第111話 「英霊への誓い」
視界が揺れるほどの、猛烈な疾走。
皆が切迫した様子で、塹壕線に沿って駆け抜けていく。
仲間の無事を祈り、憎き敵の掌中へと進む。
俺は馬が潰れないように、回復魔法をもってそれを支援する。
重装騎士を載せて、全力で駆け抜けているのだ。
その負担は推測するに、余りあることだろう。
「『Curatio vulneris』!『Curatio vulneris』!『Curatio vulneris』!『Curatio vulneris』!」
「ありがとうアルタイル!そのまま頼む!」
「わかりました!『Curatio vulneris』!『Curatio vulneris』!」
範囲回復魔法の連打による疲労の低減により、怒涛の勢いで猛進する俺たち。
先ほどの通信で、父上より俺たちの速度を緩めるのは得策でないと言い渡された。
よって俺たちは父上たちの倍以上の速度をもって、いち早く救援に向かうことに柔軟に策を転換させた。
中継ポイントで速度を緩め、風魔法通信を行う。
そうするとアルコル侯爵家当主の俺の父、アルフェッカたちからの返答がきた。
『――――――――――こちらアルフェッカ。アルビレオたちは塹壕へとたどり着いたら、そのままダーヴィトたちのもとへと向かえ。救出を何よりも優先させよ。もし接敵したら、そのまま柔軟に撤退作戦へと移ってくれ。私も到着次第、対応する』
『はい兄上。後ものの数分でダーヴィト部隊の塹壕へと、到着する予定です』
『流石だ。ありがとうアルタイル。君のおかげだ。これからもよろしく頼む』
『はい!頑張ります!』
『ああ。通信は以上だ――――――――――』
魔法陣が掻き消え、風魔法通信による微風が止む。
俺たちは待ち受ける敵へと、いよいよ突入する。
決意を新たに、また馬を駆りだす。
そうして木々の合間から、巨大な塹壕が見えてきた。
ついに辿り着いたのだ。
そこにはすでに幾らかの兵士たちがいた。
負傷している者たちが多い。
隣にいるチューベローズが、無言で荷車を飛び降りる。
そしてどこかへと消えてしまった。
俺はそれを意に介さず好きにさせ、獣人奴隷のルッコラを伴い現場の兵士たちへと向かう。
「――――――――――救援だ!!!みんな無事か!?アルタイル!!!回復魔法を頼む!!!」
「はい叔父上!『Curatio vulneris』!『Curatio vulneris』!『Redi ad originale』!」
「アルビレオ様!!!アルタイル様まで……!よかった……!」
アルビレオ叔父上の命により、俺は迅速に魔法陣を展開させ、最大出力で兵士たちを包み込ませた。
淡い光が晴れると、全快となった騎士たちが起き上がる。
そして口々に、治療への謝辞を述べる。
俺たちの到着にも安堵した様子だ。
相当な激戦だったことが伺える。
歴戦の兵士であるからか慣れた手つきで装備を点検すると、直ちに防衛配置へと迅速に移行する。
「あ……ありがとうございますアルタイル様!!!」
「来てくださってよかった……!本当に……!誠にありがとうございますっ!!!」
「あぁ、いい。それより何があったのか、詳細を聞かせてくれ!」
「報告いたします。武官長たちは陳地の東面において奇襲を受けており、未だ迎撃に当たっているようです。魔法使いが魔法攻撃で牽制しておりますが、魔力の残量が底を尽いているものが半分にのぼっております。もはや猶予は残されておりません」
父上の部隊の風魔法使いが俺たちに気づいたのか、風魔法通信をいったんやめると駆け寄ってきた。
そして直ちに俺たちへと、聞きとりやすいが大変な早口で戦況報告を行う。
戦況レポートによれば、ここにいるダーヴィトの部隊の兵士たちは、怪我が酷く危険を押してでも退却せざるを得なかった者たちであるとのこと。
それの護衛のために、また状況報告のために運よく戦場を抜け出せた者となる。
ダーヴィトは動けないが指揮を執っているとのことだ。
あいつも辛い中でよくやってくれて、本当に頭が下がる。
そして父上からの連絡が、たった今来ていたとのこと。
そのまま通信を繋げてもらおうと叔父上が頼む。
『兄上。アルビレオです。目標地点の塹壕にたどり着きました』
『よくやった。塹壕を維持できる最低限の兵以外は、動けるものは全員突入させてくれ。敵とは火力と機動力の面ではこちらが優位だ。撤退戦における勝機はここにある。先ほども話したが私たちの部隊が到着次第、予備としてシュルーダーたちの部隊も、予備戦力として後方に置いておく。それらの残りの部隊は陣地防衛と、後方支援に当たってもらうこととなる。彼らは別命を下すまで待機させてほしい』
『了解しました』
『ダーヴィトたちのいる地点は既に把握している。一刻も早く向かってほしい。頼んだよ――――――――――』
父上との通信が切れる。
いよいよだ。
俺たちはここにいる者たちを部隊へと組み入れ、出発の狼煙を上げる。
ついに塹壕から出ようとしたその時、塹壕の端に何かが安置されているのが見えた。
吹き抜けた一陣の風でそれが剥がれ落ちて、判明した見たことのあるそれは…………
そうだ。当たり前だ。彼らは劣勢だった。心の片隅ではわかっていた。
すでに亡くなった幾人かの兵士たちの躯には、布が被されていた。
その奥にはトロル戦や、オーフェルヴェーク侯爵戦の時にも見た顔が……
俺はそれを見ると、怒りと悲しみがこみ上げる。
もっと早く着いていれば、こんなことには……
それを見て俯いた俺を見かねたのか、叔父上が声をかけてくれた。
その表情は硬いが声の調子は穏やかで、俺へと寄り添ってくれることが理解できた。
兵士たちも彼らを想い、勝利を誓うためか、神妙にそれらを目に焼き付けるように正視している。
同胞の死。哀悼の意を捧げ、心に炎を灯す。
無駄にはしない。絶対に無駄にはしない。
受け継がれる想いは、魂は。俺たちを強くしてくれる。
彼らの命を背負い、俺たちは生きるために勝利し続けるんだ……!
「アルタイル。命を懸けて戦ってくれた彼らに報いるために、私たちは敵地へと征く。覚悟はできたかい?」
「はい……!絶対に仇はとってみせます……!彼らの守りたかったものを、今度は俺たちが守るために……!!!」
「そうだ。そうだ………!……いこう――――――――――」
塹壕を出立し、進軍する。
進むにつれて、段々と木々が多くなってきた。
ここから先は何が起きてもおかしくない。
兵士たちの戦意は立ち昇り、物怖じすることもなく進み続ける。
先ほどの話が効いたのだろうか。
隣にいるルッコラも、それにあてられてか、思うところがあったのか。
やる気を漲らせているようだ。
「そろそろのはずだ……」
ぽつりと漏れ出た叔父上の言葉に、さらに気が引き締まる俺たち。
臨戦する時は近い。
緊張感が増幅される中、小さな異変を察知した。
ドーーーン。
何か遠くから音が聞こえる。
聞き間違いか……?
耳を潜める。
ドーーーーーン!
規則的な炸裂音。
これは……!
ドォォォォォンッッッッッ!!!
間違いない!
戦闘音だ!!!
気配察知スキルでも、多くの存在を確認できた。
兵士たちもここまで来たら、察しのいいもの以外も全員気が付いたようだ。
叔父上が号令をかける。
それに応えながら兵士たちは抜剣し、構えながら走り始めるための体勢となる。
「お前たち!!!戦闘だ!!!行くぞっ!!!!!」
「「「「「ハッッッッッ!!!!!」」」」」
俺たちは鎧を鳴らして、鉄火場へと赴く。
ついに目的地へとたどり着いたのだ。
そうなると後はやることは一つ。彼らを引き連れて一時退却だ。
そこには見慣れた顔がいくつもあった。
皆憔悴しているが、多くが立って円陣を組んで応戦しているようだ。
中央部には怪我からか倒れている兵士と、回復術師らしき者が寄り添っている。
だが魔法が放たれるところには何も見えない。
今はどのような状況かはわからないが、これが見えない敵……!
そして円陣の内部へと視点を再度戻すと、探していた顔を発見した。
そう。ダーヴィトが――――――――――
「――――――――――ダーヴィト!!!!!」
「アルタイル様――――――――――」
アルコル軍武官長ダーヴィトが呻くように声を出して、俺へと首を向ける。
その額には脂汗が浮かんでおり、痛々しい血痕が彼の大柄な体躯のそこかしこに刻まれている。
だが五体満足のようだ。
その上半身を無理やりに起き上がらせた。
よかった……!無事か!
「申し訳ございません……不覚を取りました......」
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