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君の隣に  作者: 素元 珪
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対面が始まると

 それはともかく、どうやら体育館の舞台にはマトアカルの家族、地球訪問組全員が揃ったようだ。既に各人の紹介も終了した。いよいよマトアカルとの対面だ。

『いよいよだね』

 ひそひそ声でそう言ってみる。しかし返事がない。

『ん? ジュニ、大丈夫?』

 しかしやはり返事はない。いや、それ以前に聞いてくれているという感覚そのものがない。何となく彰は一人ぼっちで佇んでいるような気持ちになった。そういえば繋いでいた手が離れたのはいつだったか? もちろん手を繋がれるのは恥ずかしいので離れている方が気は楽なのだが、でもこんな風に離されたことはなかった気がする。ちらっと見ると、ジュニはじっと舞台に顔を向けている。位置からすると見えてはいないはずだが、声は聞こえるだろう。そこから気配全てを感じ取ろうとするかのように、彼女の注意が全て舞台上に向けられているようだ。

 それは確かに一年間離れていた家族との再会で、しかも大家族の半分足らずとは言え一〇人もが来てくれているのだ。そちらに気持ちが持って行かれて当然ではある。しかし彰はそれがなんだか不安になっていた。

 この一年近く、彼はずっと彼女の側にいた。それは彼女との約束でもあった。いつも隣にいる、隣に相手を置く。そんな約束で、それを通じて彰はジュニと信頼を結び合った。名前をつけ、独立に協力した。だから互いを何らかの形で意識し合い、ずっと一緒にいた。それが今、彼女はすぐ隣にいるのに、多分彼女の意識にはひとかけらも彰のことが入っていない。きっと隣にいることすら忘れられている。

 もしかするとそのまま忘れられてしまうのではないだろうか。そんなことになれば……なれば?

 そんな彰の動揺に関わりなく、時間は進む。舞台上では沢木が今回の訪問の意義などを話し終え、そして舞台袖に手を伸ばしたようだ。

「それではいよいよ対面の瞬間です。ジュニさん、どうぞ」

 それを聞いて盛岡先生がジュニの背中を押す。

「さ、出てらっしゃい」

 するとジュニは弾けるように飛び上がり、弾むような足取りで舞台に上がった。彰はその後を追うように移動し、もちろんまだ舞台から呼ばれていないのですぐ下で立ち止まると、その位置で彼女の後ろ姿を目だけで追った。

 舞台に上がったジュニは自分の家族を目の前に何も言えない様子だった。家族の方も一列に並んだ状態から少しだけ動いてジュニの方に身体を向けていた。

 そんな風に互いを見合う姿勢でほんの一瞬ともう少しだけ静寂があり。

 そして弾けた。最初に声を上げたのは多分家族側の誰か。礎石の人だった気がするが、生殖型の一三だった気もする。ともかく翻訳機越しの声が『一二』らしい声を上げたが、直後に全員が翻訳機を耳から外していた。それとほぼ同時にジュニも翻訳機を外し、外された翻訳機はそれぞれに軽い音を立てて床に落ちた。

 直後、舞台の上に響き渡ったものをどう表現すればいいのだろう。声には違いないのだが、言葉ではなく、むしろ小鳥の囀りのような響きの渦。もちろんマトアカルの人たちと、それにジュニの発するもので、要するにサプツルの言葉なのだろう。彰はそれをはっきり聞いたことが一度だけある。彼女に名前を与えた時だ。それは確かに小鳥の囀りのような、ちょっと音楽的ではあるが言語としては聞き取れない響きだった。

 しかしそれが今、本当に小鳥の囀り、それも群れた小鳥がそれぞれ口々に囀っているような音の塊となってそこにあった。そしてサプツル人たちの群れがそこに出来ていた。一〇人とこちらから入った一人とが本当に一塊となっていた。個々には互いに抱擁し合い、相手を変えて抱き締め合い、それも一度に前後左右から密集している。それだけでなく手を握り締め合ったり頬ずりしたり、足もお互いに膝をぶつけ合ったり太股を擦り付け合ったりしているようだ。

 それは個人個人が独立の存在でなく、みんな纏めて一人の『人』だという彼らの主張が単なる主義主張ではないのだと肌で感じられるものだった。既にサプツルの社会の様子などの情報も解禁になり、向こうの町や行事などの映像も見ることが出来てはいたので、彼らが常に数人以上の集団で行動している様子は知られていたが、そんな情報も目の前の『群れ』の存在感の前では無意味と思えた。

 それと同時に彰はひどく不安を覚えていた。ジュニの存在がとても遠いものに思えたのだ。この一年、ほとんどの時間を共に過ごし、色々すれ違いもあったもののそれを根気強く摺り合わせ、何とか気持ちを通い合わせられるようになってきたと思っていたのに、今、彼女の存在がひどく遠い。

 いや、それどころか彰は目の前の群れの中にジュニを見つけ出すのが困難であることに不意に気付いた。もちろん一目で見分けはつくのだ。何しろ向こうの人たちは自分たちのものなのだろう緑の独特の着物を身につけており、対してジュニはこの高校の制服である紺のジャンパースカートだ。色も形も全く違うので、集団の中で浮き出すように見分けられる。

 にもかかわらず、彰はその色違いの服を着たものが今では緑の服に渾然一体に入り交じり、区別がつかないもののように思えた。いや、もしこの群れの中で衣服の交換でも行われていれば、彰にはもう彼女が見分けられないのではないか、そんなことさえ感じられたのだ。

 もしやこのまま彼女はあの群れに戻ってしまうのではないか。いや、そのまま生まれ星まで帰っていってしまいやしないか?

 考えて見ればそれは当然なので、何しろ彼女は地球への留学生に過ぎないので、時期が来れば母星に戻るのは当然のことだ。しかしこの時の彰にはそのような判断はなく、それよりも切実な感覚として彼女が失われる、あるいは消滅するような危機感だけがあった。

 それが彼を勝手に動かした。気がつくと舞台への階段に足をかけていた。

 しかし二歩上ったところで彼の理性が戻ってきた。この後に彼の舞台に上がる予定はあった。ジュニによって彼らに紹介される手順になっていたからだ。しかしまだその声はかかっていない。

 慌てて後ろにいた盛岡先生に目を向けると、先生はちょっと驚いた顔ではあったが、すぐに舞台を見て、それから黙って頷いた。上がっていいと言うことなのだろう。彰も舞台の上を見て、校長と沢木が呆然としているのに気がついた。どうやらマトアカルの群れの様子に気を飲まれ、舞台の進行を忘れているらしい。盛岡先生もそう考え、彰を舞台に上げることでそれを進めさせようとしたようだ。

 それはある程度は功を奏したようで、彰が舞台の袖から姿を見せると、それを見つけた校長と沢木が姿勢を正し、マイクを口に寄せた。

「あーあ-、失礼しました。それでは次に」

 校長はそんな風に声を上げたが、マトアカルたちの抱擁も囀りも全く収まらない。というか、校長や沢木、彰の姿も見えていないようだ。

 校長は困って沢木に目を向けた。すると沢木はちょっと首を振った後、懐から携帯端末を取り出すと指先で操作した。すると奇妙な音がマトアカル集団から複数流れ始め、それと同時に彼らは静かになった。どうやら緊急連絡か何かの用意がしてあったようだ。

 彼らは辺りを見渡すと互いにまだ少し囀りを交わし、それから元の列に戻った。舞台の中央向かって左寄りから礎石、それから二、四、七、一三、一五、一六の順で、そして一八、一九は七の両肩、二四は一三の胸元に。

 間違いなくこれがこれまで彼らが舞台に立った時の配置だ。しかしジュニはどこに行ったのか。彰は思わず目をこらし、そして見つけた。彼女はいた。ただしこちら側でなく向こう側で。つまりマトアカルの列に、一三の右後ろの位置にいた。その姿はまるで一三という令嬢に仕えるメイドか何かのように見えた。

 その間に盛岡先生と他もう二人の先生が舞台に上がり、彼らが投げ捨てた翻訳機を拾い集め、彼らに手渡した。みな小さく頭を下げて受け取る様子だった。それを全員がつけ直したところで改めて校長が声を上げる。

「それではもう一人、ジュニさんに案内役として着いて貰った榎原章君を紹介させて……ジュニさん、ジュニさんは?」

 校長が途中で止まったのは、マトアカルのみんなに彰を紹介するのがジュニの役割になっていたからだ。つまり元々の予定ではジュニは礎石より左、彰が上がってきた場所の近くにいなければならない。

 だから校長が声を上げ、ジュニを探した。しかしジュニは反応しない。自分が呼ばれたことに気付いていないようなのだ。マトアカルの人たちもまた何を言われているか分からない様子を見せている。と、また沢木が携帯端末を操作し、するとジュニがぴくんと跳ねるように反応した。マトアカルたちも彼女の方を一斉に振り向き、それから小さく声を上げたのは何だったのか。

 ともかくそれでジュニは自分の役割に気付いたようだ。列の後ろを回って彰の側に来た。校長からマイクを受け取ると、改めて声を上げた。

「間違うでした。これはエノキハラアキラ、アキラです。地球で始めから多量に情報を得て、多量に協力と努力を得ました」

 それを聞いてマトアカルたちは目を見開き、大きく頷いた。それからその礎石の男が一歩前に出た。側で見ると、確かにジュニそっくりではあるが、その顔には少々のしわがあり、またやや角張って男性らしい面持ちではある。

 彼は沢木がマイクを出すとそれを受け取り、話し始めた。

「朝が早いです、エノキハラアキラ。マトアカルの一二を受け入れ、多量の協力を得たこと、聞いて知っています。今回マトアカルが地球に来ることにも、案内協力が得られると聞いています。感謝を差し上げます」

 そう言うとマイクを沢木に戻し、それから片手を伸ばしてきた。握手をするのだと思い、彰も校長にマイクを渡すと半歩歩き寄って手を伸ばした。手を握られた。男性にしては柔らかな手だと思った。と、その直後、その手が引き寄せられた。

「え?」

 思わず声が出たが、その時には男の両腕に抱え込まれていた。要するにハグされていた。彰は親以外からこんなことをされたことがなく、全身がしびれたようになった。抵抗するのもまずいかとただ身体を硬くしていた。幸いにハグはほんの一瞬だけで、すぐに解放された。

 ほっとしたのもつかの間、目の前にいたのはもっとジュニそっくり、これはもう双子と言っても間違いない程に似た顔で、確か二のはず。彼はマイクなしに声を上げた。

「感謝を差し上げます」

 それから手を出してきたので握手をするとすかさず引き寄せられてハグ。これはもう覚悟していたので驚きもしないが、やはり恥ずかしい。何よりジュニそっくりなのが困る。もちろんそれも瞬間で終わり、次に来たのは四,こちらはもっとジュニそっくり、というかもう、今より少しだけ年を重ねた本人としか思えない。それでもここで拒否するわけにも行かず、握手とハグ。ハグの時には思わず目を閉じ、無の境地を求めていた。幸いに女性としての肉付きはないに等しく、何とか気にしないで耐えられた。

 しかし次の七はまた違った意味で行為だった。何しろ頭一つ背の高い筋肉質の巨漢にジュニの顔が乗っているのだ。もちろん体格に呼応するように逞しい顔立ちにはなっていたが、その顔と身体でハグを受けるのは精神的拷問に思え、ただ目を閉じ、身体を硬くして耐えた。その後に彼の肩から降りた一八と一九とも握手とハグをしたが、こちらはせいぜい小学校中学年と低学年の感覚で、むしろ彰の方から握手してハグしてやれた。

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