留学生の到来
いわゆる宇宙人がこの地球にやってきたのはかれこれ二年前のことだ。それ以前から調査目的で接近していたそうだが、地球側では正式には確認されていない。
とにかく彼らは一気にやってきた。天王星の軌道の外側に彼らの船団が到来した時、地球側はようやくそれを観測した。そしてそれが宇宙船の集団であると確認されたときには彼らはすでに木星軌道まで接近していた。
地球各国は大慌てで対応策を練った。超大国ではようやく実用化に成功しかけていた対衛星軌道ミサイルや衛星搭載兵器で応戦を試みたが、効果は見られなかった。と言うか、それらは全く存在しないかのように扱われた。明らかに遙かに高度な科学技術の持ち主だった。
だが同時に彼らからは通信も送られてきた。それは地球の言語数カ国語によるもので、内容は明らかに平和的交流を求めるものだった。その基調は地球側からの攻撃の後も変わらなかった。攻撃については『全く被害がなかった』ので、報復も補償請求も行う意図がない旨の言及があった。この声明に一部地球人は自尊心を傷つけられたが、大部分の人間は安堵の声を上げた。
彼らは地球到達後も地上に降りてはこず、上空の宇宙船に待機し続けた。宇宙船は数百機にのぼり、世界各地の主要都市などに位置を決め、時折移動し、あるいは入れ替わるようだった。
彼らは正式の星間交渉を求めたので、地球側では国連が代表して交渉しつつ、各国政府もそれぞれに交渉のチャンネルを持つ形となった。交渉内容については当初は秘密にしようとした政府も多かったが、彼らは全面的な公開を求め、ついには世界中の家庭にテレビやネット経由で直接に情報を送る手段に出たため、結局地球側もそれに合わせることになった。
交渉に際しては無線の通信と、それに定期的にごく少数の代表者が地上に降りて会談を行うという形を取った。そのため彼らを直に見たものの数は多くない。だがその姿は映像を通じて多くの人に知れ渡っている。
彼らはほぼ人間と同じ姿をしていた。
これは不思議なことではないらしい。彼らによると、宇宙にはもっと様々な生物の姿があるが、星の基本的な素材が同じであればほぼ同じ進化の過程をたどるのだそうだ。彼らの星はそんな面ではきわめて地球に似ており、そこでの生物の進化もほとんど同じ形で生じたとのことで、彼らは地球人と同じくほ乳類の猿類から進化したのなのだそうだ。ついでに他の動植物も地球とかなりの部分が共通らしい。
ただし言語体系には極めて大きな乖離があるそうだ。詳細は明らかにされていないが互いに相手の言語を習得するのはほぼ不可能とのこと。その代わりに彼らは優秀な翻訳機を所有しており、それを通じて意思疎通は図れる。その機械での言語表現には様々な齟齬はあったが、意味を把握するのに困難はなかった。
彼らは自らをサプツルと呼んだ。彼らの言葉で『地球』に当たる言葉の発音によるらしい。
彼らの求めるものは『完全に対等な交流』、それに尽きるようだった。もちろん科学のレベルにはかなりの差があった。だがそれも彼らは段階を追ってすべて公開すると伝えてきた。すでに一部が公開されているとのことだが、現在は科学者がそれらを咀嚼している最中で、一般社会に出てくるのはまだかなり先になりそうだ。
そしてこのたび、彼らは星間交流を新しい段階に進めるための試行として留学生を地球に送ることにしたのだそうだ。それも地球でのホームステイのように、サプツル人が地球の家庭に住み込む形で。
「そんなわけで、このマトアカルさんには我が家に暮らしてもらうことになった。みんな、よろしく頼むぞ」
初めて聞くサプツル人の自己紹介に彰は呆れるしかない。他の家族も同じような感じらしい。だが父は案外普通な様子で説明を始めたから、彼らの話し方としてはさほど変ではないのかもしれない。確かに奇妙だったが、意味がとれないわけではなかったし。
父の言葉を軽く頷きながら聞いているその宇宙人は、本当に人間そっくりだった。違うところは耳の形が少し、それに顔立ちもちょっと違う。
だが何より髪の色と瞳の色が黒に近い緑色であること。光の角度によっては真っ黒にも見えるが、反射すると金属光沢のような光を放つ。それは明らかに地球人類には見られない色だった。熱帯の鳥にあるような色だと彰は思った。
その髪はごく短く整えてあって、裾も首や耳にかからない長さになっている。それ以外に形に飾ったところもなければヘアピンのような装飾品なども着けられてはいない。清潔だし機能的ではあるが、ファッション性は感じられない。ただ何本かが頭のてっぺんで撥ねているのがユーモラスだった。
背が高く、たぶん彰と同じくらいだから百七十センチくらいはある。ただしとても細身で、手足も長い。
性別は女性。それは緑系のスカートを履いているから間違いない。もちろん星が違えば話も別ではああるが、彼女が着ているものはどう見ても地球産の、もっと言えば普通の洋服っぽいので間違いないと思う。
しかし胸や腰の張りはあまりなく、衣服越しとは言え肉体的に女っぽさが感じ取れると言うものではない。男性の服を着ていたら男だと思ったかも知れないが、男らしさも感じにくい。多分に中性的な印象だ。
顔立ちは、これははっきりと美形と言っていい。もちろん顔の作りには多少の違和感はあるが、涼しげな眉、通った鼻筋、切れ長な目は釣り合いがとれている。それにくるくるとよく動く瞳や、そのたびにかすかに動く口元からは活発な知性が感じられる。
肌色もほとんど同じ。日本人の感覚だと、ちょっと色白か、と言う程度だ。
「それで、いつまでになりますの?」
そう尋ねたのは、父の脇に控える彰の母、仁美だ。その顔には作り物めいた笑顔が張り付いている。一見では歓迎している風だが、新たな厄介事に割り切れない気持ちを抑えているのはすぐにわかる。
そんな表情そのままの母の声に、父の声はやたら明るい。どうやって勝ち取ったのかは知らないが、身に余る光栄に舞い上がっているようだ。
「ああ、一応は一年間だな」
「一応、と言いますと?」
父は上機嫌のままに説明する。要するに、新たな星間交流の流れの、彼女たちはその先頭に立つことになる。だから成功すれば更なる長期滞在も有り得る。他方でこれは試験的なものなので、場合によっては早く終わるかもしれない。
そんな父の話をため息を押さえるように聞いている母を眺め、彰はそっと左右を伺う。
左にいるのは兄の智だ。私立の名門、明星学園高等部の三年。兄は関心をはっきり見せてマトアカルの様子を観察するようだ。
右には妹の瑞樹がいる。彼女も明星学園、ただし中等部の三年。まだ子供っ気が強くて、今もただただ驚いている様子だ。
彰は正面の宇宙人に目を戻した。彼女は相変わらず明るい笑顔で前を向き、ただしさっきよりその視線をあちこちにさまよわせている。退屈し始めているのかもしれない。
それに気がついたのか、父が声を高めた。
「ああ、すまんすまん。話が長くなってはいかんな」
そう言って彼女の方へ少し身体を向け直す。
「それじゃ、我が家の自己紹介をさせてもらおう。私は今更だが榎原俊樹だ。よろしくお願いする」
「はい。あなたがえのきはらとしきの礎石です。わかります」
彼女は父が軽く頭を下げると、それに合わせて軽く会釈した。すると今度は母親が小さく身を乗り出した。
「私は妻の仁美です。よろしくね」
宇宙人は母の方に向き直って小さく頭を下げ、それから言った。
「妻はつまり、礎石の片方です。それでひとみです。わかります。では、えのきはらとしきひとみでいいですか?」
「え?」
目を丸くする母に、彼女は慌てたように口を閉じた。何か失敗をしたと思ったらしい。
「違うよ。日本人の名前は、名字と個人の名前に分かれているんだ」
それは彰の隣、兄の智だった。彼は親しげな笑みを浮かべて彼女の方に頷きかけた。彼女は驚いたように兄に視線を向けた。
兄はなめらかに続ける。
「だから我が家の名字は榎原、父の名が俊樹、だから父は榎原俊樹。母は榎原仁美」
彼はゆっくりと噛んで含めるようにそう言った。宇宙人は何度か頷きながら聞いている。彼はさらに続けた。
「僕は二人の最初の子供、長男の智。榎原智だ。よろしく」
「はい、わかります。さとしは要でなくて一でなくて、えのきはらさとし。覚えます」
兄はどうやら説明が通じたらしいのに満足したようだ。だが同時に戸惑ってもいる。それは彰にもよく分かる。奇妙なフレーズが幾つか混じっていたから。それぞれ言葉の意味はわかるが繋がりがわからない。
だが考えて分かることでもなさそうだ。とにかく次は自分の番だと彰は口を開いた。
「僕は次男、二番目の子供で、彰。榎原彰です」
彼女はまっすぐに彰を見た。ひどく生真面目な視線と、かすかな笑みを浮かべた唇。その若干の食い違う印象が気になる。そして唇が不思議な形で動く。
「はい。二番はえのきはらあきらです。覚えます」
聞こえてくるのはひとまずは流ちょうな、だがどこか起伏に乏しい日本語だ。
実際には彼女は自分の星の言葉で話しているはずだ。彼女の耳には小さなヘッドセットがついてあり、そこから口元には細い棒が伸びて、これがマイクになっている。彼女の言葉はここで拾われて、翻訳された後にそこから発せられるらしい。
ちなみに同時に彼女自身の声は消されているようだ。かすかに小鳥のさえずるような音が聞こえるのがそれらしい。ついでに地球人の言葉もこのヘッドセットが拾い、翻訳して彼女の耳に聞かせているとのこと。もっともそのセットのどこに翻訳機が入ってるのかは全然わからないが。
そんなことを考えながら彼女の顔を見ていると、ふと視線がぶつかった。何しろ美人だから真正面から見るのは気恥ずかしい。そのときふと彼女の目線が彼を通り越して後ろへ向かった気がした。
でもすぐに横で妹が自己紹介を始め、彼女の目は妹へ向かう。
「私は三番目、女の子だと一番目、長女の瑞樹です。榎原瑞樹」
「はい。三番はえのきはらみずきです。覚えます」
彼女は妹の顔を見て軽く頭を下げ、そしてその目は確かに妹から離れて背後をちらちらと動いた。
それで家族の自己紹介がすんだと見て、父が再び身を乗り出した。
「まあこんな家族だ。君も家族の一員として、誰に遠慮することもいらないからね。ひとまずはこんなところだ。何か聞きたいことはあるかね?」
それは何気ないひと言だったろう。だがそれは禁断の言葉だったのだ。
彼女は明らかにこれまでに見せなかった喜びをその整った顔に浮かべ、早口で言いだした。もっとも翻訳機を通して聞こえる声は、やはり至って平坦だ。
「今の言葉は、質問をしていいと理解します。それで正しいですか?」
父はとまどったように言葉を濁す。
「あ、いや、まあ、その……何か質問があるのかな? わかることなら何でも答えるが……」
「はい。では質問をします」
美形の異星人は父の言葉の半ばで腰を上げていた。そのまま応接机を回り込み、小さく跳ねるような足取りで彰達の座っているソファの後ろに回った。もちろん彰達は首を回して彼女を目で追う。
そこには棚があって、様々な飾り物が置いてある。多くは父が旅行や仕事で遠隔地に行ったときの土産物だ。特に趣味があるわけでなく、旅行へ行ったら土産は買うものだ、という感覚のものだからいわゆる定番の品が並んでいる。
一番端には木彫りの熊があった。彼女はそれを指さした。
「これは何ですか」
なるほど、彼女の目はさっきから家族の背後にあるその棚に向かっていたのだ。父も彼女の関心がどこにあったのかがわかったことでひとまずは落ち着いたようだ。
「ああ、それは木彫りの熊だよ」
「『き・ぼ・れ』とはなんですか」
「き……ああ、木彫りか。つまり、木を掘って、つまり削って作った細工物だ。木はわかるかな? 樹木、木材のこと」
それから父は彰達に向かって言った。
「通じないときは、言葉を換えて何通りか言ってみるんだ」
つまり翻訳機の語彙が完全ではないのだろうか。父としてはこれから一緒に暮らすことを考えて、家族に会話のコツを伝えているつもりのようだ。
そして確かにそれは効果があった。
「はい。材木、大きな植物の茎の硬質部、それを削って形を作った、それで正しいですか?」
「その通りだ。わかってくれたかな?」
父の言葉からは一区切りが着いたという安心感が漂っていた。だがそれはあまりにも甘すぎる判断だった。
「それで、この動物はクマというのですか? これは見たところ、大型動物のようですが、そうですか?」
父の顔は再び緊張した。
「ああ、多分人間より大きいくらいじゃないかな」
「これは、魚をくわえているようですが、魚を主食とするのですか?」
「いや、よくは知らないが、蜂蜜とかも食べるんじゃなかったかな」
「この国に生息していますか?」
「北海道にいるはずなんだが」
「北海道は地名と理解します。後で調べます」
父はまたほっと息をついた。だが彼女はさらに続けたのだ。
「この動物は尾がないように見えますが、そうなのですか?」
それからさらに質問は続いた。体の色はこの通りなのか、模様はないのか。目の色はどうなっているのか。どんな声で鳴くのか。もちろん父は途中から『知らない』『わからない』ばかりになる。
「ありがとうございます」
彼女は五分ばかり父を質問攻めにして、ようやく頭を下げた。父は今度こそ終わったと思ったはずだ。だが彼女はその木彫りを手に取り上げてこう続けたのだ。
「それではクマがくわえている魚ですが、これはなんですか?」
そうして今度は鮭に関する質問が始まった。それが終わると、ではなぜクマが鮭をくわえているのか、それを木彫りにすることの意味は何か、それに、それに。
彼女がその木彫りを棚に戻したのは、質問が始まって三〇分もたってからだった。今度こそ父も大きく息をついた。
だが次の瞬間、その顔がほとんど恐怖の形に引きつった。彼女がクマの木彫りの隣にあったホラ貝の置物を取り上げようとしたからだ。その棚には似たような置物があと五つはある。
「あ、いや、質問はこれくらいで」
父が焦りを声に表してそう言ったとき、彼女は意外に素直にそれを棚に戻した。それを見て父の顔に今度こそ安堵の色が浮かんだ。
「何もかも今日で片づけるものでもないだろう。まずは君の暮らす部屋を案内するよ。お前、頼む」
父が母に目を向ける。母は引きつった笑顔を浮かべ、腰を上げた。彼女は母の後ろについて部屋を出た。ちなみにさっきから廊下では人の出入りがあり、彼女の部屋の準備、家具の運び込みなどが行われていたようだ。
彼女が部屋から出ると黒服達も部屋を出て、そこには父と子供三人だけが残された。そこで一同は大きなため息をついた。
「いやあ、参ったな、これは」
疲労感をにじませた父の声が終わるのを待たず、彰の隣で智が声を荒らげた。もちろん小さく抑えてはあったが。
「なんなんだよ、あれ。宇宙人ってみんなあんな風なのか?」
兄は彼女への関心をすっかり無くした様だ。自己紹介まではいかにも興味津々の様子だったが、質問の嵐が始まると、その熱がどんどん冷めていったのが、隣にいてもよくわかった。
「いやいや、そんなことはないんだ。確かに言葉遣いはああだし、それにひどく詮索好きなんだが、それにしてもこれほどのことはないはずなんだ。ただな」
父は冷や汗を拭きながら言う。
「今回来た連中はみんな若くて、地球は初めてだと思う。もしどこでもこうなら、厄介なことになるかも知れんな」
父はそれから軽く首を振った。
「だがとにかく出来るだけのことはしなければならん。そこで相談だが、お前らの誰か一人、あの子の相談役になって欲しいんだ」
即座に声を上げたのは智だった。
「俺は嫌だぞ、何しろ受験があるからな」
多分兄はさっきまではその役に就くつもりだったろう。おおかた進学や進路の面で役に立つ経験となる、と言う腹があったはずだ。それがあの質問攻めに嫌気がさしたのだ。その気持ちは彰にもわかる。
ただし受験というのは口実に過ぎない。何しろ兄は私立の超進学校として有名な明星学園でトップクラスの成績を誇り、大学はほぼ選び放題なのだ。ただこの理由を口にすれば父が引く、ということは熟知していた。
「じゃあ、やはり同性だから……」
父の目が瑞樹に向かうが、妹も尻込みする。
「私も、今年は受験だから……」
これもまた口実だ。彼女も成績はよく、今は明星学園中等部にいるが、内部進学できるのはほぼ確実だ。だがこの理由はやはり強力に両親に作用する。とすれば引き受けるのが誰になるかは自動的に決まる。
「それもそうか、じゃあ、やっぱり彰、頼むぞ」
これが厄介事がいつも彰に回ってくる理由だった。面倒なことは優秀な兄と妹にはさせない、という判断が暗黙のうちに家庭を支配していたのだ。本当は彰の通う桜ヶ丘第一も公立ではトップレベルの進学校なのだ。しかしそれでも超有名校である明星とは格が違うし、何より世間の評価が違う。そしてそんな世間の評価がより大きな顔でまかり通るのがこの家庭内だった。
もちろん彼にはこうなれば自動的に諦める習性が身に付いている。とはいえ、さすがの彰も今回は素直に受けられない。
「待ってくれよ、いくら異星人といっても女の子なんだよ。僕がお世話するなんて、無理だよ!」
だが父は全く気にする様子もない。
「それはもちろんだが、そんな場面では母さんも手伝うし、瑞樹だって協力してくれるよな?」
瑞樹はやはり乗り気ではなさそうで、でも頷きはした。そしてそれは彰が引き受けることが確定した、ということでもある。
(しょうがないからな)
彼はかすかなため息と共に、内心で呟いた。家族の前では滅多に口にはしない。別に取り合ってもらえることもないが、たまに嫌な顔をされるのが煩わしかったからだ。
しかしさすがに何も聞かずに引き受ける、というわけにはいかない。
「それで、僕は何をすればいいんだ?」
その言葉で彰が引き受けると判断したのだろう、父は満面の笑みを浮かべる。
「ああ、つまりいつも彼女のそばにいて、行きたいところには連れて行く、やりたいことはさせる、質問には答える、まずはそんなところだ」
もちろん彼の意思が確認されることもないし、感謝やねぎらいの言葉もない。それもまたいつものことだ。ついでに智はもう他人事になったと涼しい顔だ。瑞樹の方はそこまでの割り切りはない。彰のことは兄としてそれなりに慕ってくれるし、今も申し訳なさそうな表情が見える。だが彰にはそれもたいした慰めにはならない。
ただし父の言うことは問題がある。確かにそんな役割の人間は必要なのだろうが、大変な重荷になりそうだ。特に『質問に答える』というのが。
それに何より『いつも』が問題だ。彰だって学校があるのを忘れてはいないか?
「でも、学校はどうするんだよ? 」
「ああ、それも一緒だ」
父はこともなげに言った。
「一緒って?」
「だから、学校も一緒だ」
あっけにとられる彰に向かって父は得々と語ってみせた。
「当然だろう。何しろ留学なんだから。明星にも桜ヶ丘第一にも内々で声はかけてあるんだ。明星の方がその気満々だったが、なあに公立ならいくらでも融通が利く。明日から通学だぞ」
父はそう言うと腰を上げた。
「さあ、そうと決まったら、お前をあの子に紹介しなければな。ついて来い」
そう言って部屋を出る父の後を目で追って、彰はため息をついた。それから急いでその後を追った。