巨大狼の誘い
そろそろ、俺が【吸魔】を手に入れてから一ヶ月、といったところだろうか。
森の開拓は順調に進んでいる。
開拓した土地を畑にするには、また違った労力が必要だが、住民たちはみんな勤勉だ。きっと上手くやってくれるだろう。
近くに川があったのもよかった。
生活用水の心配はない。
「王様」
「アバトか」
執務室にアバトが来た。
「何かあったのか? アリソンのやつがまた瓶を蹴飛ばして中の水をぶちまけたか? エクサーが釣りをしていてうっかり川に落ちたか? クレアの腰痛が悪化したか?」
「いえ、そうではありません。モンスターです。正門西側を開拓していた木こりが遭遇しました」
「すぐに行く」
俺は執務机での書き物をやめて、立ち上がる。
モンスターの発見。それは新しい住民を増やすチャンスでもある。
住民はモンスターに襲われないが、コミュニケーションを取ることはできない。
つまり、俺が直接出向く必要があるのだ。
「エドワード」
そでが引っ張られる。
「分かってる、いっしょに行きたいんだろ?」
エナはこくりとうなずいた。
この元魔王の少女は、いつもいつも俺について来たがる。
もちろん俺は魔王をないがしろにするつもりはないので、断ることはない。
みんなから王様と呼ばれはしても、俺はエナを下に思ったことは一度もないのだから。
そして森へ。
「あっ、王様!」
「王様、こんなところまでご足労いただきありがとうございます!」
「伐採は順調です、王様」
俺を見るとみんな頭を下げてあいさつをしてくる。
職人気質の住人の中には、くだけた態度で接してくる者もいるが、大抵は彼らのような感じだ。
「そんなにかしこまらなくてもいい。俺は偉そうにするつもりはない」
責任ある立場なのである程度は仕方ないことかもしれないが、こういった彼らの態度にも慣れていかないといけないのだろうか。
「おおぉ……なんという寛大な」
「俺、人間になれて本当によかったです。いえ、たとえ人間でなくとも、王様のようなお人の下で働けて幸せです」
やれやれ、言ったそばからこれだ。
ならば話を変えるしかないか。
「ああそうだ。例のモンスターが出たというのはどこだ?」
「こちらです。案内します」
俺は木こりについて行った。
到着した先は、伐採中の森の中だった。
巨大な狼が木々を背にして体を伏せていた。
5メートルほどもある巨体だ。
特に暴れた様子はない。
「グレイトウルフ。城のモンスターじゃ、ない」
エナがつぶやく。
エナは知っているモンスターなら名前で呼ぶ。
つまり彼は元々エナの管轄にいなかったモンスター、他人ってことか。
「この狼が居座っているせいで、こっち方面の伐採は中断しています。おとなしくはしてるんですが、場所が……」
作業の邪魔、ということか。
この巨体で居座られたら、そりゃあ邪魔なはずだ。
言うことを聞いてくれるか分からないが、一応話してみるか。
「まったりしているところ悪いが、ちょっと聞いてくれるか?」
狼が俺を見る。
「俺はエドワード・クレイル。かつての魔王城に住み、その住民たちと周辺を開拓している者だ。俺はお前を人間にすることができる。ただしスキルは失われる。もし人間となって俺たちの仲間になりたいと言うのなら歓迎しよう」
狼は巨体を起こして俺の前に頭を垂れた。
よろしくってことだろう。
しかし【吸魔】を使おうとした俺に背を向けて、狼は離れようとする。
巨大狼は森の奥へと入っていく。
「うん? どうしたのだろうか」
「分からない」
エナも首をひねっている。
「おや」
森に入って消えるかと思われた狼。こちらを振り向いてじっと見つめている。
「ついてこい、ということか」
俺は後ろを振り返る。
伐採されて開けた景色の向こうには、いざ土を掘り起こし、切り株や石を取り除き、畑となる土を耕そうと大勢の者たちが出てきている。
彼らの顔に浮かぶのは一様に笑顔。苦しい作業だというのは分かっているだろうに、その先にある未来を見据えているのだ。
彼らを置いてこの場を離れてもいいのだろうか?
住民はモンスターに襲われないとはいえ、普通の野生動物、たとえば熊などが出れば危険だ。
などと考えていた時だ。
エナが俺の顔を覗き込んでいた。
「どうかしたか?」
「エドワード、過保護すぎ。もっとみんなのこと、信じてあげて」
「ふむ」
過保護か。考えてもみなかったが、そうかもしれない。
彼らは人間となったことでスキルは失ったが、代わりにお互いに協力するという知恵を身に付けた。
バラバラで襲って来ては、冒険者に蹴散らされていただけのモンスターでは、もうない。
多少の外出くらいなら問題はないだろう。
俺は木こりに言った。
「少し、留守にする。遅くなることはないだろうが、何かあればアバトに指示を仰げ」
「ハッ! どうかお気を付けくださいませ!」
巨大狼はまだこちらをじっと見つめていた。
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