第105話 「異様な敵地」
行軍を続けて数刻ほど。
塹壕線も当初の数倍ほどに膨れ上がり、堅固な陣地が出来上がった。
そんな折、ある変化が訪れた。
ヤンたちが戻ってきた。
こいつはアルコル家の間諜。よって件の騎士の殺害者の捜索に助力させていた。
しかし、その表情は――――――――――
「――――――――――だめだ。成果なしだ」
「……………そうか」
「この辺には居ないのかもしれねぇ。確証もないが……」
ヤンは淡々と報告をする。
父上は表情を取り繕っているが、浮かない雰囲気だ。
もちろん、期待を外されたからだ。
ヤンですら敵影を確認できないとなると、どうやって敵を捕捉すればいいのか。
有効手段を模索するにも、情報がなければ始まらない。
正体不明の敵へのストレスが、じりじりと俺たちの精神を削っていく。
敵を倒すそれ以前に、目標がどこにあるのかを把握しないことには始まらないし、間諜なしでは何も成しえない。
軍事行動とは敵の捕捉を、第一に行わなければならない。
だからこそ敵に発見されずに偵察任務を達成可能なヤンたちを、捜索の第一陣として送り込んだのだ。
しかし彼ら偵察歩兵部隊は隠密性に優れるが、機動性に劣るため行動範囲に制限がある。
定点に置いて監視または報告させることには適しているので、そのように今回は中心的に運用させるようだが。
「魔法騎兵に偵察にいかせるか……すでに塹壕線は複数完成している。このタイミングで釣り上げてもいい」
父上は迅速に敵を確認しないとまずいと感じたのか、大胆な方策でを実行するか迷っている。
機動性に優れる騎兵での作的行動は、情報が不足し早急な対応を要する場合に有用だ。
目立つその行動から敵に発見される危険性があるが、防御陣地を成立させた今、そうしようということだ。
だがそれは観測可能である際の話。
敵はこれだけ探しても、手がかりすらつかめていない。
敵に俺たちの偵察行動を察知されてしまうことになりかねない点は、軽視できない要素だ。
それが父上を躊躇わせている。
「ここまで来るときもそうだったが、妙に魔物が少ない」
「これだけの軍勢に恐れをなしているのでは?」
「それにしたって魔物たちの痕跡が見当たらない。魔物たちも生きている以上、それらの生命活動の証拠は残すものだが……ここしばらくは何らかの要因によって、居ないのかもな」
そこにヤンが気になる情報を提供した。
アルビレオ叔父上の言う通り、魔物も知能は低いが生物だ。
危険を予知すれば、身を潜めることが普通であるだろう。
それが迷いどころとなる。
なぜこのようなことと、なっているのだろうか?
本能的に直感が鋭い魔物とここまで会敵しないことが、果たして無視できる要素なのだろうか?
数々の戦場を潜り抜けてきた俺の父上。
軍事的天才アルコル家当主アルフェッカをして、決めあぐねる事態であった。
ここまで敵が姿を見せないという事は、まるで想定外だったようだ。
「野営してでも調査するべきか……?しかし夜間に襲撃されることは避けたい。一旦戻るのは悪手だ。この陣地を相手に利用されることは、何としてでも避けたい……」
「陣地をさらに強固にするか……それとも一旦ある程度崩して退却するかですか……」
叔父上と一緒になって考え込む父上。
性格は違うが、こうしてみると実に似ている兄弟だ。
そんな彼らはしばらく言葉を交わすと、少しの間をもって討論を終わらせ方針を定めた。
その意向を兵士たちへと告げる。
彼の答えは不気味に纏いつく邪念を振り払うためのものか、それとも何か腹案あっての事か。
「魔法騎兵により、周辺探索を行わせる。本日より、この野戦陣地において篭城する。総員各位、全力をもって任務に努めよ」
「「「「「「「「「「……………!!!!!!」」」」」」」」」」
兵士たちは無言で敬礼する。
そしてダーヴィトを中心とした部隊が馬を従わせ、出発していった。
ヤンもそれへ追随していく。
魔法騎兵。一般的に想定されるのは弓騎兵、あるいは騎馬砲兵のような運用だろう。
馬上の魔法使いが行う、魔法を用いての機動砲撃。
それは瞬間的に激烈な突破力を持つ。
簡素な防御魔法などものともせず、馬防柵や土嚢などの壁を吹き飛ばして敵を蹂躙する戦場の花形だ。
しかしその真骨頂とは、多種多様な魔法をもって様々な状況に迅速に対応できる万能性にある。
魔法騎兵も偵察に使える魔法を持っていれば、あるいは使い魔を持っていれば。
それだけの想定でも、強力な兵科であることがすぐにわかる。
馬が疲弊しても回復魔法で回復させ、水などがなくとも自前の魔法で補給できる。
馬上の騎士は行軍による疲労に煩わされない。
これだけ言えば、その威力も知れるというもの。
「ここで一旦休憩とする。アルタイル。水と回復薬を頼む」
「はい。父上『aqua』『Magia instrumentum』」
俺は魔道具作成スキルで出した水を、回復薬へと変更した。
魔道具作成スキル。
それは作成者の魔力の性質を、物質に付加する魔法。
溶媒によっても、その性質は変わるらしいが。
俺の場合は回復魔法の傾向が強いようで、回復薬となった。
人によっては物を空に浮かべ続けたり、特殊な効果を付加できたりするらしい。
使用する人間により、多種多様な効果に変化する摩訶不思議な技術だ。
熟練者は意のままに性質を操り、多様な魔道具を作成できるとか。
なかなか面白い魔法だ。研究の余地がある。
そしてこれは金策にも使える。
理論上、魔力無限チートから無限に作れる俺の回復薬。
これは英雄印の回復薬と、世界中で飛ぶように売れているとのことだ。
効果なんて大したことねぇぞ……?
魔力が霧散すれば効果がなくなるものだし、未だスキルレベルも低いがためだ。
こんなんその辺の薬師が魔法薬煎じた方が、マシまである。
それでも迷信深い奴らがごまんといる世の中。
飛ぶように売れているらしい。
馬車で山のように金貨が積まれて何十何百台とアルコル領に帰ってきたときは、父上も盛大に頬が引きつっていた。
もうね。ドン引きですわ。
「ありがとう。お前にはいつも助けられているよ」
「いえ。アルコル家嫡男として当然のことです。言いっこなしですって」
「……成長したものだ。疲れていないなら、少し歩こう。兵士たちに物資を配給したい」
「承知いたしました。お供いたします」
父上たちは俺が出した水で一息つくと、俺へと口々に礼を告げる。
人心地ついた兵士たちは、ある程度疲れも緩まったようだ。
水などの配給のために、あるいは態勢を整えるために俺たちは共に歩を進める。
アルコル邸の外を、父上とこうして散歩するなんていつぶりだろうか。
俺が水を回復薬に変化させるところを、しげしげと眺めながら無言で父上は考えをまとめているようだ。
「さて……そろそろ部隊を配置に着ける。とその前に少し教えたいことがある……」
父上は軍の様子を俺と見回りながら、一言そう告げた。
俺は怪訝に彼を見上げる。
考え込むときに顎をさするいつもの癖をしながら、俺の父は何かを思いついたようだ。
何を言うかと思えば、それは青天の霹靂。
今このタイミングで聞くには、突拍子もないことだった。
「アルタイル。前に教えてあげた、あの魔法は覚えているかい?」
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