留学生の代償
翌朝も厳格な監視の元に一家はそれぞれに家を後にした。彰とマトアカルには当然のように車三台仕立てが充てられた。
教室に入ると早速泰司と唯花がやってくる。
「ずいぶん物々しいじゃないか。一体どんなことになってるんだよ?」
もちろんニュースで流れていることもあるが、伏せられていることもある。特に口止めはされていないので、彰は二人にそのあたりの事情をかいつまんで話した。
「結構物騒な話だなあ」
泰司はさすがに深刻な顔だが、唯花の笑顔はほぼいつも通り。
「どうして宇宙人、嫌う人いるのかな? 全然わかんないわ。マトアカルなんて、こんなに面白いのに」
「特に面白いところはないと考えます」
いかにも面白くなさそうなマトアカルの返事に、唯花が返す。
「うん。面白いのはそんなところ」
「確かに理解できないね」
彰は不意に背後から聞こえた声に振り返った。そこにはいつ来たのか、あの片岡の姿があった。彰としては彼を警戒する必要はないと思うが、それでも彼の言動には注意せずにはいられない。
「何の話だ?」
「そこにいる捨てられた宇宙人に意見を聞きたい」
「捨てられた?」
彼は頷いた。いつも以上に暗い顔だった。
「本当に、何の話だ?」
「宇宙人の回答が出たんだ。出がけにネットで見てきた。後で自分たちの目で確かめるといい。どうやら彼らは留学生を守る気がないらしい」
片岡は彰の後ろからさらに一歩踏み出してマトアカルを見下ろす。彼女の方は表情を変えることもなくただ彼を見上げた。
「聞かせて欲しい。サプツルでは、星間交流を進めるためなら、留学生が殺されてもいいと判断するくらい、君たちの存在は軽いのか?」
マトアカルは片岡がその言葉を言い終わった後も、彼の口元を見つめていた。それから口を開くと平坦な声が流れ出る。
「代表団の発表はわかりません。ですが、交流推進のためなら留学している体を捨てる判断を下す可能性は大きいと考えます」
片岡はその言葉に一瞬ひるんだように見えた。でもすぐに気を取り直したように続ける。
「君の星では、人間の命は政策より軽いのか? 政府が決めれば、人間の命は捨てることが出来るのか?」
彼女は今度は即座に答えた。
「人間個人の生命は、何にも換えられない価値があるとの判断があります」
「じゃあどうして、地球に留学しているものを切り捨てる判断が出来るんだ?」
「その両者は矛盾しないと考えます」
マトアカルの返事はやはり即断だった。片岡は言葉を失ったように呆然と立っていた。
そこでチャイムが鳴り、生徒はそれぞれに自分の席に向かった。片岡は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに席に戻った。
彰はたった今聞いた片岡とマトアカルのやりとりを反芻していた。大きなポイントは二つ。
一つはサプツル代表団の発表だ。彼は『留学生を切り捨てた』と表現したが、これは後で確認しなければならない。そしてもう一つはマトアカルの答えだ。彼女は『留学生切り捨て』があり得ると認めた上で、それが『人命尊重』の考えと矛盾しないと答えた。
どう考えてもこれはおかしい。
ある大きな目的と人命尊重とが対立することは珍しいことではない。冒険や戦争、災害救助、様々な場面でそれらは対立する。もちろん両方立てられれば問題はない。困難な状況でそんな妙手を発見する、というのはよくあるドラマだ。そうでない場合は、どちらかをあきらめるか、どこかで妥協するか。それが当然だ。いずれにせよ矛盾を克服するか、何らかの形で割り切るか、ということになるだろう。それはサプツルでも同じのはずだ。
そこでマトアカルは悩む様子さえ見せず、端的に『矛盾しない』と言い切ったのだ。一体どのような状況があればそんな判断が可能なのだろう。彰には想像すらつかない。
しかし考えても答えは出ない。後で本人に聞いてみるのがいいだろう。彼はそれを記憶にしまい込むことにした。
学校での時間は、ほぼ昨日までと変わらなかった。ただそれまでよりも冷たい目、厳しい視線が少し多くなった気がした。それはやはり排斥運動の盛り上がりと繋がりがあるのだろう。しかしそれ以上に危険な兆候とは思えなかった。片岡は自分の席からときおりこちらを見ていたようだが、それ以降は話しかけてくることはなかった。
そんな風で学校では何事も起こらず、二人はまた車で家まで送り届けられた。家では父が待っていて、二人はすぐに居間に呼ばれた。内容はやはりサプツル側の回答のことだった。
その回答は、今朝早くに該当国と国連に対して送られてきた。国連からはすぐさま各国に発信された。他の国、特に留学生受け入れ国には他人事ではないので当然必要な措置だった。その内容は、大まかに言うと『サプツル代表団は、留学生の安全が各国政府の責任に於いて守られることを望む。また留学生の受けた損害については、必ず賠償されることを求める』というものだった。
この前半は、つまり留学生の無事に対して人間国家だけが責任をとる、ということ。言い換えると『サプツルの力で留学生を守ることはしない』ということだ。
これはサプツルの圧倒的な科学力ないし軍事力を行使することは行わない、という方針を打ち出したものとも取れる。地球の歴史でも在留邦人の保護を理由に軍が動き、それがきっかけで戦争に発展した事例は珍しくない。それをしない、というのは地球人から見れば安心できる条件だ。しかしこの条件では留学生の保護は地球国家の能力だけで行わなければならない。それでは絶対に守れるとは言い切れまい。本格的なテロリストが動いた場合など、準備をしていても守りきれない可能性は小さくない。
後段に関しては、今回の留学生の死への補償として、彼らはエネルギーによってそれを求めてきた。しかもその量はその国の年間エネルギー消費量の〇.一%。単純に言えば、国中の工場から家庭まで、すべての活動を八時間にわたって止めなければ購えない量だ。
その結果、各国政府は追いつめられた格好になった。
どの国でもサプツルとの交流は進めたい。何より超高度科学技術は喉から手が出るほどに欲しい。しかもそれを有する向こうが交流に積極的だからこちらから拒否できないという事情もある。しかしそのために国内の留学生を維持しようと思えば、絶対に守りきらなければ大きな負債を背負うことになるのだ。例の大国は、同時にエネルギー消費大国でもある。もし他国で同額を要求された場合には遙かに大きな犠牲を払わねばならなくなるだろう。
さらにこれを宇宙人排斥運動家から見れば、宇宙人を攻撃することがそのまま国の立場を悪くすることにつながる。留学生に損害を与えることが出来ればそれに応じて国が負債を抱えることになり、国民にも負担が返ってくる。当然政府は国民から糾弾されることになるだろう。
だったら最初から留学生がいなければいい。つまり、真っ先に留学生を帰す、という判断をする国も出てくるかも知れない。
「帰す?」
彰の声に父は頷いてみせる。
「当然だろう。留学生がいなければリスクを背負わないですむんだ。ただな」
父は上を向いて言った。
「これは最初からの約束でな。留学の中止については留学生の意思が最大限に尊重される」
彰は横のマトアカルに目を向けた。彼女は簡単に頷き返した。
「留学生に応募する時と、選考の時にそれを聞きました。それから出来る限り長く留学を維持するように努力すること、それも聞きました」
彼女の言葉を引き取るように、父は身を乗り出した。
「そう言うことだ。マトアカルさん、どうだろう? 日本の立場は昨日までと変わらない。出来る限りこの関係は維持していきたいし、そのための努力は惜しまない。留学を続ける意志はあるかね?」
彼女はまっすぐに父の顔を見ていた。
「この体においては、留学を中止する理由はないと考えます」
彼女の言葉には変な部分もあったが、結論は明らかだった。
「わかった。では話は決まりだ。おい、よろしく頼む」
父の最後の言葉は、入り口に立った渡辺に向けてのものだった。彼は父に向かって丁寧に頭を下げた。




