大賢者ティリアの追放
このワシ、大賢者ティリアは長命なエルフ種の女性として波乱万丈な人生を送ってきた。
人間ならほんの14歳程度の見た目ながら、実は500歳を超える年齢なのじゃ。
300年前にアストラール王国に来て恩を受け、ワシはこの国に仕えることとなった。
ワシは政治や法の知識を何代もの王に教えた。助言者として常に一歩引いて、王の相談に乗っていた。
しかしそんなワシを、貴族の取り巻きたちはよく思っておらんかったのじゃろうなあ。
ワシは貴族たちにイジメられ、貴族に入れ知恵された王からも疎まれるようになった。
100年ほど前からワシは、王宮を辞して王都の一角の小さな家に住み、近所の子供に勉学を教える私塾の教師のようなことをしておった。
「ティリアせんせー! ここ、教えてー!」
「おうおう、ここはな、ほれ、こうすると簡単じゃ」
「先生、このアジュムダール王国の役人登用制度について分からないところがあるのですが」
「ああ、それはの……」
今日もワシは下は5歳から上は18歳までの子供たちに勉学を教えておる。
子供たちに教えるのはとても楽しく、これがワシの天職だと思っておった。
もう王宮暮らしや貴族に囲まれての生活は遠い昔の記憶。
忘れて久しいおぼろげなものでしかなくなっていた。
そんな時じゃ。
「先生!! 大変です! 大聖女が退位し、大神官が新たに就任すると!」
「なんじゃと!?」
駆け込んできたのは元ワシの生徒で45歳の国の役人。名前はジュラー。
ワシの生徒たちはとても優秀で、ワシの塾を巣立ってからは様々な国の王家に登用され、役人や官僚として名を馳せる者が多かった。
ジュラーからすべての話を聞き終えたワシは、怒りが湧き上がってくるのを感じた。
ルナスティーク教の象徴である大神官ともあろう者が、大量暗殺などという悪行で今の地位についたというのじゃ。
しかも王のそばに侍り、助言者のように振る舞って権力を振るっているとか。
信じられぬ。
これはまさに国家の一大事。
ワシは100年ぶりにこの国から受けた恩を思い出した。
あんなにひどい仕打ちを受けてもこうして王都に残り続けていたのは、この国に未練があったからじゃ。
今こそ王宮に戻り、国王の目を覚まさせてやらねばならぬ。
「すまぬがお前たち、今日の授業はここまでじゃ。これからワシはしばらく留守にするでの。次の授業がいつになるかは分からぬ。親御さんたちにもそう言っておくれ」
「えーーーーっ!」
「せんせいの授業もっと聞きたーーい!」
「せんせい行っちゃやだーーっ!」
すがりつく子供たちをなんとかなだめて、ワシは王宮へと向かった。
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謁見の間。
「まさか……あの大賢者ティリア・キエルリナ本人と申されるか」
国王はワシを見て大口を開けて驚いておる。
「うむ。覚えておらぬかハイデリンよ。ワシは産着姿のお主を抱っこしてやったこともあるのじゃぞ」
「ティリアよ、世捨て人となってどこぞへと消えたとしか伝わっておらなかったが……なぜ戻ってきたのじゃ」
ワシは教え子たちには自分のことは秘密にするようにと固く言い聞かせてあるからの。
教え子たちはみな言いつけを守るいい子ばかりじゃ。
ワシが王都の片隅で隠遁生活を送ってこれたのも、巣立っていった教え子たちの協力によるところも大きい。
国王はワシが王都にいたことも知らなかったようじゃ。
「余はどうすればいい、大神官よ……」
国王は動揺した表情で、となりに立つ痩身の中年男性を見る。
その男こそ大神官マグダス。
人の命をなんとも思わず暗殺を繰り返し、大神官の座に就いた悪の根源よ。
ワシは声をはりあげた。
「たわけ者!!」
謁見の間にワシの怒声が響き渡る。
国王の取り巻きの貴族たちや大神官は言うに及ばず、国王自身も口を閉ざして静まり返った。
「大神官とはルナスティーク教の象徴。それがどうして王の相談役のような顔をして立っておるのじゃ。王も王じゃ。こやつはその地位を手に入れるために多くの人間を暗殺した悪の根源じゃ。そのような者に意見を求め、権力を持たせるとはどういう了見なのか説明してもらおう」
「これはこれは、大賢者どの。私は何も権力を振るおうなどとは考えておりません。それにこうして王に意見を求められるのはなにも私に限った話ではありません。前大聖女もやはり王のとなりに立ち、よく相談に乗っていたという話でしたからな」
大神官は余裕の笑みを浮かべておる。
逆に驚いたのはワシのほうじゃった。
「それはまことかっ……」
まさか大聖女ともあろう者がそのような、国政に触れる立場におったとは。
ずっと王宮から離れて世事に疎かったワシには分からぬことじゃった。
「大賢者どののほうこそ、何を今さら大きな顔をして王宮に上がり込んで来たのです? 大賢者どのが国を見捨てて王宮を去ってもう100年になりますか。時折ふらっと現れては生まれたばかりの王子を愛でたりもしていたそうですが、王宮の者たちはそんなあなたの振る舞いに眉をひそめていたのですよ。迷惑だったのです」
「大神官様! それは言いすぎです! 大賢者様は太古より我が国に仕え、国の発展に多大なる貢献してきた偉大な……」
貴族の一人がそんなことを言うが、大神官のひとにらみで黙らされてしまう。
ヘタに逆らえば暗殺されるのは自分、そう思えば黙らざるを得ないのじゃろう。
「ワシが王宮を離れていたのには理由が……」
この男は知らぬじゃろう。
ワシがかつて王宮内でどれほど陰湿なイジメを受けてきたのか。
貴族たちの言いなりになった当時の王からどんなひどい仕打ちを受けたのか。
「どんな理由があろうとも、王の助言者という役目を捨てて王宮を去った者に、今さら国政に口を出す権利などない! しかもお前は国王様のことをたわけなどと罵倒した! これは大罪である! そうでしょう、国王様?」
「う、うむ……」
ワシを見ないままで小さく返事をする国王。
「国王様への罵倒の言葉、これは本来なら処刑ものの重罪ですよ」
重ねて言う大神官。
こうして国王の意見を誘導し、操っておるのか。
しかし国王は頼りなさげな顔で反論した。
「大神官よ、さすがに処刑はやり過ぎではないか?」
「さすがはお優しい国王様。では追放処分でどうでしょう。元々自ら王宮を去ったこの者にはたいした罰にはならないかもしれませんが、国の中にいられてはまた同じように怒鳴り込んでくるやもしれません」
「そうじゃな。大賢者ティリアよ。本日をもってそなたをこの国より追放する!」
「なっ――」
もうここまでこの国は腐敗しておったか。
ワシが目を離した100年の間にここまで……。
無念じゃ。
ワシはアストラール王国から追放された。
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