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第141話 「嵌められるアルコル家」 




 腕を掲げ、高らかに演説した宰相。

 彼へと盛大な拍手がその言葉と共に、俺たちへと向けられた。


 こいつら……!? 出来レースか!?!?!?

 ユーバシャールにも根回し済み……!




 ユーバシャール公爵家も、国境地帯を守る大諸侯。

 しかし彼らは魔物たちに、王国騎士団を伴ってすら著しく圧されている。

 酷く戦況は悪いようだ。


 だからこそアルコル家に反感を持ち、足を引っ張ろうと目論んでいてもおかしくはない。

 だがそれは―――――




「(―――――逆恨みじゃねぇか……!)」




 この国の中心である王家の方々を見てみると、事の推移を見守っているばかりだ。

 陛下は俺たちアルコル家の反応が鈍いことにようやく気づいたからか、拍手をやめてオロオロしている様子。

 駄目だ。政治的なことで、陛下には期待できない。




 しきりに手を打っている、列席している貴族の中。

 そこにはうまく嵌めてやったとばかりの、憎たらしいしたり顔が散見される。


 武官たちも満足そうに拍手している。

 右往左往している者たちもそれにつられて、場の雰囲気を汲み取り追従していた。




 …………嵌められた……!!!

 この展開によって俺たちは王国防衛という大義名分から、キララウス山脈攻略を余儀なくされることになる。

 そこまでアルコル家を警戒するか……!






「やられた……王国騎士団と一口にいっても、実情を言えば部隊には練度に差がある。先の『狂気の魔道具』流出事件で、王国魔道院や教会を追われた者たちが、食い扶持を求めて王国騎士団に多く志願した。満足に訓練もされていない部隊が、体のいい捨て駒として派遣されることになる。そして我らは、その尖兵とならざるを得ない」



 まったく慮外かつ不服な話だと、比較的俺の近くにいる叔父上が小声で呻く。

 隆々とした腕を組んだブロンザルト子爵も、厳めしい顔をさらに険しくしている。


 アルコル侯爵家の派閥を見ると、ツア・ミューレン伯爵もそこにいた。

 神経質そうな顔を青ざめさせて、まるで死神のような面だ。

 宮廷工作を担当している彼にとっても、今回の一件は寝耳に水の話だったのかもしれない。

 これから来るだろうアルコル家からの追求に、胃を痛めているに違いない。




 しかし……宰相、政治力やべぇ……

 寝技が上手すぎだろ。


 感心している場合ではないが、その巧妙なる権謀術策はあまりにも恐ろしく。

 何よりも冷酷な程に、合理的であった。






「中央の謀略には、どうしても後手に回ってしまう…………やはり官僚へ浸透するために、縁談を速め……いや、もっと婚姻同盟先を増やすしか…………しかしアルタイルにそんなことは……最悪私が……」



 父上は何事かを独り言ちつつ、この状況下で難を逃れる方策を掴むべく思考を巡らせている。

 しかしこの形勢では……

 情報を知らないという事。それだけで後塵を拝するということ。




 悔しいが戦だ金だと能書き垂れたところで、アルコルは田舎者の物知らずでしかない。

 どうしても情報通信技術が低いこの世界では、単純な距離が情報の遅れを生む。


 そして中央で政治遊泳に勤しんでいた宰相に、田舎貴族が根回しで勝てるはずもなく。

 宮中で磨き抜かれた権謀術数をもって、翻弄されるがまま。

 断腸の思いで苦渋の決断をするしかない状況へと、俺たちは追い込まれてしまった。




「(………………こんな――――――)」




 お爺様ですらやり込められているこの状況に、俺は衝撃を隠せない。

 父上ですら対応できないからと、隠居の身であるお爺様が出張ったのにもかかわらず、ここまでいいようにされているだと?

 恐怖の象徴であった彼の老人の劣勢に陥る姿を俺は信じられず、足元が崩れ去るような衝撃を受けていた。


 そこまでアルコル家は、妬まれ疎ましく思われているのか……!

 多勢に無勢の情勢で邪な企みに襲われていることに、戦慄する。






「――――――しかし……当然のことながら、今は農繁期。戦に男手を取られ、労働力が足りないことをご心配なさる声もあるでしょう。ですので『獣人管理法』の施行により、問題は解消されるかと存じます」


「『獣人管理法』ですか。詳しくは存じ上げませんが、それを陛下はご承認召されたのだと?」


「もちろんですとも。陛下は罪なき獣人たちが、迫害されていたことに心を痛めていらっしゃった。この法案があれば、そのような獣人も減ることでしょう」


「それは何故かお聞きしても?」


「非奴隷である獣人を身分証明書により管理することで、不当に奴隷に堕とされることを抑制させます。尚且つ戸籍管理により、適切な税の徴収や婚姻、遺産相続、本人確認などを行えるというメリットがあります。効率的な労働力活用を行う事も、可能となります。そこで多大なる戦力を供出してきたアルコル家に便宜を図って、獣人どもを融通いたしましょう」


 食糧面、経済面からの逃げ道も塞がれた。

 この政治家は、どこまでも人が嫌がる布石を打ってくる。




 そして何より『獣人管理法』。

 獣人の待遇を改善する政策のようにも、一見すると感じられるが……


 宰相の論理は、欺瞞だ。

 確かに獣人を管理・活用しやすくなり、その動向を把握しやすくはなるのだろう。




 だがそれは国家が、獣人を保護するという事ではない。

 管理という名称が示す通り、必ずや獣人にいいものをもたらす法ではないはずだ。


 加えて他に何か思惑を忍ばせていても、なんらおかしくはない。

 領民に対する獣人の割合が王国最大級に多いアルコル領では、殊更に注視する必要がある。




「現在王国が確保している獣人奴隷からも、お好きなだけ。美しき王都に虫のごとく湧く、数だけはいる連中です…………戦場にて肉壁と使い捨てとしても、よろしいのではと愚考いたしますぞ」


「…………………」


 黙りこくったお爺様は、冷徹に計算しているのだろう。

 どうなるかわからない戦争へと、リスクを背負って突き進むか。

 王国中を敵に回してでも、断固として拒否するか。




 王国防衛のためという名目上、ここまでお膳立てされてしまえば、断るという選択肢はないに等しい。

 迅速なるキララウス山脈部の調査がなければ、もっと危険な何かが待ち構えているのかもしれない。

 そのことを考えると、一概に拙速な判断とは言い切れないからだ。




 恐らくお爺様はなるべく有利な条件を引き出すための、落としどころを探そうとしているのだろう。

 忙しなくその視線はこの場にいる各貴族へと向いており、利害関係の隙間をついてアルコル家の利益を確保しようとしているのかもしれない。


 だがアルコル家の派閥以外は、この話を聞いても大して驚いた様子も見当たらない。

 これが意味するところは一つ。もはや語るまでもないだろう。






 また『獣人管理法』によって、幸か不幸か宙ぶらりんであった獣人の法的地位が確立されてしまうということ。

 それが王国全土に何をもたらすのかは、俺にはわからない。

 彼らは何を企んでいる……?






「詭弁だ……! わざわざ獣人のみ労働力の都合をつけるというところに、まやかしがある……! 中央では獣人を使い潰してもいいが、地方では獣人を使わないととても労働力が足らない。こんな法律を利用していれば、無学な獣人たちから最も恨まれるのはアルコル家だ……! そうなると治安悪化となってしまうこと、必至となる……!」



 アルビレオ叔父上が振り絞るような声で、その洞察力により宰相の計略を看破した。

 ブロンザルト子爵も難しい顔で佇み、無言で瞠目している。


 獣人提供の都合をつけるという事そのものも罠……?

 だが戦争する場合、獣人奴隷の労働力を活用しなければ農業すらままならないのだ。




 俺たちは宰相たちが仕掛けた謀略に、自分たちから引っかかりに行くしかないってことかよ……!?

 きったねぇぞ……!!!




「アルタイルの再生魔法のおかげもあって、獣人奴隷たちを中心とした人材確保の目途がついたことが、かえって不利な要素として働いてしまった。確実にアルコル家を狙い撃ちした政策だ…………今はよくても……これは後々、効いてくるぞ……」



 だが父上から怒りに震える肩を掴まれ制されて、反発心を隠さない叔父上はなんとか言葉を止める。

 宰相にも聞こえていたのだろうが、澄ましながら聞こえなかったふりをして微笑を続けている。


 彼の目論見が今更わかったところで、どうしようもない。

 ここから規定事項も同然となった戦争計画を、ひっくり返しようもない。


 寝耳に水の提案ではあったが、やはりというべきかアルコル家に不利な法律であるようだ。

 これからどんどん獣人を領内へと取り入れていくことが、戦に追われるアルコル領の基本方針であったのだ。

 信じられないくらい、せこい真似しやがって……




 わだかまる気持ちを何とか抑えながら、何とか事態打開の糸口を掴むべく。

周りから必死に情報を得ようとする。


 しかし見えるのは隣にいるエルナトの、勝ち誇ったようにほくそ笑む忌々しい面だけ。

 意趣返しのつもりか……?

 ここにきても神経を逆なでして、俺の思考を邪魔しやがる……!?






「アルコル家の皆様、ご返答はいかに?」




 白々しくも、穏やかに言い放った宰相。

 歯を食いしばり、それを睨みつけるアルビレオ叔父上。

 だがお爺様はその表情に波風一つ立てず、宰相の内心を詮索するように仔細に眺める。



 俺が獣人どもを治療してやり、多少なりとも悪感情が和らいでいるアルコル家の獣人たち。

 せっかく築き上げ始めた信頼関係を、ぶち壊されてしまいかねない。

 思いがけない二の矢を打たれたアルコル家は、ついに土壇場に追い込まれた。




「―――――!?」



「―――――!」




 そこにまずいと見たのか第一王子が焦った様子で、フォイヒトヴァンガー侯爵家の嫡子へ何事かを合図する。

 アルブレヒト殿は議論を踏みとどまらせようとするためか、この両雄へと割って入るように進み出ようとした。


 しかしお爺様は感情を悟ることのできない平淡な声で、条件を詰めるための要求を口にした。

 アルコル家の負担を減らすための、せめてもの交渉に過ぎない。

 だが、やらないよりはマシであるからだろう。




「人員については、わかりました。しかし戦費や糧食などは、無から捻出することはできませぬ。閣下の存念はいかほどに?」



「もちろんのこと、すべて王国が用意しておりますとも。アルコル軍の皆様には後顧の憂いなく、戦に赴いて頂きたかったゆえ。そのための労苦を我らは惜しみませぬ」



 今の皮肉に満ち満ちた発言を受けて、俺の中の予感が。

 そして恐らくではあるがお爺様の中での推論が、確信として固まったようだ。


 俺たちの要求する内容すら、この男に見透かされていた。-+*

 つまり、これは前々から計画されていたこと。

 何とかアルコル家の力を削ごうと、綿密に策定された陰謀であったのだ。




 少しばかりの間が、場に満ちる。

 周囲の貴族たちは、笑みを深くした。


 あの笑みだ。

 前世で俺に憎悪を植え付けた、あの笑み。

 人の不幸を愉しむ、下劣な笑い方…………!!!




 ゆっくりと口を開き、アルコル家前当主は返答した。

 だがその好々爺然とした笑い顔には、過去最大級に恐ろしいほどの迫力を感じる。






「おぉ。素晴らしいご決定です、宰相閣下?」






 意地ゆえか愛想と余裕のある笑みに表情を固定し、皮肉気に王国宰相の力量を強調した。

 それを受けた男は、実に満足そうに頷く。


 この宰相は尋常でない内政手腕も持った、政治的怪物。

 あらゆる権力闘争を勝ち抜き、その若さで貴族として頂点の座を得た、宮廷という名の欲望の根城におけるフィクサー。






「理解を頂き嬉しい限りです、アルファルド殿。今後ともよろしくお頼み申し上げる――――――」










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