「兵站の問題などですが、教会ができる限り持ち込む事を神々へと誓いましょう! 事前準備に万全を期すこと! それは何事であっても、同じであるかと存じます! 時間はかかりますが入念な準備こそが、成功への第一歩であるかと! 我ながら、素晴らしき天啓を得ました……!!! 天上に座す神々へ、伏して深く感謝を……」
続けざまに滑らかに回りすぎるその舌で、誰が干渉する間もなく己の意見を一方的に告げる。
そして手印を結ぶと、感激したように天へと祈りをささげた。
様になっているなぁ。教皇様はやっぱりすごいなぁ。
…………うっっっっっさんくせぇぇぇぇぇぇっっっっっ!?!?!?!?!?
「………………」
自らの政治工作を矮小化させられたように感じたからか、宰相は笑みを深めて内心を覆い隠した。
人類のためと喧呼するが、結果として宰相の足を引くこととなったのだ。
その胸中には計り知れない鬱憤が溜まっていること請け合いであると、容易に伺える。
何はともあれ、俺たちの時間は稼げたが。
穏便にとはいかなかったが、教会の準備が整うまでの猶予はできたのだ。
しかしそれこそがアルコル家への警戒を呼ぶだろう。
また未だ生死を賭けた瀬戸際であることに、なんら変わりはないのだ。
「道理ですな。それでは……そのように調整いたしましょう」
「ご理解頂けたようで、嬉しい限りです!!! 今、ここに!!! 人類の反撃が始まります!!!!!!!!!!」
宰相も抜け目なく同意する。
しかしその視線は、教皇猊下を捉えて離さない。
はらわた煮えくりかえっていることだろう。
一杯食わされたに等しく、面目を潰された形にもなったからだ。
足の引っ張り合いからの、妥協の産物。
宰相からしてみれば、結果は全く意にそぐわないものだろう。
根回し全てがご破算となった宰相は、普段よりもさらに圧が強い。
軌道修正しようとしたが、それも叶わなかったことがそれを助長している。
しかし教皇は、柳に風と受け流している。
何なんだこの人は……
魑魅魍魎の蔓延る社交界でも、一際異彩を放つ聖職者。
放ちすぎてるだろ?
そこに割り入るのは陛下の声。
この王様は暢気に、いや純真に喜ぶ。
もう唯一の清涼剤かもしれない。
大人って汚い。俺、こんな大人たちになりたくないよぉ……
「国家財政が火の車だと、宰相が常々言っていたのです。恥ずかしながら、民に食べさせる食糧にも事欠くありさまで…………教皇猊下、ご支援を賜り嬉しく思います。私から心より感謝申し上げます」
「陛下。どうかお気に召されないでくださいませ。これが教皇としての務めであります。人類は共に手を取り合い、この窮状を乗り切りましょうぞ!!!」
いかにも大げさな口調をもって、教皇というにはいやに砕けた対応で、国王と接するこの聖職者。
それに対して陛下は感極まったように、しきりに礼を口にしている。
騙されてるんじゃないのぉ……?
何かいやな予感がひしひしと、さっきよりもしてきたぞぉ……
だが瞬く間にこの場を乗っ取った、この聖職者の頂点に座す最も権威ある人物は突然思いがけない反応を示した。
陛下と話し終わり辺りを見回した際に、気になるものを捉えたらしい。
「―――――――――!?」
目を輝かせながら俺を見つけたかと思うと、弾んだ声で近寄って来る。
俺は固まって動くことができない。
誰もが同様だ。
二転三転する状況に追いつけず口を噤み、この場は目の前の聖職者に支配されている。
「もしや…………あなた様は!?!?!? 初めてお目にかかります!!!!! 我らが英雄よ!!! アルタイル様!!! 私はティツィアーノ。恐れ多くも教皇を務めております。お見知りおき頂ければ光栄です――――――――――」
うわぁ……こっち来たぁ……
面白い、または続きが読みたいと思った方は、
広告下↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓の☆☆☆☆☆から評価、またはレビューしていただけると、執筆の励みになります!!!!!!!!!!




