第104話 「アルコル家現当主の作戦」
「そんなこと言われても……不安でしょうがないですよ」
悠然と構えた父上は、自信の透けて見える確固たる口調で断じた。
皆の沈黙を代弁して、俺が父上に問いかける。
どれだけ思案しても、彼の心づもりは図りかねた。
そこに父上は、お気楽そうに意味ありげに語り始めた。
「説明する前にまず、今から言うことをよく覚えておきなさい。たとえ犠牲が出たとしても『ちょっとピーンチ!イェーイ!!!』って言えないとだめなのさ。動揺する指揮官の命令になんて、とても従えないのが人情だってわかるだろ?」
「まぁそうですけど……」
「もう少し言い繕ってくださいよ兄上……」
頓狂な冗句に、兵士たちが下品にゲラゲラ笑っている。
それを諫めるべき騎士たちも、笑いをこらえているのか身を苦しげに捩じらせている。
こうしていられるのも、父上が卓越した指揮官であるからなのだろう。
なんだか緊張がほぐれ、肩の荷が下りたような気がした。
思わず顔が綻ぶ。
凡百の将ならこうはいかない。白けるか、不安がられるのがオチだろう。
兵士たちの緊張を抜いたこの男は、本当に凄まじき戦上手なのだ。
頼りがいがある歴戦の風格を見せた父上に、俺も不安を払拭できた。
こうして安堵していられるのは、この天才的な軍略家のおかげだ。
あわやの場合でも、状況を打開できる作戦案はあるのだ。
アルビレオ叔父上はげんなりと脱力していたが、気を取り直して眼鏡を押し上げた。
そしてぼやくように、傍らの父上へと問う。
「それはともかく敵はどんなものを想定しているので?既に目星は付けているのでしょう」
「いくつか候補はある。しかしどれも突拍子もないものだ。あまり先入観を与えたくない。何かあった時のために、資料をまとめておいた。有事の際はそれに目を通してくれ」
「わかりました」
物騒な想定にも、叔父上は何気なく承諾した。
俺は自分の命すら計算に入れる父上に、恐れとともに感心する。
アルコル軍も一切動じていないようだ。
誰かが犠牲になることなど、日常茶飯事。
それは上に立つ者にも適用される。
トロル戦の時に、将来を嘱望されていたリヒターが死んだときも、そうだったことが追想される。
「先ほども話したが防御力、そして機動力の高い兵科を中心に編成している。歩兵はすべて盾持ちに装備変更させた。魔法兵も重装備部隊に守らせている。前哨は最精鋭部隊である魔法騎兵部隊を置く。これには陽動も兼ねる意図もある。だが、まずは敵の情報収集といこう。すでにヤンたちに斥候として、周囲を偵察させてあるからその連絡を待つ」
敵数不明、または多数の場合、盾は戦術的に有効手段となる。
複数方向から、あるいは面攻撃や意表を突かれたところより迫る攻撃を捌くには、剣一本では物足りない。
もちろんそれだけでは足りないから、ヤンたち密偵を運用して調査活動に努めている。
話を聞きながら俺がやっている、魔法の数々もその一環だ。
多くの手段をもってしてでも、万全とはいかない。
それでも人の生き死にが懸かっている以上、最善を尽くさねばならない。
「現在の警戒態勢を基に、会敵時に守備態勢に。そして救助態勢、迎撃態勢、退却態勢への移行を部隊長、以下の指揮官の状況判断による指示と共に行うこととする。後詰めは随時援護できるように備え、各指揮官の命と共に即応する。現場において作成した陣地によって、確実に地形の優位性を確保しつつ、交戦時の損害を抑制できる。これが基本要旨だ」
「「「「「………………」」」」」
朗々たる声でこの大軍の責任者は、会敵時の説明を行う。
妥当なところだ。
指摘する箇所は、俺からは見当たらないな。
「アルタイルの部隊は、医療部隊も兼ねる。変事があれば、すぐに駆け付けられるように配置しておいた。返事はしなくていい。みな、確実に守っていてくれ」
「「「「「………………」」」」」
作戦方針を聞くと兵士たちは思い思いのタイミングで、こくりと首を縦に振る。
覚悟が決まっているように見えた。
必然、迅速に即応できるように俺も腹をくくる。
それにしても……はえ~~~これ映画見たい。
軍靴の響きが聞こえる。
荷台から見渡すと普段なら物騒がしい兵士たちも、神妙に聞いている。
さっきの陰気な空気も嫌いだけど、こういう真面目な空気苦手。
「陣地作成が終わり次第、各配置において索敵を行う。風魔法で空中の音を中心に集めろ。土魔法で地中の音を中心に探索。火魔法で地表付近の温度感知をせよ」
叔父上に視線を遣やると、無言で首肯していた。
こんなの情報量が多すぎて覚えきれないよ~~~!
とりあえず父上が言ったことを、必死に頭の中に何とか詰め込む。
その意図はあとで考えるか聞けばいい。
「異常を観測次第、敵に悟られないように待機し、他部隊へと連絡。敵が襲い掛かってきた時点までに、集結させた戦力にて迎撃。敵が釣られない場合は土魔法使いが形成した地形に、魔法騎兵を中心に追い込みをかけさせ、半包囲する。想定外のことがあれば、我々指揮官が判断を行う」
このうねうねと曲がりくねった塹壕の、凹凸になっている部分へ敵を誘い込むという事か?
そんで塹壕の中から、挟み撃ちできるわけか。
理論は……わかった…………?
「私の予想なら、これである程度は対処できるだろう。これでだめならすぐ退却できるようにする。魔法使いは必ず守れ。彼らの集中力を崩さないように、総員堅守せよ」
何がしかの一計を案じているようだ。
これまでに費やした布石を回収するための、算段を付けているのかもしれない。
だんだんと木陰もまばらとなってきた。
視界もそれなりに開けてきたな。
目標地点まで近くなってきたという事だ。
「さて、どんなギミックで敵は襲撃してくるのやら。何らかの手段を持って、攻撃そのものを偽装。あるいは掩蔽しているはず」
鮮やかな戦術理論をまとめた父上は、懐から水筒を取り出して喉を潤す。
気の抜けた暢気な声へと戻るが、周囲はその雰囲気に全く乗じない。
まだ父上の話は終わっていないという事だ。
「殺された騎士が攻撃を受けた後、剣を抜いてから余り移動していないことから、遠距離攻撃ではないだろう。調査の結果、一人だけ反撃に成功した形跡があった。明らかに近くに何者かがいた証拠だ。壊滅した部隊も混乱が見えたが、遺体の状態から見て最初に攻撃を受けた騎士へと集結していた。不可避の一撃であったとしても、敵への対処は可能とみていい」
「…………」
皆、黙って父上の冴えわたる弁舌に聞き入っている。
至極、理に適っているからだろう。
誰もが父上の前に出る幕はない
口をはさむ余地もないからだ。
父上は考えをまとめるためか、周りの視線にも気が付かないくらい思考に没頭している。
少しの間をおいて、その口を開いた。
「――――――――――そしてその意図も不明だが、あまりにも杜撰な行動だ。おそらく知能は低いとみていい」
「確かに……」
早口で独り言ちる父上の言葉に、ゆっくり頷きながら馬を進める叔父上。
頭の切れる彼でも、父上の推測に感嘆しているようだ。
騎士たちもしきりに同調し、戦意を取り戻しつつある。
しかし彼らの頭の回転が速すぎて、俺では理解が追い付かない。
みんなこの話わかったの?
なんとなくの理解だが……相手は近くにいて、避けるのが難しい攻撃をするってことか?
ちょっと後で誰かに聞いてみよう。俺の驚異的頭脳をひねりにひねっても、よくわかんなかった。
でも父上はここまで分析していたから、みんなはナーバスな振る舞いになっていないのだろう。
信頼に値する推測であったためか、ピリピリしていたムードが穏やかになってきた。
やっぱり凄いな。父上は。
「万が一、敵戦力が我らより優勢だった場合。現在アルタイルが建設している野戦築城を囮に、段階的撤退を図る。幸いなことにアルタイルのおかげにより圧倒的速さで、塹壕線を敷くことができた。仮にすでに敵に悟られていたとしても、これを突破することは困難であると予測できる。そしてこの簡易陣地の意義はもう一つある。塹壕で防御をしつつ、敵を誘引かつ撃滅することである」
父上の言葉で、隣にいる俺へと尊敬の目線が集められる。
フッヒョッヒョー―――――!!!!!
称えよこの歴史的大天才をー――――!!!!!
「塹壕の外から中に入るには難しいが、中から外に出ることは容易い。内壁を崩して、穴を埋めればいいのだから。回り込もうにも、長大かつ複雑な形状の塹壕線を突破する前に、魔法兵に撃ち落としてもらえる。そんなところか…………とりあえずは塹壕を引き延ばしながら部隊と軍事物資を配置して、未だ見えざる敵の捕捉と参ろうか。以上の作戦について何か改善案や、対案があるものは忌憚なく申し出てほしい」
誰も声を上げない。
ふわ~すっごい。何言ってるかさっぱりわからんかった。
でもみんな頷いているから、すごいんだろうな。
ルッコラたんも目を見開いている。少し俯くと考え込み始めた。
今のうちに、ルッコラたんの可愛いネコミミを堪能しておこう。
いつもガン見していると、逃げられちゃうもん。
ん~~~キャワイイ♡
そうしているとチューベローズが本から視線を移し、父上に向けているのが見えた。
こいつが有意な反応を示したのは、ここに来て初めてだ。
しばらく父上の言葉を聞いていたが、父上の演説が終わるや否や、また本へと目を伏せた。
なんだこの意味深なリアクションは?
こいつの行動いちいち恐ろしいんだよ。
文句あるなら、さっさと言えや。
でも賢い俺は何も言わない。
要らないとばっちりを、戦場でアルコル軍にまき散らされるのが恐ろしいからな。
そんなアルコル家現当主は、ある懸念を呈した。
小さすぎる声は誰にも聞こえていない。
普段通りの表情からは、その胸中に潜む考えは誰にも伺い知れない。
「――――――――――私の予想が当たっていないことを願うばかりだ」
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