第121話 「塹壕の意義」
俺たちのいる陣地。
それは戦線に対して幾重もの塹壕が円形状に構築され、同型の塹壕陣地2つと交通路で結んだ形態である。
その形状と地形特性により敵の移動の自由を制限できる、拘束のための機能。
各種遠距離攻撃などによって、敵の組織的行動を妨害できる、圧迫あるいは攪乱のための機能。
これらの役割を期待してものだ。
よって防御行為においては敵攻撃を阻止、また緊要地形を保全することを狙うことができる。
陣地内では円陣、陣地の周縁部では横陣が準備され、柔軟かつ多様な対処をこなす猶予を齎してくれる。
その間に適当な打開策を練り、対応に移ることができる。
これを突破してアルコル軍の組織的行動を揺るがすには、多大な労を要することだろう。
また防御陣地のキャパシティを保持するため、他の塹壕陣地の予備戦力がある。
これは特定陣地における戦闘で減耗した損害を補填するために、戦力移動させることもできる。
「つっても……まだムズいか。一番理解しなくちゃいけないことを教えてやる。鼻っから成功前提に戦術を組んでちゃ、対応力の天井が見えてんのよ。戦術の幅は、生存率と等しいもんだ。だからアイツは俺をこのタイミングで出した。懸念事項は、極力潰していかねぇと……な」
ヤンの言う通り、敵をここで殲滅するに越したことはない。
ここで倒せたのにも関わらず逃がしてしまっては、後の禍根を残すことになる。
だからこそ、それら今まで敷いた伏線を余すことなく駆使して、より完璧なる勝利の栄光をつかもうとする。
父上も戦いの前に、助言してくれたことだ。
何もかも盤石な戦争はない。勝利の布石を打ち続けるのが将の役目。
俺は再度その言葉を反芻し、自らの糧とできるようにする。
「以上、アルフェッカが言いそうなことだ。当てずっぽうだがよ。そんじゃあ頑張れや」
妙に意味深なセリフを吐いて、ヤンの姿は、ぼんやりと掻き消えていった。
俺は治療を続けながら考え込む。
なんとなくはわかる。
ここに着いた時点で有利を得たという事、それは事前準備で戦争は決するという事だ。
だがその準備行動を的確に選択して、効率的に積み上げられるかは別問題。
例をあげれば魔道具罠をはじめとした、豊富な物資を用意できる手腕もそう。
兵站構築からして、計り知れない力量がある。
父上と凡人の違いは、そこにあるのだろう。
その間にも父上は事務処理を行うように、淡々と事実を列挙する。
戦争を行うための機械のように。
俺は父の見たことのない一面に驚くとともに、半ば恐れを抱く。
人には多かれ少なかれ、多面性があるもの。
それでもそれを思うのは、外見上はいつも見せている冷静沈着さと大して変わった様子ではないが、どこか寒々しいものを感じるからか。
「嵌められて逃げられないと気づいた時には、もう終わりだ。獣でも焦燥あるいは絶望し、行動は単調になってくれる。そこが狙い目なんだよ」
塹壕まで部隊がたどり着いてからの、この逆襲に敵は不意を突かれたのか。
死を招く予感に気づいたのか、ようやく前進を止めようと試みる個体もいたが、すでに遅きに失した。
一体一体と、躯を積み上げてゆく。
ようやく誘い込まれたことに気づいたのかもしれないが、もうすでに戦いは次の段階へと移っていた。
それを平然と見据え父上は、異常は何もなかったかのように普段通りの口調で話す。
しかし俺には異物感がひどく、畏怖と共にその言葉は脳裏に刻み込まれる。
「アルビレオ。他陣地から兵士を集結させるように指示してくれ。ここで一匹逃さず殲滅する。お前は彼らを統率してほしい。とどめの一手を頼む」
「かしこまりました」
兵の再配備を終えたアルビレオ叔父上は、父上の命で風魔法使いへと指示を行う。
完全に敵を制圧するための、他陣地からの戦力確保のためだ。
侵攻制圧するための部隊は素早い機動を容易とし、敵に対して優勢を維持するため兵力がなければならない。
もちろん一部の守備兵力を陣地に残置することで、万が一の事態における撤退などの際の保険を維持することが求められる。
また陣地への侵入を許した場合にも火力により攪乱し、予備兵力の投入によって逆襲を行って突破を食い止めることができる。
それも考慮しての部隊編成を、アルビレオ叔父上は任せられた。
ここまで対策をうてば、盤石のように思える。
「頃合いだ。アルタイル。攻撃魔法の準備をしてくれ」
その間にも、父上の作戦は進められる。
意図的に、あえて火力をさらに緩めることで。
敵は好機と見たのか、陣地帯周縁部の内側へと窪んでいる堀部分へと進んでいく。
弾幕の薄いそこへと決死の攻撃を加えて、活路を見出そうと本能的に悟ったのか。
とんでもない勘違いだとは知らずに。
俺でもようやく理解できた。
曲がりくねった塹壕線は、こうして凹み部分に誘い込んで挟み撃ちできるためか。
「正面の敵を釘付けにしろ。まだだ。まだ待て。敵が勝利を確信できる距離まで来てからだ。待て――――――」
だが塹壕に接している敵は、もはや身動きが取れない。
後方からは味方の突撃に圧迫され、前面と側面は土壁で囲まれている。
何とか堀を突破した個体も必死によじ登るか、壁を壊そうとしているが間に合うはずもなく。
来た道を無理やり戻ろうとする個体もいるが、それ以上の勢いで流れる波には逆らえず。
敵の動きは、完全に静止した。
その決定的瞬間を見逃す男ではない。
「―――――――放て」
「『diffusio――――――――――」
そうして俺は集中力を高め、唱える。
安全地帯で落ち着いた、この状況ならできる。
魔力操作の極みにおける、超越者の御業。
この空間に飽和する神秘の煌めきは、絶大な圧迫感を伴い存在した。
ここに至高の魔法は、現れる。
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