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君の隣に  作者: 素元 珪
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生殖型の一三と

 そして次に来たのは一三。まさかと思ったが彼女も同じように手を伸ばしてきた。胸元の赤ん坊はどうしたかと思うと、いつの間にか側にジュニがいて、当たり前のように受け止めて胸に抱いてやっていた。そして両手が自由になった一三が彰の真正面に立つ。

 さすがに彰は緊張せざるを得ない。何しろ目の前にいるのは背丈はジュニと同じ程度ながら、胸もお尻も豊満と言っていい見事な具合で、つまりはグラビアアイドルでも通じそうなグラマラスな肉体だ。

 しかも側に立つとむっと寄せてくるのは間違いなく女性の香りだ。普段は気にするものでもないが、ジュニの側にいると他の女の子の匂いがはっきり分かる。ジュニからは感じられない官能的な匂いがしっかりある。それが目の前の一三からは周囲の女の子から感じられるより遙かに濃厚にやって来る。

 そして顔を上げるとそこにある顔はジュニにうり二つで、しかし文句なしに女性の魅力が溢れた顔だ。ほんの少しあちこちが違うだけなのに、単なる美形ではなくて女性美に感じられる。

「感謝を差し上げます」

 その声もジュニにそっくりで、しかしその響きの官能的なこと。何気ない声のはずなのに、甘く男を誘うものに聞こえるのは何なのか。

 しかしここまで来たらこれまでの者と同じように対応するしかない。恐る恐る手を出すと、彼女の方から手を握られた。その感触がまた何とも気持ちいい。ここまでだと礎石の手が柔らかく、それ以外の者は働くからだろう、もっとしっかりして硬い手触りだった。その点、一三の手が柔らかいのは生殖型で働くこともなく守られているからに違いない。そこまではいい。しかしその手触り、というか握手で握られるだけでぞわっと全身に鳥肌が立つような感覚はいったい何なのか。気味が悪いのではなく、気持ちがいいと言っていいのかどうか分からないけれど、ともかく心地よいもので、一度体験すると忘れられなくなりそうな。

 しかもやはりハグしてくる。両手が背中に回ってぎゅっと抱きついてくる。もちろん前面が密着、当然その立派な胸がムニュッと彰の胸に押しつけられる。しかもどうやらブラはない模様、多少硬いのは下着に少しだけ胸を支える構造があるのだろうとは思うが、ふにゃっと柔らかくつぶれる感覚はなんだか衣服の布越しとは思えない程に生々しい。しかも両手が背中に回るだけでなく、明らかに指先に力が入って背中を軽くひっかくようにしており、それがなぜか全身にびりびり響いてしまう。更に密着することで離れていてもどきどきしてしまうあの悩ましい香りが全身にまといつくようで、更に彰の理性を混濁させてしまう。

 知らない間に彰は彼女の背中に手を回し、自分から抱き締めようとしていた。指先が触れる背中はスリムなのに信じられないくらいに柔らかく、まるで『もっと触って』とでも言うように指先の感触を求めているとしか思えない。

 しかしそこで彰はっと何かに気がついた。それと感じられる方向に目をやると、それは抱きついている一三の肩越しの向こう側、そこにジュニがいた。相変わらず赤ん坊の二四を胸に抱え、じっと彰の方を――いや、おそらく彼女が見ているのは彰と、そして抱きついている一三と、その状況そのものだ。

 その表情は……何ともつかないものだった。笑顔のようで、でも喜びは感じられない。悲しみも怒りも見えてはいないが微かに感じられる。諦め……に近い気もするが、それとも違う気がする。

 彰はその表情に見覚えがあった。彼女が彰の前にやって来た時にはそんな雰囲気がちらちら見えたかもしれないが、その頃には気にする余裕もなかった。それから彼女は次第に様々な表情を見せるようになり、二人は互いの距離を寄せ合えた。そんな中から彼女が実は群れの部分としての番号しか持たないことを教えられ、お願いして名をつけた。実はそれが向こうでは結婚の儀式の一部だったらしいと知ったのはずっと後のことだ。

 それから反宇宙人テロリストの襲撃を受けて何とか切り抜け、その後のことだった。彼女はそれまでの生き生きした表情を失い、硬直したような笑顔を見せた。そして彼女は留学を中止し、母星に帰ると言ったのだった。今見ているのはその表情だ。

 あれは母星のマトアカル本体がテロのニュースを受けて判断したものだった。ジュニ自身は既に留学続行を決めていた中、本体の判断には従うしかない、という上でのことだった。彰も一度はそれを受け入れたが、納得出来ずにジュニと向き合って話し合い、結果としてジュニは独立を、通常のような生殖型が外に伴侶を得てのものではなく、探査型が単独で、というものだった。それが何とか受け入れられ、その結果として今マトアカルの本体が、一部とは言えここにいる。

 そして今、ジュニはあんな表情で彰を見ている。それにどんな意味があるのか、それが彰には分からない。しかし分かったことは一つ、ジュニにあんな顔をさせるのはいやだ、ということだ。

 そういえば一三のハグはまだ続いている。まだ長い時間とは言えないが、明らかにこれまでの相手より時間が長いし、密着ぶりも深い。なぜかは知らないが生殖型だから特別なのか? しかしともかくこれ以上の密着は困る。

 彰は顔を一三に向けると何とか失礼にならないように押し離そうとした。が、そのように彰が動く前に、一三が動きを変えていた。それまで彰の肩口の所にあった彼女の顔がつとやや上を向き、そしてすっと迫ってきたのだ。それも明らかに唇を前にして。

 彼女の唇は淡い桜色にやや血色が乗り、そしてその表面が唾液に濡れててらてら光っていた。それは何とも魅惑的で、同時に性的魅力に溢れていた。彰はそれに自身が吸い寄せられるのを感じながら、同時にそれは絶対にしてはならないことだとも思った。しかし既に互いの距離はほぼゼロであり、彼の身体は抱きすくめられており、その上に彼女の雰囲気に当てられて硬直もしている。彼に出来たのは僅かに顔を背けることだけだった。

 ちゅ

 彼女の唇は彰の口を狙っていたはずだが、彼の動きでそれを外れ、代わりに彼の頬に押し当てられていた。彰はその接触に全身がしびれたようになったが、いよいよそれが危険だとも思った。だからようやく動いた両手で彼女の肩を押しやった。

 一三は僅かに力を入れて抵抗を見せたが、それも瞬間だけで、すぐにするりと彰から離れた。その表情にはほんの少しだけ残念そうな色が見えたが、それ以上に満足感がはっきり見えた。彰にはそれが見て取れたが、彼女が何に満足したのかが全然分からなかった。

 しかしともかくその場はそれで区切りがついたようだ。一三が引き下がるとジュニが一九を抱えて進み出て、彰に抱かせるように押し出して見せた。彼は赤ん坊を両手で受け取り、胸に抱き寄せてちょっと揺すると、二四は眠っていた状態から身体を揺すってむずかる様子を見せ、そこで彼はジュニに返そうとした。

 しかしそこに割って入ったのは一三で、にこやかな笑顔を彰に見せて二四を受け取った。彼女は両手を伸ばして赤ん坊を抱えるかと見えたが、彼女の手は直接に赤ん坊をでなく、抱いている彰の腕を掬うようにして引き寄せたのだ。当然ながら彰の手が一三の胸に触れてしまう。慌てて手を離そうとしたが、それをしては赤ん坊が落ちてしまうと我慢する。しかし手に触れる胸の柔らかさが落ち着いていられない。しかもそうしながら一三が艶然とした笑みで彰を見つめている。その表情は『どう、私の胸の手触りは、もっと触っていいのよ?』と誘いかけるものにしか見えない。

 もちろん彰がそうしたいわけはなく、いや、そうしたい欲望がむくむくと頭をもたげているのは分かるが、まさかそれに乗るわけには行かない。あくまでそっと、しかし決意を込めて腕を引くと、一三はすぐに赤ん坊を抱え直して彰の手を解放した。彼女の顔にはやはり少しの残念さと、それ以上の満足感が見えた気がした。

 彰はそれよりジュニの表情が気になったが、ジュニは一三の背後にいて横を向いており、表情を伺うことは出来なかった。

 その後に後の二人、一五と一六とも握手とハグをしたが、これは一三までのものと同じでごく簡単にすんだ。その場はそれで終了し、校長の締めの挨拶で解散となった。しかし彰はそれでは解放されなかった。今日一日、マトアカルは学校とその周辺を見学することになっており、彰はその案内役として付き添うことが決まっているのだ。

 もっとも実際の案内はジュニがすることになっている。何しろ留学生なのだ。サプツル人が何を知りたいか、どんなことが興味深いかはサプツル人の方が分かるに決まっている。彰の役割はジュニが説明し切れない時の補助になるはずだ。

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