第101話 「姿の見えない殺人鬼」
その部屋はこの日、普段ならありえないほどに足を踏み入れるものが多かった。
死をも恐れぬ精強なアルコル家の騎士たちが、張り詰めた面持ちで身を引き締め厳かに侍る。
その者たちの上申を、白髪を後頭部へ撫でつけた筋骨逞しい老人。
アルコル家前当主アルファルドは、強烈な眼光で突き刺す。
その後ろよりアルコル家の家宰であるザームエルが、死人のような陰々たる顔つきで見据える。
あまりの重圧に彼らの舌は思うように回らず、尻すぼみな口調となる。
それもそのはず。彼らはこの恐ろしい男に、極めて言いづらい報告をしていたのだから。
「――――――――――この有様はなんだ?」
「すべて、私の不徳の致すところでございます……」
唸るように出たアルファルドの低音に、受け答えた壮年の騎士は謝罪を口にする。
それと時を同じくして郎党たちは、一斉に恭しく頭を垂れる。
この厳格な老人は心肝を寒からしむる圧迫感を放ち、平坦だが激しい責め言葉を発する。
決して声を荒げてはいない。しかしその存在感は無視することはできない。
「下らぬ御託は要らん。騎士10余名が哨戒中に消息不明となり、捜索の上で発見時において原因不明のまま殺害されていた。それが今、判明している事実のすべてだと?」
「はっ!偽りなく」
如才なく報告を完了させた騎士は謹厳実直に、だが気後れしたように上ずった声で言葉を返す。
しかしこの部屋の支配者にとっては不服であったようだ。
「――――――――――なんだ?この体たらくは?」
「もっ……………申し訳ございません………!」
先代当主は座っているにもかかわらず、騎士たちよりも大きなその隆々とした体格が伺える。
それと彼の持つ威厳が組み合わさり、死線をいくつも潜り抜けた武者達すら圧倒する印象を残す。
代表である騎士は再び深く頭を下げ、ほかの騎士たちもそれに倣う。
向かい合う老人は、往時の恐怖の象徴。
現当主アルフェッカの前時代の惨禍を忘れることのない者たちは、絶対の服従を心に刻んでいる。
「今まで何をしていた?貴様、死因すら定かでないとは、どのような調査を行っていた。ならば何ができるのだ?申せ」
「それは……ただいま調査中でありまして……」
静寂を嫌ったが故の、中身の伴わない小さな呟きが部屋に反響する。
とてもこの老人に目を合わせることができない様子で、この男盛りの騎士は視線を彷徨わせ狼狽える。
しどろもどろになっているこの哀れな男を、アルファルドはさらに追い詰めるように言い捨てる。
机の上で握る巨大な両の拳が物々しい佇まいであり、眼前の者たちへと多大なストレスをもたらす。
「下手人どころか、手がかり一つ掴めていないとは。軍の質も落ちたものだ。無論、この失態は返上できるのだろうな?」
「はっ!!!身命を賭して!」
騎士はアルコル家に殉じることを誓い、よどみなく答えた。
誠の忠義をささげていることが、その姿勢から確信できる。
だがアルファルドは分かりきったことだとばかりに、強圧的にはねつけた。
怒鳴りつけることはないが、有無を言わせない叱咤である。
騎士は反論の余地もなく、たちまち絶望の表情へと戻る。
「当然だ。儂が言っているのは、どのように、いつまでこの事態を解決できるのかということだ。まさか無策でここに、その報告をしに来たのではあるまいな?」
「そ……………それは…………」
非情にもアルファルドは命がけで事に当たると宣言した騎士へ、口撃の手を緩めず追い打ちをかけた。
事態の収拾を図るという困難を、どのような策をもって挑むのかという事についてを。
今にも消え入りそうな蚊の鳴くような声を出すが、貫禄がある年嵩の騎士ですら返答に窮し言葉を失う。
控えている屈強な騎士たちも目を伏せた険しい表情となり、焦燥を秘めた冷や汗を垂れ流している。
彼らはアルファルドの威圧的な視線を一人一人浴びると、呼吸が荒くなり目が充血し挙動不審になる。
不穏な空気がこの薄暗い部屋を満たす。
齢を経て尚、鋭い知性を帯びたこの前代の家長。
つまらないものを見るかのように一瞥をくれてやると、長い沈黙を破った。
「以後の犠牲を最低限に抑えるべく、直ちに策を講じよ。貴様らがこうして焦るだけで済んでいられるのも、現実がそれを許す限りだと心せよ」
「はっ!!!言うまでもなく、最善を尽くす所存であります!!!」
彼の老貴族は、高圧的に見下すような催促をする。
この場での絶対者はそれでも、微塵も強硬姿勢を崩さない。
「結果を出せ」
「必ずや!!!」
反発を許さないといった風に、最後に脅迫的な命を下した。
突きあげを食らった騎士は直ちに力強く返答し、絶対の達成を約束した。
封建社会では上位者の命令は絶対。
どんなに絞り上げられようと、侮辱を受けようと、死に瀕しようと、主に従わなければならない。
従わねば領地は召し上げられ、一族郎党共々が路頭に迷うだけではなく、不忠の汚名を着せられその後の栄達も絶無となる。
無論、その前に首を刎ねられることもままあり、領地を追放された時に身ぐるみ剝がされることも少なくない。
それが身分秩序である。それが誰もに逃げることを許さない社会制度である。
「下がれ」
「はっ!失礼いたします!!!」
鎧を鳴らして続々と退出していく騎士たち。
その後ろ姿を睨むように見送りながら、無言で腕を組むアルファルド。
その背後から状況を無言で眺めていたザームエルに、意見を求める。
この家宰は如才なく、アルファルドの期待する言葉で返答した。
「可能性は何が一番高い?」
「アルコル領外からの刺客。特にエルフからの間者という線が濃厚かと。次点ですが、ほぼ同率で新種の魔物といったところですか。死体の状態からして、人間業とは思えません」
「…………」
「目撃例がないとなると、それに応じた能力を持っていると見ていいでしょう。10人以上もアルコルの騎士をその場で死傷させるなど、初見殺しの技を持っているとみるべきです。騎士連中はわかっていなかったようですが、どうにも交戦の形跡がない死体が割合多い模様。それも背傷だけではなく、正面からの攻撃によって。密偵の分析では、意識外からの一撃を受けて死んだとの公算が高いかと」
極めて機械的に告げると、この陰気な男は口を閉ざす。
その理知的な推測に異存がないのか、視線を扉に向けたまま黙考する
アルファルドの眉間の皴がさらに色濃くなる。
寒々とした空気が満ちるも、ザームエルは慣れたように動揺の一つも見せない。
そういった性分であるのかもしれないが、どちらにせよ大した胆力である。
「アルフェッカが戻るまで、現状維持に努めさせよ。ヤンを呼び戻す。奴をアルタイルとともに出陣させる。最悪の場合、貴様も出す」
「承知いたしました」
件の兇徒が何者であるのかはわからない。
しかし見つけないことには話にならないのだ。
アルコル家嫡男、魔将を倒した救国の英雄であるアルタイル。
彼が意図せずして連れてきたエルフ奴隷チューベローズ。
もしかすると彼女がいることを、同族意識の強いエルフたちが掴んで捜索しているのか。それとも何か別の理由でアルコル領に来たのか、まだそれらの可能性も定かではない。
しかし無視できないことだ。
エルフと外交問題になれば、アルコル家の安全保障も脅かされる。
そもそもチューベローズが奴隷になった時点で、カルトッフェルン王国全体の問題となっているのだ。
アルファルドはこれに何を思っているのかは、判然としない。
しかし数々の陰謀を弄してきた老獪なこの男が、ただ指をくわえているだけとは思えない。
何かしらの存念があるとみるべきだろう。
ザームエルへと命を下すと、再び執務に戻るアルファルド。
時刻を刻む時計の音と主に、ペンが書類を引っ搔く音が少しばかり。
年老いた家宰も、的確にその輔佐をする。
時が幾らか経った頃、突然鳴ったノックの音。
この部屋の主は、その太い喉から響く重低音で入室を許可する。
「入れ」
入室してきたのは金髪碧眼、酷薄な面貌の美丈夫。
アルファルドの息子、当代アルコル侯爵である。
知らせを受けて、急遽帰投した王国きっての戦上手アルフェッカ。
顔色一つ変えず、両者は見つめあう。
「――――――――――失礼いたします。ただいま戻りました、父上」
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