第120話 「陣地防御の威力」
父上がそう言い放った直後、空気が一変する。
勝利を確信したように、兵士たちは自信に満ちた雰囲気を醸し出している。
それは己らの力への自負か。
長年の信頼関係からか。
「味方の回収は完了した。よって、攻撃の手を緩める。事態の打開策として」
アルビレオ叔父上たちが戻るまで敢行していた火力支援を低減するように、父アルフェッカは命を下す。
それは彼の言う通り、最終的勝利を得るための手口。
この陣地は俺が父の指示の下で作成したのもあって、構造そのものが非常に強固だ。
また防御陣地がお互いの射程を補完することにより死角をなくし、更に多数の兵士による魔法による十字砲火を浴びせられるように設計された。
守備側の優位は自明であるのだ。
しかし新種たちは、それを知るはずがないだろう。
知らないことに対処できるはずがない。
それがすなわち、勝機となる。
「一撃だ。一撃で粉砕する」
父上は確定事項といった体で、命令を宣する。
手の空いている兵士たちは黙して、それに聞き入る。
彼ら一人一人の表情を吟味するように、父上は視線を向けつつ堂々と喋る。
その雄々しい姿にひとかけらも動揺が見えないことから、彼を信じようという気持ちが不思議と沸いてくる。
尋常ではない肝の強さを持っているものだと、内心で実に感心する。
「敵に陣地の威力を学習される前に、完膚なきまでに撃滅する」
ぐったりとしているダーヴィトたち傷痍兵を俺は治療しながら、父上の言葉を拝聴する。
彼らは俺に短く礼を言うと、父上の演説に静かに耳を傾けている。
まだ内臓などにダメージを負っているが、日常生活には問題ないほどには回復させた。
戦闘となると疑問符が付くが、今の状況では四の五言っていられない。
「それまでは敵がかろうじて搔い潜れるだけの、牽制攻撃を行う」
牽制とは言ったが、その火力は凄まじい。
父上の言葉が陣地内で響く間にも、魔法兵たちはこうして轟音を立てて魔法を発射している。
絨毯爆撃のような砲火により、見えざる敵は無残な死骸を晒した。
それでも奴らは、俺たちへと向かって来る。
当然ではあるが、そうしなければ奴らに勝利はないからだ。
土煙に紛れ、外壁まで到達する新種も散見される。
しかし高くそびえ立つ障害に阻まれ、足は止まった。
新種の攻撃が陣地前方で頓挫した瞬間、各小隊の指揮官は訓練指導に基づいた戦闘要綱を踏まえた上で逆襲を実施し、これらを処理した。
勢いをくじかれたら、四方八方から狙われるいい的だ。
魔法兵の絨毯爆撃のごとき飽和射撃と連携しつつ、陣地外周部に位置する歩兵も所要に応じて、魔道具であらかじめ準備していた軍事要点へと火力を集中させる。
ものの10秒もしないうちに、陣地勢力圏に侵入した敵対者は処理能力の限界を超え、ほとんどが討滅された。
「(これが――――――)」
――――――陣地防御か……
聞いたことはあったが、凄まじいものだ。こんなものに突っ込むなんて無謀だろう。
敵地でこんなものを敷設できるなんて、魔法とは恐ろしいものだ。
よく父上もこんなものを、襲撃されそうな行軍時に作ろうと思ったものだ。
俺あっての戦術だが、こんな事を普通は思いつきもしないだろう。
いきなり自分のテリトリーにこんな野戦築城が一夜にして現れたら、たまったものではない。
やっぱ魔力チートって、チート過ぎる。
「千客万来だな、おい」
ヤンは皮肉気に口角を歪めると、嘲るように敵の来訪を囃し立てる。
その言葉通り、残存する敵影は莫大な量だ。
次から次へと、飽きるほどやってくる。
この難局に立ち向かうため、父上は更なる対策を講じる。
その言葉をもって再編成できた隊は順次、臨戦状態に移っていく。
「ヤン。念のために新種共を誘い込めるように。ゆっくり外周を囲め。陣地外にいる兵たちは回収しつつ、その援護に当たらせろ。その間に私たちは、攻めあぐねているように見せかける。シュルーダー。魔法兵がよく見えるように、わざと目立つようにしておけ。火力は魔法兵部隊前方外に拡散させるんだ。敵に陣地を囲まれないように、敵両翼へと攻撃を集中させろ。わざと隙を見せる。敵がここを最も狙えるように」
「りょーかい」
「承知いたしました!」
適当な返事と共に、ひらひらと手を振ったヤン。
身を正しながら、生真面目に返答したシュルーダー。
それぞれ対照的な反応を示すと、各々は下された指令の実行に移った。
当然のことながら、敵陣の側面や背面に対して急襲を行うことで戦況は有利となる。
そのうえで包囲できれば尚の事だ。
防御戦闘において、逆襲に留まらない全面的な攻撃に移行する場合は、攻勢移転を行うこととなる。
その実施をするにあたっては敵を陣地で拘束しながら、別動隊でその側背に対して包囲を行い、攻勢移転を実現する。
陣地防御は地形優位を保ちながら展開可能な、守備行為である。
しかし火力と反撃を交えて用いなければ、敵部隊の攻撃を防ぎ、撃退することは困難だ。
そのためまずは、陣地をもってして敵を消耗させること。
そして反攻作戦のタイミングを前もって定量化しつつ策定し、適時適切に予備戦力をもって反撃に出ることが肝要となる。
それを父上はヤンに任せた。
つまりここで新種を殲滅すると、決断したという事。
戦いはいよいよ、天王山を迎えようとしている。
「わかるか?坊ちゃん」
ヤンは陣地から出ていこうとするとき、俺へと向かって話しかけてきた。
意地の悪い笑みを浮かべて、ある意味予想通りに嫌味たらしく口を利く。
「連中はお仲間がどれだけの死を積んでも、我武者羅に攻撃し続けている。乾坤一擲で、豆粒みたいな勝利の可能性に賭けざるを得ないように、なっちまった訳だ。さっきまでとは、まるで大違いの状況だな。この違いが分かるかよ?」
「……………いや」
「アルフェッカに後で答えを教えてもらえ。俺が今からやることの意味もな。お前もいずれは必要になる知識だからよぉ」
面白い、または続きが読みたいと思った方は、
広告下↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓の☆☆☆☆☆から評価、またはレビューしていただけると、執筆の励みになります!!!!!!!!!!




