新硬貨発行
城内の一室は今ティリアが仕事部屋として使っている。
俺の執務室ほど広くはないが、本棚にぎっしりと収まる本の数々や、机の上に積まれた書類の束から彼女の仕事量がうかがえる。
大賢者と呼ばれるだけあってその実務能力は実際、たいしたものだった。
いつも通り書き仕事をしているのだと思っていたら、ティリアが書いているのはどうやら書類の類ではなく手紙のようだ。
「誰に出すんだ?」
「うむ、ちょっと昔の教え子たちにな」
「ふむ?」
ティリアはアストラール王都の隅っこで子供相手の教師のようなことをしていたらしいから、残してきた生徒たちのことが心配なのかもしれない。
命からがらこの国に亡命してからもちゃんと気にかけるとは、どうやら彼女はいい先生だったようだ。
もう妻たちとの顔合わせも済んでいる。
当然エミーリンとも話す機会があったのだが……。
「まさか怒り出すとは思わなかったな」
「うん? ああ、大聖女のことか」
なんの脈絡もないつぶやきから、俺が何を考えていたか瞬時にたどり着く。やはり頭の回転が速い。
ティリアは手紙を書く手を止めずにため息を吐く。
「大聖女はルナスティーク教の象徴。権威はあっても本来権力を握る立場にはないのじゃ。教皇とは違っての。それが王の助言者のような立場に収っておるとは……」
「しかしエミーリンは権力どころか大聖女という肩書すらいらないと言っていたぞ」
ティリアは苦笑い。
「それじゃ。今までの大聖女は彼女のように無欲な者たちだったのだろう。だからこそ王も政治的な思惑のない意見を求められる存在として、重宝していたのかもしれぬが。ただその立場は非常に危ういものじゃ。悪意ある者が大聖女の地位に就けば、今の大神官のように簡単に権力を手に出来てしまうのだからの」
ティリアは手紙を書き終えて新たな手紙を書き始める。
「みながみな大聖女のように無欲な者ばかりだったのなら、ワシも命を狙われずに済んだかもしれんがの」
「それはお前が面と向かって大神官の悪行を批判したからだと言っていなかったか?」
「ははは。この性格ばかりはどうしようもない。相手が極悪人だと分かっていて尻尾を振るような真似をするくらいならワシは死を選ぶ」
「なら俺が道を踏み外そうとしたら、遠慮なく批判してくれていいぞ」
ティリアはにっこりと笑った。
「国王どのにはそれは必要のないことだと思うよ。城下町を見て回ったのだがの、この国の住民たちはみな心の底から国王どのを敬愛しておる。それは国王どのがそれだけ国民のことを考え、誠実に仕事をしてきた証じゃ。国王どのが悪の道に堕ちるなど想像すらできぬ。むしろワシのほうこそ、おごり、道を踏み外そうものなら、容赦なく処罰を下してもらいたい」
「分かった、覚えておこう」
「のう、国王どの」
手紙を書く手を止めて、急に真面目な顔になるティリア。
「どうした?」
「やっぱりティリアちゃんと呼んではもらえぬか?」
何を言い出すかと思えば。
机の上の菓子皿が空になっていた。
俺は黙って【調理】で出したクッキーをザラザラとその中に入れてやった。
「お、おおっ! 国王どのの出してくれたクッキーは本当に美味での。ワシの大好物じゃ! はむっ……サクサクあまーい! むふー!」
クッキーを前に目を輝かせる姿は、まるっきり見た目通りの少女そのままだった。
アバトが部屋に入ってきた。
「国王様、こちらにいらっしゃいましたか」
「どうした?」
「ドワーフの里から連絡が。例の物ができたとのことでございます」
「すぐに行く」
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「はっはっは! よく来たなエドワード! 会いたかったぞ! とっても、とっても、とーーってもな!!」
ドワーフの里、エリザベスの屋敷。
いつもの大部屋でエリザベスはイスに座っているのではなく、立って俺を迎えた。
エリザベスの前には一抱えほどの木箱が三つ。
「これが例の物か」
エリザベスに頼んでいた、ある物の量産が始まったのだ。
箱の中にはぎっしり詰まった銅貨、銀貨、そして金貨だ。
「ほう、よくできているな……って、これは俺の顔か?」
「デザインは特に指定されていなかったからな! 硬貨に刻まれるのはいつの時代も王の顔だ! そしてお前は王だろう、エドワード!」
なんだかいかにも偉ぶった権力者になってしまった気がするが、まあ仕方ないか。
我が国はどんどんと発展し、もう人口は5000人に達した。目を見張るような急速な成長と言っていいだろう。もう十分町と言ってもいい規模だ。
ビクシャの協力もあって外貨の獲得も順調だが、いつまでも外貨だけの運用というわけにはいかない。
外貨はどこまで行っても外貨。
いよいよ我が国独自の通貨を作る時が来たというわけだ。
「それにしても見事な硬貨だな。これほどまでに形状が均一で美しい円形の硬貨は見たことがない。アストラールで流通している物よりあきらかに質が上だ」
「はっはっはっはーーっ! ほめ過ぎだーー! これ以上エドワードを好きになってしまったら私は! 我慢ができなくなってしまーーう! 好きだーーーーっ! 好きだーーーーっ! 愛しているぞーーーーっ!」
屋敷の外にまで聞こえるような愛の叫び。いや、他のドワーフたちに聞かせているのだろう。
「しかしこれほどの量の硬貨の鋳造、本当によくやってくれたな」
「私たちはドワーフ族だ! ドワーフは金属加工のプロフェッショナルであーーる! はっはっはっはーーーーっ!」
「ではこれからは金塊や銀塊ではなく、硬貨として金属を納入してくれるか?」
「分かった!」
笑顔で胸を張るエリザベス。
「族長、なにやらのろけた大声が聞こえてきやしたが」
「エドワードの旦那ですかい?」
「おお、来てたんですかエドワード様!」
「エドワード様、ようこそ!」
エリザベスの愛の絶叫を聞きつけて、ドワーフたちがドヤドヤと屋敷に入ってきた。
「ちょうどいい。酒を出す。空の樽を持ってきてくれ」
俺の一言にドワーフたちは大喜び。
「よっ! 大将! 待ってました!!」
「やっほーーい! エドワードの旦那に祝福あれ!」
俺はエリザベスに言った。
「なんだか悪いな。いつもいつも酒ばかりで」
「何を言っている! 毛皮とか農作物とか、色々譲ってもらってるではないか! それに里や鉱山の警備まで。我々ドワーフは鉱山開発と金属加工のスペシャリストであーーる! しかし他の事は得意ではない! いつもいつも助かっているぞ! 我が愛しきエドワード!」
ガシッ!
エリザベスは俺の腰に抱き着いて見上げてきた。
「今日は少しくらいいっしょにいてくれるのだろう? せっかく酒があるというのに、お前と飲めないのでは味も半減だ」
そうだな。たまにはいいだろう。
ドワーフたちは本当によくやってくれている。俺はそんなドワーフたちに対して十分な見返りをしてやれていないという気持ちああった。
それにエリザベスは妻だし、俺は妻の言うことは最大限聞いてやりたい。
「分かった。付き合おう」
「お、お、お……」
プルプルと体を震わせるエリザベス。
次の瞬間。
「やったーーーーっ!! エドワードーーっ!! 好きだ好きだ好きだーーーーっ! 今日は飲もう! 潰れるまで! はっはっはー!!」
いや潰れるまでは飲まないが。
俺は硬貨鋳造の成功を祝してエリザベスたちと大いに盛り上がるのだった。




