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第109話 「不穏な報告」


 しんと静まり返る、草原に通る一筋の塹壕線。

 誰もがそれを理解できなかったのか、衝撃で言葉が紡げなかったのか。

 雲行きが怪しくなってきた。


 それを伝令兵が言い終わり数秒ほど経つと、兵士たちが口々に動揺の声を上げる。

 最早まともな戦闘行動をするための部隊の掌握ができないほどの、恐慌状態かもしれない。

 数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の猛者だからか、隊列を乱すことは一切なかったが。




 しかしながら、ざわめく兵士たちを抑え込もうと騎士たちが声を上げるが、それは止まない。

それだけ武官長ダーヴィトが重傷であるという報告は、衝撃だったらしい。

 俺も今でも信じられない。

 誤報ではないのか?

 

 あの魔将トロルにすら追いすがり、途中まで互角の戦いを演じていた老練な武人がやられたなど。

 そんなことがありうるのか?ありうるなら相手は何者だ?




 それにヤンはどうしている?

 アルコル軍においてダントツで索敵能力が高い奴が居ながら、ここまで何の連絡もないことがおかしい。


 まさかヤンまでやられたのか?

 それとも情報伝達に差し障るほどの、不測の事態が起きたのか?

 疑問が尽きない。だからこそこのメッセンジャーの話を、いち早く聞くべきだ。






「ハァッ………ハァッ………」




 報告に来た騎士が夥しい汗を流しつつも、アルビレオ叔父上のもとへと息を切らしながら近づいてくる。

 叔父上は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬したが、すぐさまひっこめ鋭い目つきでそれを見据える。


 ここで彼自身まで取り乱したら、収拾がつかなくなるからだ。

 兵士たちに頼りにされている自覚がある俺も、何とか不安を押し込めようとする。

 兵たちに将のマイナス感情を伝搬させてはならない。

 先ほど父上から訓示を頂いたことだ。




 落ち着いてくると、これからどうするかについて考えが及んでいく。

 拙速に事を運ぶには、問題は重大に過ぎる。

 ここでダーヴィト達へと救援に向かうには、障害が多すぎるのだ。


 この部隊も、本来は防衛のためのものだ。

 もし救援にいくなら機動力の高い兵士を選抜して、部隊を分けないと間に合わないことになると俺でも理解できる。


 しかしそうなると叔父上のいない側の部隊で、誰が指揮を執るのかという問題となる。

 他にも問題は山積みだ。




 一刻一秒を争う火急の事態。

 ここでダーヴィトたちの無事の帰還を信じるのか、万全ではない情態で救援へと向かうのか。

 間近に迫る敵に、すぐさま対応策を執らねばならない。






「話を聞こう。何があった?」



「塹壕の周辺を探索している途中、私たちは異様な気配に気づきました。魔法で地上付近にいくつかの気配を索敵すると、それを確かめるべく慎重に接近しました」



「ふむ……それで?」



「その時です。その地点にたどり着きましたが、何もいませんでした。発見できるものがなかったのです。魔法では人間よりも確実に、大きな生命反応を示しているのにも関わらず……………我々は。魔法で当主様たちへと連絡するにも、退却するにも気づかれる危険性から、硬直状態となりました」


 矢継ぎ早にこの騎士は話す。必死の形相である。

 よほどに肝を冷やすものがあったのだろう。


 いるはずなのに見えない敵。

 どうすればいいのかわからない不安感。

 ヤンですら決めあぐねる気持ちが理解できる。

 そんなのに遭遇したところで、咄嗟の判断で最適解を判断することなど、どれほどできようか。




 亡霊。その言葉が脳裏に蘇る。

 瞬間、兵士たちがどよめく音が耳に入ってくる。

 彼らもそれを思い出したのだろう。






「そして恐れるべき事態が発生しました。その『ナニカ』はついに我らに気づいたのか、接近してきました。しかも周りからもどんどん増えていきました。その時点で、その数30はゆうに超えておりました」



「30……」



「我らは応戦しました。しかし相手はまるで見えません。探知魔法を用いながら、戦闘行為を行うなど無謀に過ぎます。次々と仲間たちは倒れ、戦況は劣勢へと陥りました。かろうじて武官長とヤンが数体ずつ倒しましたが、倒せたのかどうかさえ確実かどうか…….」



「……………」



「武官長が後退する士気を上げるべく、敵の内に突っ込んでいったその時です。脅威だと判断したのか『ナニカ』は武官長へと殺到しました。武官長もそれを次々に倒しましたが、多勢に無勢。我らもどう援護していいかわからず、武官長の周りを闇雲に攻撃するしかありませんでした。そうして次々と負傷を増やし、ついに膝をつくこととなってしまいました」



「大筋は把握できた。それより先は、すぐそこに迫る塹壕に向かいながら聞こう」



「ハッ!!!…………なんとかヤンが負傷した武官長を回収し、応急処置を施させました。そこより先の経緯はわかりません。その時点から我らを伝令として、アルビレオ様のもとへと遣わせたという次第です――――――――――」



 塹壕にたどり着き、部隊を配置しながら叔父上は報告の続きを聞く。

 有力騎士たちもそれに倣う。


 そしてある程度の報告をまとめると、ダーヴィトたちが現在いるであろう地点などが算出できた。

 しかしどうしたものか……と考えていると、先の伝令が強張った面持ちで、叔父上へとあることを願い出るために進み出てきた。






「伏してお願いいたしますっっっ!!!なにとぞ武官長たちを…………仲間たちをお助け願えませんでしょうか!?!?!?」




「…………………」




 最悪だ。

 未だパニックを脱せない伝令兵は、普段しないようなことを口走ってしまった。

 今も必死に戦っている仲間たちを想い、今するべきではない悪手ともいえることを進言してしまった。

 それは否定されれば、確実にこれを聞いている兵たちの反感を買ってしまうだろう。


 もしその『ナニカ』に襲われれば、自分たちも捨て駒にされるのでは?

 武官長ですら見捨てられたのだから、自分たちもそうされて当然なのでは?


 そんな邪推に侵食されていけば、混乱と同調圧力、怒りと恐怖から……

 俺は人の嫌な部分を、前世で死ぬほど見てきた。

 そうなった後にどうなるかなど、火を見るより明らかだ。




 叔父上は沈黙する。

 一歩間違えれば、自らの選択で多くが死ぬ。

 これが将の責務。


 今もどこかでアルコル家の兵士たちは戦い、その命を散らしているのかもしれない。

 それを飲み込んで、どうすれば最大多数の命を救えるか。

 冷徹な数の論理で、裁定を下すこと。

 それが求められるがゆえに、平民の上に貴族は立つ。






「兄上たちに通信する。準備してくれ」




「「「「「ハッ!!!!!」」」」」




 沈黙を破ると、叔父上はアルコル侯爵家当主へと通信することを命じた。

 伝令の話を手を挙げて制し、検討するという意を無言で伝えた。


 歯に衣を着せずに言えば、問題の先送りである。

 だがそれが最適解だろう。

 ここで無理押ししても、ダーヴィトたちの二の舞になりうる。

 王国最高の将との誉れ高い父上の判断を聞けば、兵士たちも納得してくれるかもしれない。


 しかしそれはアルビレオ叔父上には、ここまでの混乱を統制できないという事の裏返しでもある。

 叔父上はそれを飲み込んで、このような決断を下したのだ。

 そうしても力及ばない、彼の気持ちを察するに余りある。




 叔父上の言葉で用意させたのは、単純に声を遠方へと伝達する魔法。

 空気の振動を、風に乗せて届ける風の魔法だ。

 それは使える人数が多く、かつ同調できればより長大な範囲へと音を聞こえさせることができる。


 むろん、現実的にそこまでの練度をもった魔法使いなど限られるが。

 それでもこの部下たちならば、町と町の間を一瞬で繋げるぐらいならできる。

 今はそれで十分だ。






「「「「「『『『『『sonus』』』』』!!!!!」」」」」




 魔法陣が重なり、穏やかな風が一定速度で流れる。

 その前に叔父上は立つと、空に向かってはっきりとした声を発した。


 俺では何もできることがない。

 俺の能力では、的確な判断に寄与することなど叶わない。

 ここで仲間たちの助けになれないことが、どうしようもなくもどかしい。




 ふと隣を見ると、チューベローズが俺を横目で見ていた。

 それに気づいて目を合わせようとすると、目を逸らされる。

 こいつに期待できることはないようだ。


 ルッコラも無言を貫き、話しかけることすら許さないような緊張が垣間見える。

 今は大事な場面であるし、下手なことをしないでおこう。






 そうしている間に、聞こえてくる父上の声。

 叔父上の言葉が届き、連絡が帰ってきたようだ。


 その言葉は衝撃をもたらした。

 平淡に放たれた一言は、その場すべてのものを呆気にとらせた。






『――――――――――兄上。こちらアルビレオ。火急の用件にて通信しました。報告を行ってもよろしいでしょうか?』




『ああ。聞こえている。単刀直入に言う。敵は透明だ』










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[良い点] ヤンさーん(´;Д;`) ダーヴィトォー(´;Д;`) 二人とも無事でしょうか(T-T) 見えない敵は本当に透明だったんですね。 そんなのとたたかって何匹かでも倒したのはすごいです。 …
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