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君の隣に  作者: 素元 珪
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留学生とトップと

 彰の目の前でジュニが背筋を急に伸ばして硬直した。

「嘘です。嘘です。それはあり得ないのです」

 何やらあたふたとして、ひどく気が動転しているようだ。だがもちろん、彰には何のことかわからない。

「何だよ、その『至高の三大』って?」

 緊張しきったジュニの説明によると、どうやら惑星の最高権者みたいなもの、三人であらゆることを決める権限を持つ存在らしい。要するに国連事務総長に電話する、と言うような話だ。なら確かに緊張もするだろう。

 次にスクリーンに出てきたのは、白髪が薄くなった、柔和な顔の老人男性だった。

「サクルアル、至高の三大で最年長の方。その礎石の片方です」

 ジュニが彰の耳元でささやく。礎石とは、個体の元になった生殖型二人、つまり両親のことだと後で聞いた。

 サクルアルは柔らかく微笑んだ。

「マトアカルの一二ですね。話を聞きます」

 ジュニはさっきと同じ話に、前後の事情を追加した形で話した。彰はそのあとに、やはりマトアカルの要に話したのを繰り返した。サクルアルはそれらを驚きもせずに聞き続けた。始終柔和な笑顔で、むしろ楽しそうと言える様子だった。

 話が終わったとき、彼はまず彰に目を向けた。

「君はさっきジュニと言いましたね。それはどういう名前なのですか」

「僕は、マトアカルが家族全体の名前だと知ったときに、その名で目の前の彼女を呼ぶのがいやだったんです。それに数字で呼ぶのもいやだった。だからつけました」

 彼の横でジュニは恥ずかしそうにうつむいていた。サクルアルは二人を興味深そうに見比べ、それから軽く頭を下げた。

「マトアカルの一二、それにえのきはらあきら。君たちに感謝します。二人はサプツルの歴史に名を残すでしょう。実験は成果を得ました」


 その日を境にすべてが変わった。サプツル代表団は大々的に発表したのだ。まず彼らが集団生物であること、そして今回の留学生が、彼らが地球人とつきあう上での実験の意味を持っていたこと。その上でそのために地球に混乱を招いたことを謝罪し、また留学生の死亡に対する賠償請求も取り下げること、今後はさらに人的交流を進めることなども発表された。もちろん希望があれば留学生は継続するし、新たな希望者も募る。

 彰とジュニは、もう少し詳しい話をサクルアルから聞かせて貰っている。

 サプツルが地球を発見したとき、彼らは大いに期待したという。それまで幾つかの文明と接してはいたが、いずれもその様相が違いすぎて交流が望めなかったのだ。だからほぼ同種族である地球にかける期待は大きかった。先行調査で科学レベルの差は確認できたが、だが彼らがサプツルの科学を理解できないほどの差ではない。それに文化面でははむしろ地球の方が活発なところもあった。

 問題は、それよりもサプツルの社会構造にあった。彼らの真社会性(アリやハチの社会を、生物学ではそう呼ぶのだそうだ)はほ乳類では極めて希であり、サプツルは自分たちが特殊な存在であることは理解していた。従って地球人と交流する場合にどの程度に交流が可能なのか、それが大きな問題だったのだ。そもそも親しい交流が不可能かも知れず、他方では互いの混血が出来る可能性も示唆されていた。

 そのための実験が今回の留学生計画だったのだ。地球人をサプツルに招けばスムーズなやりとり自体が困難だろう。だからサプツルの、それも柔軟な若い個体を単独で地球に送る。個人を単位とする地球人と交流することで、個人としての姿をとるものが現れるかも知れないが、他方で家族への帰属意識の高いサプツル人のこと、全くなじめずに終わる可能性もある。もしも独立を望むものが現れるようなら混血までの交流が可能かも知れないし、やはりなじめずに終わるならば文化的な交流までにとどめるべきかも知れない。そういう実験だったのだ。

 そのために情報の公開は最小限にとどめなければならず、それが排斥運動などで互いの行き違いや混乱を招いた面もある。さらにサプツル内にも実験そのものに疑問を呈する向きもあり、この実験全体を中止しては、と言うような話も持ち上がっていたのだそうだ。

 そこに出てきたジュニの独立の要求は、だからサプツル首脳陣にとっても朗報だったのだ。

 彼女の希望はもちろん認められ、と言ってもすぐさま完全な独立は無理なので、当面はマトアカル預かりの形になるそうだ。ジュニは正式に彼女の名となった。

 父にはそれらのことが、サプツル経由でその日のうちに伝えられたそうだ。しかも感謝の言葉付きで。父は偉い人に褒め言葉を貰ったと、ほくほく顔で帰ってきた。『これも彰のお陰だ』と、ついぞ聞いたことのない言葉を貰い、彰は気恥ずかしかった。

 それに先だって、母にはあのあとすぐに二人で伝えた。

「そう、よかった。マトアカル、私も嬉しいわ」

 母はそう言って自分より背の高い彼女を両腕で抱きしめた。彼女はくすぐったそうに笑った。

「名前は、ジュニと呼んでください」

 母は不思議そうに彼女の顔を見た。

「あら、どうして?」

「あきらに名前を貰いました」

 彼女はなぜか誇らしげだった。母はその顔を見つめ、どう理解したのかにっこりと笑った。

「そう、これからも彰と仲良くしてやってね」

 そのあとに帰ってきた瑞樹は、ことの顛末を聞くとにまにま笑いながら兄に言った。

「お兄さん、何だか嬉しそうね」

 兄の智はまだ警察から戻らない。いずれにしてもそれほど重い罪には問われないだろうとのことだ。


 翌日の学校で、真っ先にやってきたのは何と片岡だった。彼は校門で待っていた。それも見たことがないほどに晴れ晴れしい笑顔で。

「榎原、ようやく秘密を解いてくれたんだな。感謝する」

 それから彼の返事も待たず、ジュニの空いた片手をとった。

「俺は片岡研人。これから仲良くして欲しい」

 あまりの変貌ぶりに彰は戸惑い、それにその馴れ馴れしい様子にどこかで不快感を感じて、彼は二人の間に割って入った。

「おい、待てよ。どうして急にそんなに親しそうになるんだ?」

 だが片岡は朗らかな表情を崩さない。

「何を言ってるんだ? 俺が宇宙人に強い関心を持っているのは知っているんだろう?」

「そ、それはそうだが、じゃあ今まではどうして近寄ろうとしなかったんだよ?」

「本質が隠された状態で何を聞いたって意味はないからな。だがそれがわかったからには、話を聞く価値がある。よろしく頼む」

 彰の身体の前で、彼は握手を求めて手を伸ばした。彼女の方は、不思議そうに彼を見て、それから手を伸ばした。

「サプツルを知ることを求めるなら、それは嬉しいことです」

 そして二人は握手した。

 それが彰にはひどく不快で身体ごと間に割って入った。当然二人の手が離れる。そこで彰は彼女の手を掴んだ。

「ジュニ、行こう」

「わかります」

 彰は振り向かなかったが、片岡が後ろから着いてくるのだけは感じた。彼の声がはっきり聞こえたからだ。

「待ってくれよ。聞かせて欲しいんだ。サプツルでは食事はどんなものを食べてるんだ? 主食はどんなものを……」

 だが片岡のそんな動きは教室までのことだった。教室に入ると他の連中がどんどん集まってきたからだ。その先頭には泰司と唯花がいて、そばに美鈴も控えていた。

 二人はたちまち教室の前に引き出され、例によって美鈴が仕切る。

「マトアカル、残ることになったのよね? 何があったか聞かせてよ」

「マトアカルではありません。名前が変わります。ジュニと呼んでください」

「どうして名前が変わったの?」

「あきらがくれた名前なのです」

「と言うことで、はい、質問は?」

 そして、またも婚約会見ごっこが始まった。

「ご両親は何とおっしゃいましたか?」

「あきらの母は、『これからもあきらと仲良くするように』と言ってくれました」

「次は?」

「どこに住むんですか?」

「あなたの居場所は?」

「いつでもあきらの隣です」

 ジュニが質問に答えるたびに、黄色い悲鳴やら笑い声やらが起きる。彰自身はもう諦めてはいるが、それでも恥ずかしいことには変わりはない。

「はい、次は」

「はいはーい」

 唯花が勢いよく手を挙げる。ちょっとお前、お前は駄目だろ? だって、内情を知りすぎてるのに。

 だが唯花は無邪気な声で尋ねた。

「あっくんはなんと言って引き留めたの?」

「あきらは、『これからもずっと、僕の隣にいて欲しい』と言ってくれました」

 よりによって頬をうっすらと染めながら、彼女はそう言ってはにかんだのだ。もちろん教室の中は最大の騒ぎぶりだ。

(仕方ない……のかなあ?)

 彰は教室内のお祭り騒ぎを眺めながら、昨日、サクルアルから最後に聞かされた話を思い出していた。

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