第118話 「振り払えぬ邪念」
その場すべての存在が、静寂に包まれていた。
それを破ったのは、俺の焦った声。
異常を察知した、俺の第6感がそうさせた。
「……………父上!まだ50……それ以上は敵が残存しております!ほとんどが負傷しているのか動きが緩慢ですが、こちらへと向かってきます!!!『arena』!『arena』!」
敵を撃滅しても冷静に戦況を判断する父上を、茫然と畏怖をもって見つめていた皆が我に返る。
そこで俺は気配察知スキルの射程圏内へと侵入してきた敵を、いち早く父上へ報告したのだ。
しかし最前衛が、もう既に接触していたようだ。
俺はそこに慌てて魔法支援をする。
チューベローズも緩慢と魔法陣を起動するが、俺よりも的確に敵を処理している。
「脱落した兵は?」
「数名が回復術師の治療を受けております。うち一人が重傷!アルタイル様の治療がないと戦線に復帰できません!」
「わかった。アルタイルに治療させろ!お前たちはその間に敵へと火力投射して、相手を食い止めろ。その方が時間効率がいい!」
その命に従い、俺は傷痍兵の治療へと移行する。
そうしていると背後から視線を感じた。
俺が高位水魔法を放ってから、呆然としているルッコラだ。
一番の安全地帯にいる俺は、彼女に命ずる。
「ルッコラ。ここはもう安全だ。お前も前線で援護をしに行ってくれ」
「…………りょ……了解した!」
何故かルッコラは裏返った声で了承し、駆けていく。
やけに物分かりがいいが……今は気にすることではない。
治療を続ける。
「あと少しでたどり着くぞ!!!みんなもうひと踏ん張りだ!!!」
遠くからアルビレオ叔父上が、兵を鼓舞しているのが聞こえてくる。
兵士たちが口々に雄たけびを上げ、攻撃かつ退却へと向かう。
さらに進軍速度を速める。
残敵の掃討も片が付きそうだ。
進軍速度も段違いに速くなった。
もう間もなく塹壕へとたどり着けるだろう。
意気軒高の兵士たちは、攻勢も勢いづく。
遠くを見るとヤンたちも、新種を薙ぎ倒している。
戦闘終了も時間の問題だろう。
ようやく再生魔法で一通り治療が終わった。
兵士を再生魔法で治して、俺も攻撃へと移りたい。
「大丈夫か?後方に退却するか?」
「いいや……」
兵士の調子と、そして戦意を確める。
彼が何がしかの理由であれ動けないようなら、少しばかり時間と手間を要さねばならない。
俺の心配とは裏腹に、兵士はすくっと立ち上がり、笑みを浮かべた。
「魔物どもを殺してきます」
好戦的な野獣のような口元。
指の関節をポキポキ鳴らして、威勢のいい言葉をあげる。
「俺のやることは一つ。ただ肝据えて、任務を果たすのみです」
そのギラついた視線に少しばかり圧され、思わずのけぞる。
兵士はからからと笑うと、剣を握り、一つ礼をして背中を見せた。
「ありがとうございますアルタイル様。それじゃ……もっかい行って参ります」
「そうか。頼んだ」
これが戦争に揉まれた精鋭。
魔物たちの血の中で、研ぎ澄まされた剛勇。
なかなかどうして男ぶりがいい·ものだ。
こんな気持ちのいい男ばかりが、アルコル軍には揃っている。
「………………」
俺は周囲を見渡す。警戒のためだ。
辺りには、複数の護衛の騎士しかいないが、魔物たちの躯に足を捕らわれて四苦八苦している。
誰もが足元に転がる、透明の死体を避けるために集中している。
俺が何かをするために少し身じろぎしようと、誰も気づかないだろう。
俺と同乗している騎士でさえもそうだ。
気配察知スキルにより、誰も俺に注目などしていないことがわかる。
刹那、ある邪な発想が脳裏によぎった。
こんなことを、してもいいのか――――――?
「――――――(どうする……っ!?)」
少しの逡巡の末、結論に達する。
心音がいやに大きい。それだけ神経が尖っている。
焦燥の果てにたどり着いた答え。
それは、もしだめなら後で捨てればいいということ。
俺のチートにより、決して誰にも露見することはないのだから…………
そんな邪念が考えのほとんどを埋め尽くす。
これだけ苦労したのだから、少しはいい目を見てもいいのではというエゴイズムに突き動かされてしまった。
そして俺は一筋地面に流れ落ちる冷や汗と対照に、それをアイテムボックスへと収納した。
許されるべきではない、野心は満たされてしまった――――――――――
喜ばしいことに、2022.07.12 日間異世界転生/転移ランキング ファンタジー部門で300位を獲得しました。
また2022.07.13 日間異世界転生/転移ランキング ファンタジー部門で252位を獲得しました。
活動報告に画像載せました。
三日連続ランクインとなり、光栄の至りです。
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