元大聖女エミーリンの告白
ルシエンたちと対決した直後。
突然隊商のみながざわつく。
「あっ!」
「大丈夫ですか!」
「ああっ!」
大聖女がふらついたのだ。
俺は倒れる彼女を抱き止めた。
「大丈夫か、大聖女よ。ずいぶんと疲労しているようだが」
「だい……じょうぶ……です。あっ――」
言いながら、大聖女は気を失ってしまった。
シスターが言った。
「大聖女様は……この一ヶ月及ぶ……長旅には……耐えられ……」
「お前は?」
シスターも見るからに限界だ。顔色は蒼白。
「私も、もう……」
「おっと」
倒れたシスターを抱き止める。
二人とも意識を失ってしまったか。
「お前たち、俺は一度城へ戻る。大丈夫だ、心配ない。そんな顔をするな」
隊商のみなを安心させるために笑ってやり、それから二人を担いで茂みへと入る。
そこに転移門を設置した。
本当なら魔の森の入り口に設置したかったがとりあえずはこれでいい。
【門転移】で城へと帰還した。
そして城の客室の一つへと運び、彼女たちを寝かせて【回復】をかけた。
「エドワード、この子は?」
「ルナスティーク教の、大聖女だ。知っているか?」
「んーー?」
ぽやんと上を見上げて考えるエナ。しかし分からないらしい。
ルナスティーク教と言えば魔王討伐の先導者みたいなところがあるのだが、知らないのはちょっと意外だ。
まあ魔王だった頃のエナは外の世界にほとんど興味を示さなかったらしいからな。
「リズ、それにミーシャ。二人のことは任せたぞ。【回復】はかけたが疲労は寝て治すしかない」
「ええ、大丈夫です。お任せください」
「はい。意識を取り戻されましたら、報告しますね」
俺はメイドたちに任せて執務室に向かった。
その日は仕事の間、ずっと彼女たちのことが気がかりだった。
大聖女が目を覚ましたのは次の日になってからだった。
俺と二人で話がしたいと大聖女から申し入れがあった。
もちろん俺は断る理由は無い。
昨日の部屋へと急いだ。
「もう具合はいいのか? 大聖女よ」
大聖女はベッドから体を起こしていた。
部屋に入ってきた俺に気付くと、その目に涙が浮かんだ。
「お、おい。なぜ泣くのだ?」
「ああ、エドワード……。会いたかったっ……!」
ぼろぼろと涙をこぼし、泣き出す大聖女。
俺に会いたかったと言って、笑顔で泣いている。
俺に記憶にあるのは、魔王討伐へ送り出す際の、なんとも言えない悲し気な顔だけだというのに。
「大聖女よ、お前の話を聞かせてもらえるか?」
「あっ!! その前に!」
「どうした?」
「私の護衛たちが。騎士の3人です」
「ああ、知らせが入った。遺体を発見し、回収したと。きちんと埋葬し、弔ってやろう」
「そうですか……彼らは立派でした。恋に狂った愚かな私などにはもったいないほどに。彼らの献身が、私をあなたに引き合わせてくれたのだと思います。感謝してもしきれません」
「恋……」
大聖女は一度目を閉じて、それからはっきりと俺を見て言った。
「それはあなたにです、エドワード。私は、あなたに会うためだけに魔の森へと入ったのです。いいえ、会えなくてもいい。あなたがもう死んでいるのなら、私も共に逝きたかった。まるで身投げのような恋です。彼らは私の話をすべて聞き、理解してくれました。愚かであさましい、私の思いをです。ですから私はあなたに伝えなければなりません。それが彼らの献身に報いることなのです」
潤んだ瞳で俺を見つめる大聖女。
力のこもった、しかし美しい瞳であった。
「私は……エドワード、あなたが好きです」
それから大聖女は祈るようなポーズで目を閉じた。
「ああ、ちゃんと言えました……」
命を賭して、生きているか死んでいるかも分からない相手を探しに行く。そこまで一途な想いを向けられていたとは。
「そして、エドワード。私の話を聞きたい、でしたよね。でもその前に……」
「なんだ?」
「私はもう大聖女ではありません。一般人です。ですのでエミーリン、と呼んでください」
大聖女ではなく一般人とは驚きの発言だが、俺はただこう言ってやる。
「分かった、エミーリン」
「ああっ……」
パサッ。
なぜか仰向けにベッドへ倒れ込んでしまうエミーリン。
「大丈夫か? まだ体がよくなっていないのではないか?」
「いえ、少し、その……感極まってしまいました」
「そうか」
「あの、エドワード。私のこと、覚えていますか?」
「ああ、俺が魔王討伐に向かう時は、ずいぶんと沈んだ顔をしていたな」
エミーリンはショックを受けたような顔になる。
「えっ、あっ……。そう、ですよね。あの時もあなたは私のことを忘れていたようでしたから。それで私は落ち込んでいたんですよ。おかしいですよね、私ったら。そんなこと当たり前だったのに。一年前のビシャール戦争の時も、やっぱりあなたは私のこと、覚えてなかったのに」
「つまり、俺とお前は会ったことがある、ということか?」
「はい。あの……覚えていますか? 昔あなたはよく、花畑にいらっしゃいました」
「ああ、俺は庭師の息子だから……あっ!? もしや、あの時の……」
思い出した。
俺がまだ子供だった頃のことだ。
教会敷地内の花畑。父が手掛けていた場所だ。当時は俺も父についてよく遊びに行っていた。
そこで会った女の子。
まるで人形のように可愛らしく、神々しささえあった美しい少女。
あの子か。
よく話をした覚えがある。
少女は俺が何かを話す度に笑ってくれた。
その笑顔が見たくて、俺は色々話をしたものだった。
「思い出した。まさかあの子がお前だったとは。よく見れば面影がある。なるほど」
「ああっ……!」
また泣き出すエミーリン。
俺は彼女が落ち着くまで辛抱強く待った。
涙を指で拭ったエミーリンはようやく話し始めた。
「エドワード、私は……あの頃の私は……あなたに救われたんです。当時の私は大聖女候補として、教会内の権力争いを見ながら過ごしていました。それは、教会の教えとは異なる、目をそむけたくなるようなものでした。私はほとんど生きる希望を見いだせず、自分の運命を恨んで暗い毎日を過ごしていたのです」
教会内が骨肉の権力闘争の場だというのは有名な話だ。
大聖女候補であればそんな争いとは当然、無縁ではいられなかったのだろう。
「教会の敷地にあった美しい花畑だけが、唯一の心の慰めでした。しかし、そこに現れた男の子は、私にとって花々以上の、光をもたらしてくれました」
それが俺なのだろう。
「男の子は私に積極的に話しかけてくれました。彼の話す話はどれも新鮮で、私は胸が躍るような気持ちでその話を聞いていました。いつしか私は、彼と会うことだけが楽しみとなっていました」
まさか俺がそんな風に思われていたとは。
当時の俺は少女が喜んでくれるのに気を良くして、色々と話していたにすぎなかったのだが。
聞き手があんなに楽しそうにしていたら、話すほうだって気合が入ってしまうものだ。
内容はほとんど覚えていないが、たぶん子供が好きそうな冒険譚だとか英雄譚だとか、そのあたりだ。
「私は生きる希望を取り戻しました。運命を受け入れる勇気をもらいました。エドワード、あなたからもらったのです」
「そうか。それは光栄だ」
なるほど。それで彼女は教会に戻る決心をしたのか。
ある時を境にぱったりと花畑に来なくなったからな。
「実はあの時私は、あなたを【鑑定】していました。あなたにはユニークスキルがあった。ユニークスキルは本当に珍しい、凄い才能なのです」
いや、俺の【魔法耐性】は……。
【吸魔】になるまで、どれだけこのスキルを呪ったことか。
「私は、あなたを勇者のパーティーに推薦してしまいました。ユニークスキルという才能を持つあなたなら、きっと活躍できると思ったから。聖騎士になれば、わずかでも恩返しになると思ったから……」
エミーリンの顔にあるのは深い後悔の表情。
ようやく分かった。
彼女が俺を勇者のパーティーに入れた理由が。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。謝って済む話ではないと分かっています。きっとあなたは魔の森で一人で、つらい思いをしていたのでしょう」
ここでルシエンたちの拷問について話すことはできる。
俺がどれだけつらい目に遭っていたかぶちまけることは簡単だ。
だが……。
「気にするな。俺はお前を少しも恨んではいない」
もう彼らのことは忘れることにしたのだ。
忘れて心から消し去ることにしたのだから。
ならば問うまい。
俺はエミーリンを許した。
「ああっ! エドワード! 好きっ! 好きです! 昔から! ずっと! 子供の頃からあなたのことだけを想っていました! 愛しています! エドワード……」
俺はそっとエミーリンの肩を抱いた。
ん……。
視線を感じて振り向いてみればエナが入り口に立っていた。
両手を上げて大きなマルのポーズ。
そしてにっこり笑顔。
意味は……分かる。
「エミーリン、紹介したい相手がいるが会ってくれるか?」
「はいっ!」
泣き腫らした顔で笑うエミーリン。
俺は彼女に妻たちを紹介した。
エミーリンは3番目の妻になった。
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