第110話 「救援へ」
本当に唐突だ。
誰もが父上の言葉についていけていない。
一泊置いて叔父上は心の中でかみ砕けたのか、返答をする。
しかしその声は困惑に満ちていた。
『……………何らかの要因で視認できないという事でしょうか?』
『そうなるな。理由まではわからないが。それは今のところ考えなくていい。対応策を練ることが先決だ』
父上の言葉を受けて即座に了承し、対抗手段を聞く叔父上。
阿吽の呼吸である。
『了解しました。して、どのように対応を?』
『あぁ。まずは情報のすり合わせと行こうか。すでにダーヴィトたちと連絡はついている。私の部隊の風魔法使いを向こうに送り込み、情報収集をさせた。すでに塹壕への撤退支援を命じている。ダーヴィトの容体は戦闘行動をとれないほどらしい』
その口ぶりからすると、命に別状はないのだろうか?
いや士気の低下を防ぐために、あえて伏せているのかもしれない。
早く救援にいき、入念な治療が必要だろう。
それもまだ戦闘が取れないとなると、それなりの重傷であることは間違いない。
俺ぐらいの魔法の腕でなければ、この短時間で回復させることは叶わないだろう。
『よってアルタイルに治療させてほしい。お前たちの部隊は機動力の高いものを選抜して、急遽救援へと向かってほしい。そこに私の部隊からさらに人員を裂いて、今から救援に向かわせるつもりだ。現場を見たい。私自ら出向く』
『はっ』
『すでに私はこの可能性について、事前に予測していた。敵の行動論理、それに対応する戦力の配置、攻撃手段、撤退計画。よって予め作成していたプランがある。皆、心して聞きなさい』
た……頼もしすぎる……!
これが戦場の父上か……!
俺たちの抱えていた不安など吹き飛んでしまった。
父上の落ち着いた声が響き渡ると、次第にアルコル家の兵士たちにも平常心が戻っていく。
叔父上も張り詰めていた肩が軽くなったのか、少し肩が下がっている。
父上の作戦を聞き逃すまいと、みな集中している。
俺はすでに理解することをあきらめていたから、彼らを俯瞰することができた。
人間やるべきことがあると、それに気をまわしてしまうものだ。
つまり、余計なことを考えなくてすむ。
もしかしたら父上は見えない俺たちの状況を理解していたのかもしれない。
俺は自分の実の父親の事ながら、その智謀を恐ろしく感じる。
未来でも予知しているかのような的確な構想に、舌を巻く。
『第一目標としてダーヴィトたちの部隊を、陣地まで後退させ再配置を行う。彼らの回収は、シュルーダーの部隊以外の人員で担当する。その間シュルーダーの指揮で収容陣地となる塹壕に、魔道具罠を配置させる。敵情視察の時間をできるだけ稼ぎたい。塹壕を利用し地の利を得て、これ以上の兵の損耗を抑える』
『はい』
敵に接しながら後退することは至難の業だ。
多くの戦力が必要となるのは自明であり、必然その支援も必要となる。
部隊をなるべく同時に撤退させたいところだが、消耗次第で俺たちが壁となり敵の追撃に対処しなければならない。
何より撤退時には部隊の後衛と側面に戦力を集中させて、敵への警戒を払う必要もある。
それは余力の残る、俺たちが担当することになるだろう。
相手が見えないことも相まって、容易い任ではない。
『第二目標は、塹壕による攻勢防御だ。魔道具罠により敵の行動の自由を制限してから、反撃に移行する。そのために接敵次第に風魔法、火魔法で敵の位置に当たりをつけてから、土魔法により正体を暴け。以上だ。何かあれば申し出てくれ』
『はい。いいえ。異存はありません』
先ほど部隊が分かれる前、父上より魔法の手ほどきを受けたことの合点がいった。
それは敵を炙り出すためだ。
あの時から、いやそれより前から父上は今に至るまでの筋書きを推測していたのだ。
塹壕も同様だ。
敵を土嚢となる壁と、堀となる溝という地形によりせき止め、砂魔法を確実に使用するためのもの。
また塹壕は敵への防壁という機能だけではない。
その後に壁の背後から魔法で敵を吹き飛ばす。
これは敵への攻撃のための攻勢防御のためである。
『細かいことは、合流してからだ。合流地点はダーヴィトたちが拠点とする塹壕とする。風魔法通信によって私が指揮を行う』
『拝命いたしました』
『あぁ。それでは通信を切る。定時連絡をするから、確実に連絡地点まで到達するように。それと部隊の選抜はアルビレオに一任する』
『謹んで承ります』
『頼んだよ――――――――――』
父上たちの塹壕がある方向から、流れていた風が止む。
それと共に父上の声が消えた。
連絡が終了したという事だ。
態勢を整えるため、すぐに部隊の再編成を行わなければ。
父上に任命された責任者の叔父上に従って、差し迫った危機へと動き出す。
「アルコル家当主の命により!これより救援部隊を選出する!!!急を要する問題であるが故、傾注せよ!!!」
「「「「「「ハッッッッッ!!!!!」」」」」
アルビレオ叔父上の声が響き渡ると、兵士たちは移動する。
当然ではあるが、いやに物々しい。
それも急な重要案件だからと、俺たちもそれに倣う。
『クク……』
「……………」
楽し気にチューベローズが腕を組んで、その白魚のような人差し指でしきりに拍子をたたく。
随分と余裕綽々としている。
こいつに関しては、心配はいらないだろう。
別にこいつがどうなろうが俺は何とも思わないし。
心配なのは黙りこくっているルッコラだ。
俺の護衛となるが、どこまで使えるやら。
以前からの口ぶりからして、功を焦られても困る。
もちろん俺専属の護衛の騎士は、ほかにも複数いる。
しかし事態はもう一波乱あってもおかしくはない。
そんな時に彼女はどんな行動に出るやら。
どことなく心の内に不安感が立ち込める。
この情勢からして、きな臭い。
なぜこの異変が起きたのか、原因などわかる由もないが必然気になる。
俺は惑う思考を抑え込み、目の前の事へと集中する。
「――――――――――出陣せよ!!!!!」
叔父上の掛け声により、兵士たちは馬を駆りだした。
地面を踏み鳴らす音が、幾重にも反芻される。
砂塵を巻き上げ、件の現場へと急行する。
俺の乗る荷車も、ここに来るまでとは段違いの速度をもって動き出した。
俺の建てた楕円形の塹壕が遠ざかってゆく。
ついに臨戦する。
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