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君の隣に  作者: 素元 珪
9/30

留学生の二日目・初めての体育(お着替え付き)

 翌朝、彰はまたもや彼女を起こすことになった。

 心配はしたものの部屋を開けた時には彼女は昨日貰った制服をすっかり身につけていた。昨夜の約束は覚えていてくれたようだ。ボタンがずれていたり、タイの結び方が変だったりはしたが、それはすぐに瑞樹に頼んで直して貰った。

 そうやってきっちりと制服を身につけた彼女の姿は、群を抜いた美少女だった。桜ヶ丘第二の野暮ったいジャンパースカートも、彼女が着るとやたら上品でスマートなものに見えた。それは何も彰一人の感想ではなく、彼女にあまり好印象を持っていないと思われる母も目を丸くして『まあ、素敵ね』と思わず口にしたし、兄の智もしばらく呆然と見とれていたようだ。もっとも彼女自身はそんな周囲の様子には気がついていなかったようだ。それより足にまとわりつくスカートの襞が気になるようで、つまみ上げてはしげしげと眺めていた。

 登校の車の中では、彼女はやはり窓に張り付いていた。

 その日の一限目は体育だった。

 体育の授業は二クラス合同で行う。着替えは二クラスの教室に男女が分かれる。彰達の一年C組は当然ながらD組と一緒で、着替えはC教室で男、Dで女ということになっていたのだが、これが変更になった。もちろんクラスの組み合わせはそのままだが、着替えの部屋が変わり、Cで女子、Dで男子となったのだ。

 理由はわかる。C組はマトアカルの警護のために位置を変えたのだから、そこで着替えて貰うのが一番いい。もちろん着替え中を異性が覗くようなことはないと、これは盛岡先生が断言してくれた。

 その結果として男子は三部屋向こうのクラスまで着替えに行かなければならないこととなった。もちろんさほどの距離ではないから大きな問題ではない。

 ところが教室を出ようとする彰にマトアカルが着いていこうとしたのだ。

「マトアカル、女子はこっちだから!」

 榊原の鋭い声に彼女は足を止め、彰はその声に振り向いて彼女がいるのに気がついた。

「駄目だよ。着替えは男女別だから」

「それは何を意味する……」

 マトアカルはそもそも何が始まるかを理解していないようだった。そこへ唯花が追いかけてきた。

「マトアカル、こっちだから、早く行こ?」

 そう言って腕にしがみつくようにして引っ張ろうとする。それでも振り向いて彰の方を見る彼女に彰は言いやった。

「唯花の言うとおりにして!」

 それでようやくその場は収まった。

 と思ったら彰がD組に入って着替えかけたときだった。ドアをがらっと開けてマトアカルが覗き込んだのだ。着替え中だった男子は奇妙な悲鳴を上げたり、慌てて身体を隠したり。そんな中にマトアカルの声が響いた。

「あきら、唯花が服を脱げと言います。あきらは裸を見せるなと言いました。どちらが正しいですか?」

 彰は頭を抱えた。確かにそう言った。それがここで問題になるとは。

「いいんだよ、体操服に着替えなければならないんだし、女子だけのところなら、裸を見せても大丈夫だから」

「そうなのですか?」

 その時、彼女の後ろから唯花の声が聞こえた。

「マトアカル、逃げないでよ、こっちだから」

「唯花の言うとおりにして、頼むから」

 それでようやく彼女は入り口からその顔を引っ込めた。扉の向こうで唯花と彼女のやりとりが聞こえ、それが次第に遠ざかる。

 彰がようやく肩の力を抜いて振り返ったとき、そこに男子生徒の列があり、全員がその視線を彰に集めていた。その真ん中にいたのは泰司だった。彼は半歩前に出ると、ひどく興味深そうに彰の顔を見つめた。それから普段より低めの声で言った。

「よう、マトアカルに人前で裸を見せないように言ったんだって?」

「え、ああ」

 すると、彼は声のトーンをさらに落とした。

「それを言わなければならなかったシチュエーションって、どんなものだったんだろうな?」

 それでようやく彰は気がついた。それを言わなければならないのは、彼女が裸を人前に見せたとき、つまり――

「いや、それはだな、その、別に」

「このうらやましい奴め!」「宇宙の色魔!」「むっつり好き者!」

 とりあえずな感じに袋だたきにされた。


 マトアカルは教室の隅で立ちつくしていた。目の前の光景に圧倒されていたのだ。

「聞いてはいたんですけど……これは、とても想像も出来なくて……」

 教室の中には二クラス分の女子がいて、それぞれに着替え中だ。制服を脱いで畳んで机の上に置き、ほとんど全員が下着姿だ。マトアカル自身も下着姿だが、そこでみんなの姿を見て、そのあまりの迫力に飲まれてしまったのだ。なにしろ目の前の全員、胸も腰も丸く張って、それぞれに若々しく、かつ性的な魅力をふんだんに誇示しているのだ。その上にそれを包む下着はそんな部分を隠すより、むしろ飾り立てているかのようだ。

 たとえば目の前にいるのはアキラの次に親しくしてくれて、何くれと世話を焼いてくれるユイカだが、彼女のそれはシンプルなデザインで、その代わりにピンクのチェック模様がかわいらしさを主張している。その向こうにいるのは必要なタイミングで正しい指示をくれるミスズ。彼女のそれは紫で細かな模様のレースの縁取りがあり、より大人っぽい魅力を強調しているようだ。それ以外の女子も、それぞれに異なったデザインのものを着用しており、一人として同じものがない。

 それだけではない。部屋に籠もる匂いも強烈だ。普段の教室では両性が入り交じっていたのでさほど感じなかったが、こうして女性だけを集めると、むせかえるような独特の匂いに目が回りそうになる。そもそもこの星の人たちは、顔かたちも背丈もひどく多様なのだ。それが衣服を脱ぐとより明確で、胸やお尻の大きさも本当に様々だ。

 もちろんそれらとこの身体と比べるものではない。その中で一番胸の小さいものでも、自分のそれよりは何倍も大きい。いや、そんなことを考えるのは不遜であり、考えても仕方がないことはよくわかっているつもりだ。それでも自分の視線が胸を見比べるのは止められない。

 硬直していたのはさほどの時間ではなかったはずだ。でもユイカは気づいたらしい。振り向いてマトアカルを見上げる。

「マトアカル、何をしていますか? 着替え方がわからないですか?」

 翻訳機を通して彼女の言葉が聞こえる。

「ううん、わかってるわ。昨日、一度着たから」

 あわててハーフパンツを取り上げすると着替えを続ける。それを見ているユイカは不思議そうな顔をしていた。

「昨日ですか? 実験したのですか?」

「実験というわけじゃなかったの。ただ、着替えを持ってなかったので下着のままでいたら、それを見たアキラがこれを着るようにって言ったのよ」

 その途端、教室中の女子が騒ぎ出した。悲鳴のような声も聞こえる。翻訳機は会話している相手の声は翻訳するが、バックグラウンドの声にまでは対応しない。何か問題があったのだろうか?


 唯花は後ろの騒ぎを片耳で聞いていた。「きゃーエッチ!」「宇宙人って大胆!」などという声もあれば、「宇宙人って恥を知らないのかしら?」「あんな貧相な身体で色仕掛け?」というのも聞こえる。

 だが唯花にはそのどれも納得が出来なかった。何だかわからないが、彼女には全然違う何かを感じる。だがそれより、そんなことがあったとすれば、彰の反応に興味がある。

「それで、その時あっくんはどんな顔してた?」

「わかりません。顔を横に向けていたのです」

「そっか。そうよね、くふふ」

 そう、彰はそんな人だ。

 だが今はまず着替えないといけない。と同時に、マトアカルの胸のことも考えた。確かに全く膨らみがないと言ってよく、いっそ潔いくらいだ。胸は女の子の誇りであると同時に厄介な部分だ。大きいとじゃまだし、また恥ずかしい。かといって小さいのもまた悲しい。唯花の場合、身体が小さいのに不釣り合いに大きいので、自分ではちょっといやだ。マトアカルもそうなのだろう。唯花の見るところでは、確かに胸はないのだけれど、彼女は全体に細身だから、むしろ調和がとれて美しい。背の低い自分にはその方がうらやましい。それでも小さいのは気になるものだ。だから力づけてあげようと思った。

「大丈夫よ。ちゃんとおっきくなるから」

「おっきくなるは何かわからないです」

 ああそうか。言葉は崩さない方がいいんだ。丁寧に言い直す。

「結婚して子供が出来たら、誰でも胸は大きくなるんだって」

 ところがその言葉に彼女は奇妙な表情になったのだ。何か空疎な、つかみ所がない、でも寂しそうな表情。そして彼女は相変わらず表情のない声で言った。

「この体にはその可能性はないのです。子供が出来ることはあり得ません」

 唯花はその言葉にひどく引っかかりを感じた。何かとても大事なことを言っているという感覚。

 とはいえ休憩時間の終わりは近い。

「二人とも、急がないと」

 美鈴の声に唯花はハーフパンツを引き上げる。

「マトアカルも、急ごう!」


 体育の授業は男女とも陸上競技だった。同じグラウンドの向こうとこっちで授業をするから男子は横を向くだけで女子の授業風景が見える。当然ながら男子の目線はちらちらと女子に向かうのだが、今日の場合全員の視線が頻繁に女子の中でも一人に向かう。その標的は当然ながらマトアカルだ。

 何しろ背が高くて手足が長い彼女は女子の群れの中でもひどく目を引く。確かにプロポーションそのものはほぼ電信柱で、女性的曲線はほとんど感じられない。だが半袖ハーフパンツから伸びる手足はひどく伸びやかで美しかった。それは阿修羅像や弥勒菩薩像のような、どこか中性的な美の姿だった。それに多分身体を動かすのが好きなのだろう。笑顔の輝き方が普段の二割り増しになっており、眩しいくらいだ。

 ただ問題なのは彼女がときおり彰の方を見て、そのたびににっこり笑って小さく手を挙げるのだ。それ自体は魅力的な光景なのだが、そうすると周りの男子が通りすがりに脇腹に肘を入れたり、足を蹴ったりするのだ。もちろん強くではないが、地味に痛い。

 彼女の身体能力は地球人女性のそれをあっさり凌駕していた。走るのも跳躍力も一回り上だ。少なくとも身軽さでは比較にならないようだった。ただしそれ以上にかけ離れてはいないようで、現にハードルを跳んでいるのを見ても、二つまとめて跳んだりは出来ないようだった。

 次の休み時間、着替えを終えて自分のクラスに戻ったとき、待ち受けていたらしい女生徒の一人が彰に向かって言い放った。

「榎原君、マトアカルの下着姿を見たんだって?」

 驚いて動けなくなった彰を男達が取り囲んだ。

「やっぱりか!」「地球人類の恥!」「このハッピースケベ野郎!」

 改めて袋だたきにされた。

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