御用商人ビクシャ
領主の屋敷から帰る道中。
ビクシャが足を止めた。
「どうした? さっきからずっと、心ここにあらずといった様子だが」
「……なぜ主様はあんなことを?」
領主の屋敷でのことだ。
「我が国の御用商人への先行投資としては、決して高い金額ではなかったが?」
その瞬間だ。
ビクシャの目から大粒の涙がこぼれて落ちた。
ぽたぽたと、無表情でただ涙だけを流し続ける。
それから、はにかんだ笑顔になって言った。
「主様」
「うん?」
「商人のいない国の価値をご存じでしょうか? それは未開拓の金の鉱山に匹敵します。私はたどり着いた主様の国を見て、黄金の島を見つけた探検家の気持ちだったのです。金貨の山としてしか見ていませんでした」
「ふむ」
「御用商人として召し抱えて欲しいと大見得を切ったあのときも、ただ自分の欲を満たすため。主様に取り入ろうとしたのです」
「恥ずべきことではないと思うが」
「はい。私もあの時はそう思っていました。ですが今は違います。恥ずかしいです。主様の大きさが計り切れていなかったことが恥ずかしいです。主様は、すべての人間が命を投げ打ってでも仕えたいと思うような、そういう王です。古今あらゆる王の、理想の姿です」
いつも芝居がかっていたビクシャが、今は心から言っているということが理解できた。
だから俺はあえて言わせるままにしておいた。
「これからよろしく頼むぞ、ビクシャよ」
「はいっ……はいっ!!」
ビクシャはしばらくの間、笑顔で泣き続けた。
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俺たちはビクシャの所属する商会の在エンチグ商館。その門を叩き、商会長の前に金貨の山を積んで見せた。
例の、太ったポイズントードに似ているという商会長だ。
「これできっちりビクシャの借金の全額だ。間違いないな」
「なっ!? これはっ!? ええと……はい。間違いございません。えと、あなた様はいったい……」
「エドワード・クレイル・スターレイモンド。スターレイモンド王国の初代国王だ」
ガタアアアァァァァァン!
商会長はイスから転げ落ちた。
「こ、こここ国王様でいらっしゃいますか!? 申し訳ありません! これは失礼いたしました! 勉強不足でお恥ずかしい限りです! 」
勉強不足というのは聞いたことのない国の名前だからだろう。
しかし目の前に積まれている金貨が国王だという言葉の正しさを証明している。この商会長の反応も分からなくはない。
別に俺は国王自慢をしたかったわけではない。
どうせ今後は人々に知られる名となる。
ならば今後交易で付き合いの発生しそうな商会の商会長には、挨拶をしておくべきだと思ったのだ。
「それから」
俺は懐から取り出した書類を机の上に叩きつけた。
「これはビクシャがお前の商会に所属しているゲワワイルという男に騙された証拠だ。ゲワワイルには然るべき処分を下すがよい」
「こっ、これはぁぁぁっ!!」
どうやら商会を預かる者として一目見ただけで理解したらしい。
この書類は領主しか触れない場所に保管してあった、なんということのない証書の類だ。
別に領主は不正を働いていたわけではない。ただの紙面上の記録だ。
しかし、決定的な証拠である。
お礼のついでとしてもらってきたのだ。
「あとビクシャは今日をもってこの商会を脱退し、我が国の御用商人となる。よいか?」
もはや商会長は酸欠の魚のように口をパクパクさせるしかできなくなっていた。
「えっと……そういうことです。今までお世話になりました、商会長」
ビクシャはぺこりと頭を下げて言ったのだった。
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エンチグから転移門へと向かう間、ビクシャは俺のそばにぴったり寄り添って離れなかった。
「主様」
「なんだ?」
「あの時のことなんですけど……」
「あの時?」
「領主にお礼をさせてほしいと言われたときのことです」
「ああ、あれか。それがどうかしたか?」
ビクシャは少し言いにくそうに頬をかいた。
「領主には現金を要求するのではなく恩を着せたままのほうが、後々大きな利益に繋がります。主様は、当然気付いてましたよね?」
「そうだな」
「主様なら私の借金分のお金くらい、主様自らが用意することもできたはずです」
「それもその通りだ」
「では……なぜあそこで現金を要求したのですか?」
なんということのない理由だ。
さて、どう言ったものか。
「さあな。これから我が国の御用商人として仕えてくれるお前に、少し恰好をつけたかったのかもしれん」
その瞬間だ。
ガバッ!
ビクシャが俺に抱き着いてきた。
「歩きにくいのだが」
「もう、今日は主様は……全部、死ぬほどカッコよかったです。カッコよすぎてカッコよすぎて私……あうぅぅ」
ビクシャと歩く転移門までの道は、とても歩きにくかった。
俺は彼女にしがみつかれたまま、その頭をなでてやっていた。
もしかしたらまた妻が一人増えてしまうかもしれないな、などとこの時は思ったのだが、その予感は当たった。
ビクシャは俺の5番目の妻となった。
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