第132話 「アルコル男爵家、創設」
宙を見上げて装飾の一つ一つまで見極めるには、多大なる時間を要する高き天井。
真下には荘厳なる紅の色合いに染められた絨毯が、一直線にある位置まで伸びている。
金銀のちりばめられた、眩き正装に身を包む英雄がそこにいた。
その者の行き着く果てには、王権を守護する女神像が鎮座している。
厳粛に最敬礼を行い立ち並ぶ、この国を意のままに操る文武の権臣たち。
玉座へと続く道には、整然と並ぶ王国騎士団の最精鋭部隊。
至尊の座には頭上に頂点の地位を示す冠を戴いた、この国の王位に就く人物が。
「――――――――――キララウス山脈周辺部において、新種の魔物を撃滅!!! 神聖不可侵たるカルトッフェルン王国への侵略を打倒した功を称え!!! アルコル卿を、男爵位に叙する!!!!!」
典礼大臣の厳かながらも、衰えを微塵も感じさせない肺活量での一声が鳴り響く。
この度は華麗なる上位者としての地位を授かった、栄誉を称えられ跪く俺ことアルタイル・アルコル。
その眼前にて陛下よりお言葉と儀礼行為を賜り、諸貴族たちへと向き直った。
王国の絶対者たる陛下をはじめとした王族の方々は、嬉しそうに万雷の拍手を送っていた。
王室楽団から盛大なるファンファーレが鳴らされる。
全ての歓声は俺へと向けられ、広大な空間を震わすほどに讃えられた。
「「「「「「「「「「「「――――――――――!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」
前回の勲章式での反省から猛練習を重ね、如才なく式を終わらせた俺。
大過なく粛々と終えることができたメインイベントに、酷薄ながらもホッとしたようにだらしなく表情を緩めた父上が遠くに見えた。
周囲の貴き人々は恐れおののき、その場から自然な形で足早に離れている。
わかるよ。
邪悪なことを考えているようにしか見えないもん。
生まれた時からこの悪人面をずっと見てきた俺には、何を想ってるか大体わかるけど。
今回、得た名誉。
これにより数々の功績から男爵位を陞爵され、新しく家門を建てることが許される。
もちろんアルコル侯爵家は襲爵するのは俺だが。
その辺はもう既に調整済みとのことだ。
父上たちは俺にはあんまし詳しく教えてくれなかったけど、大丈夫らしい。
なんかいろいろ言われたような気もするけど、難しくて忘れた。
本当に大丈夫なんかな……? まぁいいか!
アルコル男爵家としての領地は、キララウス山脈一帯である。
これはまだ実効支配していない、広大な領地を含めている。
ぶっちゃけ土地範囲的には、拡大解釈を重ねればどこまでも広く受け取ることができる。
つまりはアルコル家が王国防衛に責任を持てという事だ。
やることは今までと変わりないが、ほぼ明文化されたに等しい。
俺らが負けた時はどうせみんな仲良く死ぬから、どうでもいいんじゃねと思うけどな?
「「「「「「「「「「「「――――――――――!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」
とんでもない量の拍手喝采が、俺へと降り注ぐ。
鼓膜が破けそうなほどの大音量が、俺を中心に向けられている。
さしもの俺も、この迫力に緊張せざるを得ない。
なぜこのような式が開催されたのかというと、山脈地帯に人類反攻の橋頭保をつくったことに端を発している。
人類史に残る偉業という事だ。常に押されていた人類勢力が、反撃の機会を得た。
それが故の極めて異例の陞爵である。例外を抜けば、正当なる王国最年少記録だ。
遅すぎるとの声も多くあったが……
俺は魔将を倒し、数回に渡って王国の危機を救った。その功績は非常に重い。
何をもってこのような誉れある功績に報いるのか、権力者の誰もが悶々と思い悩む程に。
一段と熱をもって俺を称える彼ら軍部の矢のような催促から、このようなスピード出世に至ったという経緯がある。
それについては俺がろくな褒美をもらわないことで、激しい戦いを演じた王国騎士団への報償も、それに準じて少なくなったことが主な要因として挙げられる。
論功行賞を公平なものとすべく、誰もが本来貰うべき栄誉が少なくなった。それが不満を呼んだようだ。
これら大貴族や法衣貴族の思惑へと、当然メンツを重んじる王国騎士団は反発し、日に日に不和を増大させていると貴族たちは囁く。
政治闘争も激しさを増しているようだ。不穏な風は王国中に吹き荒れる。
「(言い分も、理解できなくはない)」
俺を挟んで睨み合う勢力を見ながら、そんなことを考える。
与えられる褒美も有限だしな。
魔物と闘ったところで、俺たちの利益は増えないのだ。
ゲームみたいに敵を倒せば、金銀財宝が落ちてくるわけではない。
俺たち貴族の収入源たる領地を増やさないことには、分与できる富は頭打ちであるのだから。
しかし文官と武官の対立は世の常だが、ここまで折り合いが悪いのは問題だ。
俺にヘイトが向かなくなるから、アルコル家としてはもっと煽るみたいなことを、お爺様と父上が邪悪な表情で言ってたが。
怖いよ俺はまだ可愛い年齢なんだよ?
貴族さんたちも俺のことをかわいがってね? こんなにかわいいんだよ?
そんな犬猿の仲ともいえる両陣営だが、軋轢を減じるべく手を打った。
それが俺の叙爵。
つまり魔王領域に進出し、分かち合えるパイを増やそうというわけだ。
キララウス山脈を攻略し、魔王勢力への防波堤とする。
そんな体のいい謳い文句でアルコル家へと負担を課し、勲功を欲しがる武官たちのため息を下げれる。
そして俺たちが丁度いいところで戦争中にでも死ねば、法衣貴族たちは万々歳というわけだ。
クソども誰もが泣いて感動する、素晴らしく美しい悲劇だね。
「「「「「「――――――――――!!!!!!!!!!」」」」」
「「「「「―――――!」」」」」」
更なる恩賞を求める武官たちは、成り上がりの象徴でもある俺への拍手が激しい。
特に夢見がちな若い騎士連中は感服しきったように、熱狂的なエールを俺へと送っている様子だ。
嬉しいけど、むさ苦しい……
対称的に文官たちと思しき貴族たちは、形ばかりの祝福。
今は戦争中でありこの場にいる貴族たちはその一部に過ぎないが、これは現在の王国政治闘争の縮図であるように思える。
武官たちが俺を支持するのもこれからも俺に、魔王領域に攻略させるための口実だけどな。
超絶的英雄である俺がいないと勲功どころか防衛どころか、戦場で生き残れるかも危ういし。
流石王国は汚い。
陛下はいい人だけど。
この前はお菓子くれた!
王都の有名菓子店を紹介してもらったし。
陛下は好き。
「…………………」
そんなことを想いながら真っ先に馳せ参じる先は、一つだけだ。
単独にて、国王カール陛下に謁見することになる。
改めて男爵としての職務に励むという事を、祝宴の最初の挨拶も兼ねて宣誓するのだ。
ここ一番の山場であるミッションだ。
腕が鳴るぜ。へへへ。嘘だ。
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく、祝着至極に存じあげます。この度は過分な栄誉を賜り、恐悦至極でございます。不熟な身に、望外の誉れにございます」
「そう固くならないでほしい。今回も本当に頑張ったねアルタイル君。おめでとう!」
「陛下。賜った勲位と勲章に恥じぬよう、鋭意努めます。もったいなきお言葉、感謝の極みにございます」
練習した文言を一言一句違わず、何とか言うことができた俺。
第一関門突破だ。
だがここから先は柔軟性が要求される。
どうしよう。後は別れの挨拶くらいしか頭にないぞ。
そうして焦っていたら、頭が真っ白になった。この時点で俺は考えるのをやめた。
「本当に喜ばしいことが続き、我が事のように嬉しく思うよ!……しかし君のような小さな子に辛い戦争を押し付けてしまい、我が身の不明を恥じるばかりだ。でも我が臣下たちも、必死に働いてくれることはわかってほしい。彼らも苦しい状況が続くばかりなんだ…………言い訳ばかりだね。立場上、頭を下げられずに申し訳なく思うよ。」
「そのようなことは!? 過分なるお心遣い、ありがたき幸せにございます!!!」
誰もが羨む喝采を博した俺。
それを心から喜んでくれる器の広い国王へ、畏敬の念を抱く。
陛下は人好きのする穏やかな笑みを浮かべ、柔らかな語調で敬服の念を俺へと表する。
そして心底に嘆きながら心落ちした様子で、言外の謝罪を述べた。
俺はあまりの栄誉と恐縮で、頭がパンクしそうだ。
ここまで腰低く接されても、どうしたらいいか混乱してしまう。
それに加えて陛下は、更なるお優しい配慮をしてくださる。
「ありがとう。これからもよろしく頼むよ。私個人からも礼をしたい。アルタイル君はお菓子が大好きだと聞いているからね。帰りに是非とも貰ってほしい」
「本当ですか!? ありがとうございます!!!」
「…………たくさん食べて大きくなるんだよ!」
お菓子!!! やったぁ!!!
王室御用達のお菓子なんて、なかなか食べられないぜ!
たーのっしみーー-!!!!!
深みのある落ちついた低音で、少しの間をおいて返答した陛下。
陛下……好き……
いっぱい褒め褒めしてくれて、お菓子もくれるから好き。
………………あれ? なんか空気が固まったような?
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