ケルベロスのポチちゃん
そのモンスターは体長が10メートルもある巨大な犬だった。
大きすぎて頭がほとんど天井にくっつきそうになっている。
その頭は三つもあった。
ケルベロス。
この三つの頭を持つ巨大犬がエナのペットのポチなのだろう。
よく見れば首輪のぶっとい鎖で地面に繋がれていた。
「あーポチ君、聞こえているかな? 俺は君を人間にしたいと思ってここに来た」
「ガオオオオオオオオオオオッ!」
理由は分からないが、ポチ君は今、話が聞ける状態ではないらしい。
このまま【吸魔】してしまってもいいが、それはもったいない。
俺は【魔物統率】スキルがあるので、モンスターに敵意を向けられる機会は少ない。
彼もせっかくやる気なんだ。
今後のために色々と試しておきたい。
「エドワード」
「どうした、エナ?」
「ポチは今、我を忘れてる。しつけてあげて」
「しつけって……ああ、犬なのか」
そうは言っても、【吸魔】したら人間になる相手を痛めつけるつもりは、もちろんない。
「ガオオオオオオオオオッ!」
モワアアアアアッ……。
ポチが何かを吐き出してきた。
緑色の気体。
「なるほど、毒か」
「エドワード様! な、何を落ち着いてるんですか!」
「わああああぁぁぁっ! 助けてぇぇぇ!」
俺ははっきりと言い放った。
「エナ、お前の意見に、初めて反対するぞ」
「?」
俺は【精霊風】を展開。これは冒険者のスキルとしてはそれほど高位というものではない。一般的な風起こしスキルだ。
住民のモンスターの誰かから【吸魔】してあったスキルの一つ。
「俺は開拓地の住民になってくれるモンスターに暴力を振るうつもりはない。だからポチをしつけるのは無しだ」
ごくありふれたスキルである【精霊風】。しかしこれはただ風を起こすだけのスキルではない。
この間こっそり試しに使ってみて気付いたのだ。
「なぜこのスキルは誰もこういう使い方をしなかったんだ?」
【精霊風】の焦点を絞る。空気と毒成分を分離。固めてゆく。
俺の手のひらの上に緑の丸い塊が出現していた。
それを地面に落とす。
ベチャッ。
それだけで毒のブレスは無効化された。
「うそ……何したの、今の」
「はわぁぁぁぁ……」
「すごい。魔王だった頃の私より。間違いなく、上……。この精密制御は異常。エドワード……」
ドゴオオオオオオッ!
ポチが炎を吐いた。
どうやらあの三頭の頭はそれぞれ違う能力があるらしい。
「うわあああああああっ!」
「いやあああああああっ!」
今度こそリジナ姉妹はそろって身をかがめた。
しかし――。
炎を【氷撃波】で打ち消す。
発生した水蒸気や爆風は【精霊風】で捕まえ、散らした。
「あれ? 消えた……なんで?」
「火の玉、消えちゃった……」
リジナ姉妹には炎が消えたようにしか見えなかったらしい。
バシャアアアアアッ!
今度は氷だ。
冷気のブレスが吹き付けられる。
が、手順は同じだ。
適切な強度の【炎撃波】を当てて打ち消し、発生した暴風を【精霊風】で散らす。
毒、炎、氷。
ポチ君はまだ魔法スキルに慣れていない俺の練習台としてちょうどいい相手だった。
「ありがとう、ポチ君。ではそろそろ人間にするけど、いいだろうか」
「ガオオオオオオオオッ!」
ポチが突進してきた。
「【吸魔】」
ズシャアアアアアアッ!
突進中に【吸魔】されて人間になったポチは、地面にすっ転んだ。
獣人?
頭に犬耳。尻の辺りに尻尾がついている。
胸と腰回りだけを隠すモコモコした毛糸の服装の女の子だ。
「ガアアアアアアアアッ!」
おや、人間化したというのにまだ理性が戻っていないらしい。
「【泡束縛】」
俺に飛びかかろうとしたポチは【泡束縛】に捉えられて拘束された。
カニ系のモンスターから【吸魔】したスキルだ。
相手をケガさせずに拘束するのに最適だ。
ポチ君……ではなくポチちゃんはアワアワの中で手足をばたつかせている。
「ふむ、人間になれば話ができると思ったが……【診断】!」
【診断】でポチちゃんの状態を確認。
混乱の状態異常にかかっていた。
たぶんダンジョンの魔力の影響なのだろう。
「【異常回復】」
「ガルル……あれっ?」
状態異常を回復してようやくポチちゃんの目に理性が戻る。
「ここは……あれれ? なんでボク? この泡なにー!? いやあぁーん! 取れないよぉーっ!」
俺は泡を消してポチちゃんを解放してやった。
「ん? これ、飾りなのか」
ポチちゃんの犬耳バンドがスポッと外れた。
【吸魔】したモンスターが人間ではなく獣人になるのはおかしいと思っていたが、付け耳だったらしい。
「俺の名前はエドワード・クレイル。事前承諾を得ず君を人間にしたが、許してくれるか?」
「え? ええええっ!? ほんとだっ! ボク、人間になってるぅーーっ! やったーーーーっ!」
そして俺の足にガシッとしがみついて靴をペロペロしてきた。
「ありがとうございますぅ! ご主人様ぁっ! ボク、一生ついていきますぅ! わふぅーん!」
わふーんって……。
犬耳も付け耳だったし、普通に人間だろうに。
まあ、彼女のようにモンスターの頃の癖や性質を色濃く残す住民は多いのだ。驚くほどではない。
「凄いですエドワード様っ! あんな巨大なモンスターをいともたやすく……。炎も氷も毒すらもあんなに簡単に消してしまうなんて。しかもあの泡の魔法。あんなの見たことないです!」
「ああっ、お姉ちゃんの目がこんなにキラキラしちゃうなんて。でも、はふぅぅぅ……私も感動しちゃったぁ。エドワード様、ステキですぅ」
なぜか知らないが身をよじって俺を見つめるリジナとリライザ。
「エドワード」
エナも俺の腰にぴたっとくっついてくる。
そしてにっこり笑った。
「ポチにやさしくしてくれて、ありがとう」
その時だ。
「わふ? 今の声! ああっ! お前はっ!」
俺の足元でわふわふ言っていたポチちゃんが飛び起きた。
「ポチ、ひさしぶり」
エナはしゅたっと片手を上げて、ごく気軽な感じのあいさつをした。
人間化した者同士だとちゃんとお互いを認識できるってのは、面白いよなあ。
見た目なんてモンスターの時と全然違うのに。
「ガルルルルルル。フゥゥーーーーッ!!」
あれ? ポチちゃん、なんか怒ってる?
「どうしたの、ポチ」
「どうしたもこうしたもっ! ボクをこんな場所に置いたまま、ずーーーーっと、帰って来ないんだもん! 許せない!」
「たしか1000年って話だったか?」
「そうだよ! ひどいよ! ボク、寂しかったんだから! 泣いちゃったんだから!」
エナはぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、ポチ」
1000年だもんなあ。そりゃあポチが怒るのも分かるが。
かといってエナだって楽な人生は送っていない。
「ポチ、エナはだいたい200年周期で人間に討伐されている。復活しても殺されてしまって、お前のことまで気にかける余裕はなかったのかもしれないぞ。復活しても殺されてしまうなんて、かわいそうだと思わないか?」
「うう、でも……ご主人様ぁ」
目をうるうるさせて俺を見上げるポチ。
俺はポチの頭をなでてやった。
なでなでなで。
「わふぅーん。わふわふ、わっふっふー」
めちゃくちゃ喜ぶポチ。
ただし、尻尾は付け耳同様飾りなので動かない。
「許してやってくれるか?」
「はい! ご主人様がそう言うのならっ! 1000年の待て、くらいなんでもないです! ご主人様大好きですわふっ!」
「よしよし」
「わふふーん! 大好きわふーっ!」
全身を俺にすりつけてゴロゴロ転がるポチ。
完全に犬である。
「ポチ、取られちゃった……」
エナが寂しそうにしていた。
「ああ、エナ。俺はお前からペットを横取りするつもりはなかったんだが」
「なら、私も。なでなでして、くれる?」
すっと体を寄せてくるエナ。
「もちろんだ。ほら」
なでなでなで。
「んふー……好き」
幸せそうな顔で笑うエナ。
「いいなぁ……」
「はぅぅ、私もなでなでしてほしいですぅ」
リジナとリライザも、俺にくっつく。
「分かった。分かったから。順番だ。な?」
俺はしばらく、甘える4人に構ってやるのだった。
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