第100話 「テフヌトちゃんとのたのしいおはなし」
アルコル家の書庫。
膨大な資料が眠る、王国屈指の知識の集積場だ。
ここには数百年に渡り、様々なジャンルの本が収集されてきた。
これだけの蔵書ならば、雑に売っても一財産築けるだろう。
目録だけで一部屋埋まるほどだ。
ここで今、何をしているかというと、俺に取り憑いたテフヌトの命令で歴史書を読み漁っている。
王都から帰ってきた後。少し前の話だが、時間と空間の神テフヌトが俺にいきなり話しかけてきて、盛大に椅子から滑り落ちたのは思い出したくない過去だ。
彼女は羽虫でも見るかのような目つきで俺を見据え、淡々と命を下した。
自分に協力しろということだ。
そうして古文書などをひっくり返して、多岐にわたる情報を調査している。
おかげさまで歴史や神話などにも詳しくなれた。
嬉しすぎて涙が出るね。
またページを一枚めくる。
家族にはオーフェルヴェーク侯爵との戦いから、心を入れ替えて勉学に励んでいると伝えている。
みんな俺の成長に感激しているようで、なんだか心が痛い。
何故か滅茶苦茶応援してくれる。
都合がいいが、釈然としない。
今も勉学へ集中しているという名目で、父上たちの出迎えを断っている。
お爺様は出迎えなど無意味だとばかりに無干渉だし、お婆様は滅茶苦茶意外にも積極的に俺の勉学を応援している。
今まで俺のやることに、一つも口出しなんかしなかったのに……
父上は俺が頑張ることに全肯定だし、それに続いてギーゼラお母上も俺の意見に乗っかる。
彼女は俺の都合のいいように動いている節がある。
ありがたいことであるが、何か思惑があるのではないかと勘繰ってしまう。
アルビレオ叔父上は唯一といっていいほどに少しばかり苦言を呈したが、父上の喜びようにすぐにかき消された。
珍しい俺の勉強意欲を削ぐことはやめてくれと言われたら、すぐに押し黙ったしな。
本当は文字を読むのなんて糞めんどくさすぎて、止めてほしかった。
それならテフヌト様への言い訳もたった。
父上に久しぶりに会いたかったし。
その思いとは裏腹に、全方位からの応援だ。
どうして世界は俺ばかりを追いつめる?
そんなわけで命には代えられず、こうしてテフヌト様に媚び諂っているという事の顛末である。
「あのぉ~~~今日はいったい何をすればいいんで?」
『わたしの言うとおりに黙って手を動かしなさい。おまえのような馬鹿に情報を与えたら、あのカスに気取られるでしょう?』
見慣れた風景の中にどこかから舞い降りてきた、半透明の絶世の美少女。
元10大神であるテフヌトは冷淡にそう告げる。
ひどすぎる……そういった性癖の方ならご褒美だろうが、俺にはそんな趣味はないよ……
リスクは最小限にしたいってのは、わかるけどさぁ……
何のためにやってるのかわからないことって、モチベにならないじゃんか。
傍目からは白昼堂々独り言を言っている、かわいそうな子に見えるのではと普通は懸念するだろう。
しかし彼女は時間と空間の神。
この程度の現実干渉など、何ということはないのだろう。
誰もが俺が黙々と学び続けているように見えるようだ。
気を使ってか、この部屋に入室することも最小限だし、誰も話しかけてこない。
最近は俺も緊急事態だと。戦いに駆り出されることもなくなってきたし。
幸運なことだ。俺以外はな。
「ひぃぃ……」
『何?不満なの?ぶつくさ言ってないで、手を動かしなさい。』
「いえいえそんな滅相もありませんです……はいぃ……」
『既にお前には力を与えてあげた。そのうえで情け深くも少しくらいなら、アドバイスをしてあげてもいいわ。お前の魔法の事とかね』
「魔法……?本当ですか?テフヌト様が教えてくださるので?」
ぼやけた姿だが確かにそこに存在する彼女は、事も無げにそう言ってのけた。
助言をするということは、その分野に精通していなければできないことだ。
この神の権能は、魔術的なジャンルとは縁がないように思えるのだが…….
俄かには信じられず、再度聞き返す。
この少女の形をした神は、率直に歴史上で語れなかった衝撃の事実を宣する。
『舐めるな。このわたしが人間たちに魔法を与えてあげたのよ。その程度、造作もない』
彼女は少しばかり誇らしげに、冷笑する。
どこか楽し気な声色だ。
魔法を与えた……?
思いがけない言葉に、非常に当惑する俺。
真実だとするなら、この女神の力は想像を絶するものだろう。
そういえばこの少女のおかげで、魔道具作成スキルを手に入れてたな。
すなわちトート神様の権能に干渉したということだ。
もはやその能力は、全能といっても過言ではないのではないだろうか?
学会が悲鳴を上げそうなことを、ポロっとこぼしたこの女神。
偽りでなければ、あらゆる学者が仰天にひっくり返るだろう。
閑話休題、俺にとっては都合がいい。
力はあればあるだけいい。
今後何があるのか何も予想がつかない。
己の利益になるものは、何でも貪欲に搾り取るべきだろう。
「マジですか!!!感謝感激雨あられですよ!!!!!へへへ!!!足でもお舐めしましょうか!?!?!?!?!?」
『いらない。気色の悪い。おまえに死なれてはわたしも都合が悪い。勘違いしないことね』
彼女はふわふわと靡いているスケスケのエチエチ薄々服で、嬋媛と足を組む。
まだ青い年の頃の外見には似合わない仕草だがあまりにも様になっており、そのアンバランスさがひどく倒錯的だ。
目に毒だ。人間ごときがしてはいけない勘違いしそう。
自然と目が向きそうになるが、殺されたくないので彷徨う視線を鋼の精神力で自制する。
全然集中できない。文字が頭に入らない。
でも気になっちゃう。人間は手の届かぬものさえ、その手を伸ばせば届くと過信してしまうのだ。
そう。イカロスのように。
「左様でございますかフヒヒ!それで、いつ教えていただけるので?」
『わたしが現在の世界を理解することが優先よ。それに今後どう情勢が転ぶかわからなないのだし、具体的なことは言えないわ』
「そうなんですか?時空の神様なんですよね?未来予知とかできないんですか?」
そういった瞬間、テフヌト様はぴたりと体が止まる。
やべ……藪蛇踏んだ?
そう思った瞬間、時すでに遅し。
とてつもないプレッシャーが俺を支配し、心臓が止まる。
怒れる神の重圧が、俺の存在を根底から揺るがす。
息を呑む程の美しくも怒りの形相で、俺を脅し付けてくる。
『――――――――――おまえ、もしかしてこのわたしを試しているのかしら?不遜もここまで来ると笑えるわ』
「め……滅相もない……!お気に障ったのならこの通り、謝罪申し上げます!!!大変申し訳ございませんでした!!!!!」
その鮮烈な美貌で俺に凄む。
美しい面貌は、平然を装いきれず屈辱感に染まっていた。
完璧な造形の歯が軋み、端正な形の唇が大きく歪に変わる。
恐ろしいほどの美人は、怒ると恐ろしいほどに恐い。
震える声でよどみなく否定する俺。
そのまま床へと飛び込み、頭を地面に擦りつけた。
『私は力を制限されている。本体を復活させない限り、全盛期の力を取り戻すことはできない。二度は言わないわ』
「なるほど。それで本体を探せばいいので?」
『おまえのような阿呆に教えるわけないでしょう。何度も言わせるな。何かあれば都度、指示をする』
意図が読めない素っ気ない語調で、すげなくはねつけるテフヌト。
俺の出る幕はないと邪険に突き放され、焦りと悲観が募る。
心得たということを示すために、ブンブン頭を縦に振る。
それを確かめると彼女は悠久不変の美貌を不機嫌に染め、冷ややかに残酷な宣言をする。
『わたしの命令を失敗する程度のグズなら、殺す。まだ理解していないようだから、慈悲深くも教えてあげる。役立たずはね、いらないのよ――――――――――』
一瞥をくれてやると容赦がない一言を残し、背を向けた。
無情に突き放す言葉に、総毛だつ。
確信した。彼女は俺を何とも思っていない。
あの目だ。あの今まで前世を含めた人生で何度も見た、冷淡な目。
俺を道具か、おもちゃにしか見ていない瞳。
他人の苦しみに無頓着で、無味乾燥に利用しようとしか考えていない人格。
腹の底にえげつない企みを秘めた、その本質を俺は見抜いた。
時間と空間の女神テフヌトは夢現であったかのように、朧に霞む姿を消す。
俺はその影をしばらく見送っていたのだった。
一体彼女は何をしむけるつもりなのか。
その結果が何をもたらすかはわからない。
神の計らいに翻弄されるか弱き人間は、彼らの示す進むべき道しるべを歩んでいくしかないのだ。
忸怩たる思いを抱え、席を立ち部屋を後にする。
彼女が消えた書庫はどこかうらさびしい。
扉を閉めると、寒々とした隙間風が吹き抜けた。
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