第129話 「ブロンザルト子爵」
新種との戦争が終わってからというものの、新種による被害は音沙汰がなくなった。
あの戦争で全て殲滅できたのだろうという事だ。
もちろんのことではあるが細心の注意を払い、捜索隊が未だ調査に当たっている。
だが喜ばしいことに、あの激戦が嘘であるかのようにアルコル領には、つかの間の小康状態が訪れていた。
というのもキララウス山脈を監視かつ防衛するための要塞が完成し、魔物の脅威が大幅に減ることとなったからだ。
よって魔物たちの侵攻を遅らせ、凡百の個体など要塞にて容易く防ぐことができるようになる。
これによりアルコル領が実効支配する領地が拡張され、領土の縦深ができた。
それが領民たちへ、これまでとは比較にならないほどの富と安寧を齎したのであった。
余談ではあるが、俺もその建設に駆り出された。
頑張りまくって、なんとか先日に終えることができたのだ。
土魔法で延々と建材を作り、要塞の外周に堀を形成する。
そんな単純作業を延々とこなした俺は、とても偉い。
「――――――ってな感じよ!!!そんな俺って超偉いよねノジシャ!」
「そうね」
「ウヘヘヘヘヘ!!!じゃあさじゃあさぁ!どれくらい偉いと思う!?」
「すごいわ」
「ウィヒヒヒヒヒ♪じゃあ撫でて撫でてぇ~♪」
「……………」
「あ゛ぁ゛ぎも゛ぢい゛ぃ゛~~~ん゛ぁ゛~~~」
どこか上の空なノジシャが撫でる俺の頭。
その柔らかな手にぐりぐりと頭部を押し付け、悦に浸る。
彼女が心騒いで、身が入らない返事をするのも仕方ないだろう。
平穏な日常に、ある変化が訪れたからだ。
俺の従姉である彼女の父。
つまり俺の叔父であるブロンザルト子爵が、今から我が家にやって来るとのことだ。
久方ぶりの邂逅に、気もそぞろになっているのだろうな。
ここはひとつ、大人として面倒を見てやらねば。
気を揉ませてくれるが、これも気の利いた紳士の甲斐性さ。
イケメンの義務みたいなもんだから気にしなくていいぜ。子猫ちゃん……
「何十回聞いても、兄様の活躍は凄いや!!!」
「お兄様はとっても凄いです!私たちの誇りです!」
「……………」
「フーーーハーーーハーーー!!!!!永遠と語り継がれる俺の英雄譚を間近で聞ける至上の栄誉、心ゆくまで味わうがよいぞ♪」
ガキどもは胸を膨らませ、俺が成し遂げた偉業を称える。
物思いに耽り、反応がおろそかになっているノジシャは無言であるが。
しばし談笑に興じていると、話は必然と此度の来訪について移る。
毎日この家ばかりに居て、代わり映えのしない日々を送るガキどもにとっては、楽しみな刺激であるようだ。
「それにしても、いついらっしゃるか楽しみですね!」
「叔父上に沢山お話を聞きたいな!そろそろ僕も初陣なんだ!戦話を吸収して、絶対もっと強くなってやるぞー――!!!」
「私も沢山お話を聞きたいな!ねっ!お兄様♪」
「うんうん」
快活に腕を掲げて、叔父上の来訪を待つ弟アルデバラン。
腹違いの妹であるカレンデュラも、俺の腕を握り締めてそれに同調している。
一応は同意しておく、彼らの兄である俺。
まぁ悪い人ではないしな。滅茶苦茶に暑苦しいけど。
アルデバラン系のむさ苦しい連中は気が合うのだろう。
爽やかでクールかつ冷静沈着な俺とは、対称的だ。
まぁ俺ほどの男としての格を、他者に求めてしまうのは酷というものだが。
いつになく話し込んでいる大人勢は、こちらを気にも留めていない。
アルビレオ叔父上は件の要塞に駐屯中で不在であるが、ブロンザルト子爵の帰り際には戻るとのことだ。
そして待ち受けていた報告。
使用人の中から進み出てきたメイドの一人によって、いよいよ齎された。
「ブロンザルト子爵様。ご来訪です――――――」
淡々としたサルビアの報告に頷く父上。
使用人たちが開く、玄関の巨大な扉。
そこよりガッチリとした体格としか形容できない、巨漢が現れる。
ノジシャの父親。彼が来たのだ。
縮れた癖のある赤髪を刈りこんだ、猛々しい風貌。
いかにも武人然とした、筋肉の塊だ。
屈強すぎて貴族にはとても見えない。
「――――――久しいな!!!!!皆、壮健か!?」
野太い大声が響き渡る。
バカでかい声に鼓膜が限界を超えるほど振動して。脳髄にまで揺れ動きそうだ。
そこに、この男を見たカレンデュラが隣で怯えた声を小さく出した。
アルデバランも衝撃から気を取り戻したのか、一拍遅れて心配の言葉を投げかけた。
一番気になるノジシャは、呆然としているばかりの様子。
突然の凶事であるからか、その単語の数々は要領を得ていない。
しかし見るだけで何が起きているのか分かった。
「ヒッ…………!?」
「……叔父上!?!?!?それはどうされたのですか!?!?!?」
片腕を失っていたのだ。
何でもないような顔でこちらへと歩いてきているが、相当な痛みが踏みしめるごとに出るはず。
俺も吃驚し、子供たちに釣られて頓狂な声を高くあげた。
「お、叔父上!?血がダラダラじゃないですか!?」
「おうアルタイル!!!こんなのいつものことだ!少しばかり痛むだけの事!!!」
巨躯に備わるべき、隆々とした左腕が見当たらない。
左肩の付け根から先が途絶えていたのだ。
切断部にまかれている包帯には、血が滲んでおり痛々しい様相である。
彼は苦痛に顔をしかめることもせず、堂々とした立ち振る舞いで俺たちの前へと進み出てきた。
妻であるエルメントラウト伯母上は口元を覆い、目を見開いて絶句している。
一方、父上たち俺の家族一同は少しばかりの動揺が見えるも、大凡平然としている。
このような不穏な風景を見慣れているからか。
そんな冷徹な納得が思考の片隅にあるが、今は関係ないことだ。
彼らの多少なりともある心配を、取り去ることが可能な俺が払底してやらねば。
ここでみんなが俺に期待する、至高の奇跡によって。
「そこで大人しくしていてください!?いきますよ!!!『Redi ad originale』!!!!!」
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