勇者サイド11、直接対決
俺、勇者ルシエンは死体から剣を引き抜いて言った。
「クククク。たいした相手じゃねえな。逃げて逃げて逃げて、最後には捕まって死ぬんだ。行きつくところは同じさ」
逃げる相手を追いかけるってのは気分がいいぜ。
暗殺稼業に身を置いてから覚えた数少ない楽しみのひとつだ。
「最初のデブを見たか? ははっ! 背負った荷物ごとバーベキューだ!」
ラースも楽し気に笑っている。
「もっと弱めの魔法にしておくんだったわ。MPがもったいなーい」
サナヤもだ。
これで俺たちは自由になれる。
その事実が俺たちの気分を高揚させていた。
大聖女の護衛の数は少なかった。たったの3人。ゲールの言った通りだ。楽勝過ぎる。
2人は殺した。
あと護衛は1人だ。
「ちょっと考えたんだがよ、あのゲールって男のこと、本当に信用していいのか? 用済みになった俺たちのこと、バラすんじゃねえか?」
ラースがそんなことを言う。
この筋肉バカはたまに頭を働かせると、ろくなことを言い出さない。
俺は叫んだ。
「バカが! どっちみち任務を放棄すればゲールは俺たちのことをバラすんだ! そうすりゃもう聖騎士への道は永久に閉ざされるんだよ!」
言うことを聞いても聞かなくても、絶対の保証なんてものはどこにもないんだ。
くそっ!
せっかく気持ちよく狩りを楽しんでたってのに、水を差すようなことを言いやがって。
だが一連の暗殺任務で、ゲールが国外ではなくアストラール国内の権力者の命を受けて動いている可能性が見えてきた。
これは希望だ。
とにかく、黒幕がアストラールの人間であれば、まだチャンスはある。
魔王を倒して聖騎士になれば、俺たちをただの暗殺の道具としてではなく、今度は政治的な繋がりを求めて接触してくるはずだ。
そうなればこっちのもの。
俺はゲールの雇い主の後ろ盾を得つつ、アストラール国内で強力な権力を振るうことができるようになる。
そのためにはまず、なんとしても大聖女を殺さなくては。
「よし、お前ら気を引き締めろ。狩り気分はここまでだ。この任務をきっちりこなすことだけを考えろ!」
「残りはあと1人ね。走るのよ!」
無論だ。
雑魚ではあったが、2人目にはそこそこ時間を取られてしまっていた。
まさか【大地壁】を使うやつがいるとは。あれはなかなかに高度な魔法スキルだったはずだ。
だがまあ殺した。
足止めを食っちまったが、必ず追い付いて大聖女を殺す。そのことに変わりはない。
見えた。
最後の護衛が足を止め俺たちを待ち構えていた。
先に女どもを逃がして、やる気らしい。
「【氷槍】!!」
ズドオオオオオッ!!
サナヤが魔法を放つが、護衛は当然のように受け流す。
最後の1人はやはり一番腕の立つやつが残っていやがったか。
「おらぁっ! 【割地断】!!」
ズガアアアアアアアッ!
ラースが斧を地面に叩きつけ、地割れが走った。
「ハアッ!!」
ドガアアアアッ!
しかし護衛の放った斬撃が地割れを止めた。
やはり、やる。
こんなリスクは負いたくなかったが、仕方ない。
俺は護衛に飛び込んだ。
「無謀な突撃! 未熟なり! 所詮雇われの暗殺者か!」
おいおい、何を勘違いしている。
俺様は勇者なんだぜ。
すでに護衛を2人始末しているんだから、俺の力量ぐらいわかっているだろうに。
護衛が剣を振る。速い。
が、受けられない速度じゃない。
ギイイィィィン!
受ける。
そして、この距離まで肉薄してしまえばあとは――。
【光身剣】発動。
止まる世界。
ドブシュゥゥゥゥッ!
使った【光身剣】は1秒。
「がふっっ!」
倒れる護衛。
「貴様……その剣……勇者……」
「黙れ雑魚が」
グシュッ!
倒れた護衛の首にもう一度剣を突き刺す。
「あとは女どもだけだ! 行くぞ」
「おうっ!」
俺たちは走る。
走って走って、そして――。
「ルシエン、あれ……」
サナヤがつぶやいた。
「お、おい……」
ラースの動揺した声。
「お前たち何を言って……あっ!」
俺も見た。
視界の先の人物を。
大聖女たちがすがりつく、1人の男。
「エドワード!! 生きていたのかっっ!!」
「ルシエンよ、なぜ大聖女の命を狙うのだ?」
逃げた大聖女が見えなくなってから、エドワードはそんなことを聞いてくる。
おかしい。
エドワードとはこんなに落ち着いた男だったか?
俺の知っているエドワードはもっとビクビクしたやつだったはずだ。
まあいい。
護衛は全員殺した。
俺は顔を隠していた布を解いた。
ラースとサナヤも素顔を晒す。
「久しぶりだな、エドワード」
最後の最後で出てきたのがこの肉壁というのはまさに神の導きじゃあないか。
運命の女神が俺に微笑んでいる。
こいつを使えば魔王を殺すだけじゃない。ビシャール国に再び戦いを挑み、敵将を討ち取ることだって可能だ。
肉壁を得た俺は無敵だ。
エドワード。
ああエドワードエドワード。どれほどお前に会いたかったことか。
よくこの勇者である俺様の前に現れてくれた。
まさに今! 世界は! 俺様のために回っている!
「よう、肉壁。ずいぶん偉そうになったじゃねえか」
「ふふっ、またたっぷり遊んであげるわ。逃げた大聖女を殺した後でね」
ラースとサナヤも不敵な笑みを浮かべている。
ああ、ようやくすべてがピタリとハマった。
そうだ。無敵だったあの頃の俺らはこんな感じだった。
あの頃に戻ったのだ。
ここから始まるんだ! 俺たちの輝かしい栄光の歴史が!
「お前たちは俺の質問に答えてはいないな。なぜ、大聖女の命を狙うのだ?」
エドワードはピクリとも表情を動かさず、落ち着き払った声で言ってきた。
「おいおいエドワード、お前――えっ……」
ラースの言葉は途中で驚愕のそれに変わった。
ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ。
俺も気付いた。
地面が泥のぬかるみに変わっている。
「【泥地面】だ。泥魔系のモンスターから【吸魔】したスキルだ。今の俺のステータスで使えば周囲一帯を泥の海に沈めることはたやすい」
「ええっ!? エドワードが魔法をっ! ウソでしょ!?」
「バカなっ! こんなっ! それにこの規模……どうなってんだ!?」
驚愕の叫びを上げるサナヤとラース。
泥の海と化した地面にひざまで浸かってしまっている。
「エドワード、これはどういうことだ?」
内心の震えを悟られないように、俺は聞いた。
エドワードはつまらなそうに俺を見るだけ。
「どう、とは? 今言った通りだ。ルシエンよ、お前の切り札は【光身剣】。20秒間の間に近づけぬよう機動力さえ封じてしまえば、どうということのないスキルだ」
「あ……あ……」
バカな。
バカなバカなバカな!
なんだいったい!? どうなっている!?
理解できない。何が起こっているのかまるで分からない。
「さて、もう一度聞こう。なぜ大聖女が魔の森へ逃げて、それをお前らが追っているのだ? 事情を説明してほしいのだが」
「【撃竜火炎槍】!」
ゴバアアアアアッ!
サナヤの最強魔法がエドワードに直撃した。
「うそ……でしょ……」
「俺に魔法は効かない。もう忘れてしまったのか?」
違う。エドワードは魔法が効かないのではなく、魔法で死なないだけのはずだ!
今のエドワードは明らかにそんな次元じゃない!
直撃の瞬間、魔法がかき消えてしまったのだ。
「ふむ。どうやらお前たちは聖騎士に列聖されたわけではなさそうだな。ということは魔王の死亡判定は出ていないのか。なるほど、魔王を【吸魔】した場合、そういう処理になるのか。それでもう一度魔王の討伐に来たというわけか。いや待てよ。それだと大聖女が追われていることに繋がらない」
淡々とつぶやくエドワード。
まるで俺たちのことなど眼中にないかのように。
屈辱だ。
こんな屈辱があってたまるか!!
エドワードエドワードエドワード!!
怒りで視界が真っ赤に染まる。
ダメだ。落ち着け。冷静になれ。
今俺たちの前に立っているエドワードは、たしかに俺の知っているエドワードじゃない。
こいつは強い。
魔法も使えるようになったし、その規模も威力も常識では考えられないほどだ。
認めよう。
エドワードは俺たちより、格上の存在なのだ。
そしてエドワードは俺の【光身剣】の特性も知り尽くしている。
だがそれで俺の【光身剣】が役に立たなくなったわけじゃない。
たしかに今は泥に足を取られて動けないが、なんとかやつを誘い込めばいいんだ。
とにかく距離を詰めればこっちのものだ。
俺はエドワードの興味を引くために口を開いた。
「くくく……そんなに知りたいか? 俺たちの目的を。なぜ大聖女を追っているのか。ならこっちへ――」
「いや」
しかしエドワードは感情のこもらない声で言い放った。
「一応聞いてみたまでだ。話したくないならそれでもいい。大聖女に聞けば済む話だ」
「う……」
俺を見もしない!
服についたホコリを払ってやがる!
あ? 俺の価値はチリやホコリ以下だって言いたいのか?
ふざけやがって! 殺してやるっっ!!
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっっ!!
ここまでエドワードにコケにされたのは初めてだった。
ああああああっ!!
くそがああああああああっ!!
怒りで頭が破裂しそうだ!
「待て! 待て待て! エドワード! 俺の話も聞いてくれ!」
ラースが声を上げた。
「ふむ?」
「お前、俺たちがお前と別れてから、どんな目に遭ったか知らねえだろ。聖騎士になれなかったどころじゃねえ。散々だったんだ! 地獄の日々さ! 戦場に放り込まれて、死にそうな目に遭ったんだ!」
「そうよ! パンすら買えなくなって、空腹で死にかけたのよ!!」
泣きたくなるようなみじめな話だ。
エドワードにだけは知られたくなかった。
なのにこいつらはっ!
プライドがないのかっ!
と思ったその瞬間。ちらりと俺に目を向けてくるラース。
目配せだ。
そして気付いた。
足が熱い。まるでマグマにでも突っ込んでしまったみたいだ。
そういうことか!!
なら次にエドワードの注意を引くのは俺の番だ。
「エドワード! 聞いてくれ!!」
エドワードがようやく俺を見る。道に落ちている石を見るような目だった。
「俺はたしかに大聖女を狙った! それは悪党に命じられてやったことだ! 俺は食う金にも困って暗殺者に身を落としたんだ! その日を食ってくために人を殺した! すべて仕方なかったことなんだ!」
まだか? ラース!
「なあエドワード! もう一度俺らと組もう! 魔王を倒すんだ! そうすりゃ俺たちは聖騎士! 輝かしい、最高の人生が待っている! どうだ!」
その時だ。
ラースが動いた。
斧を振るった。
「【割地断】!!」
ドゴオオオオオオッ!!
サナヤの魔法で熱せられた地面は、乾いて泥ではなくなっていた。
ラースの一撃によって地面は割れ、俺は抜け出せるようになった。
今だ!!
【光身剣】発動。
世界が静止する。
エドワードはアホみたいに突っ立ったまま固まっている。
エドワードの下へ一気に飛び込み、剣を振る。
ズバアアアアアァァァァァッ!
「ひっ、ひひっ! ひはははははははは! あーーっははははははは!」
ドバアッ! ズバアアッ! ドバアアッ!
斬る。斬る斬る斬る斬る斬る!
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! ぎひひひ! ひっひひひひひはああーーーーっ! 死ね死ね死ね死ねえええええええ!!」
ズバズバズバズバ! ドバズバズバズバドバ!
雑魚が! ちょっと強くなったくらいでいい気になりやがって!
ああ? 俺たちを泥にハメたくらいで勝ったつもりか?
クソザコナメクジ野郎のエドワードがよォォォ!
「ぐくははははははは! あっははははははーーーーっ!!」
いい気分だぜぇーーっ! 最高だ!
もっともっと細切れになれ! 死ね! 消えてなくなれ!
ズバァッ! ドバアアアッ! ドバズバズバズバァッ!
肉壁として活用できなくなったのは少々残念だが、構うもんか。
スカした態度で俺をコケにした代償を払ってもらうぜ!
俺の楽しい虐殺タイムはあっという間に終わりを告げる。
【光身剣】、終了。
目の前にはぐちゃぐちゃの血だまりになったエドワードが……エドワードが……。
薄い。
なんだこれ。
エドワードの死体がなんだか薄くなって消えていく。
「【鏡像】だ。ミラーファントムというモンスターから【吸魔】したスキルだ。俺が使えば血やダメージまで再現される【鏡像】を作り出すことができる。本体は【隠形】。これはありふれたシーフ系のスキルだからお前も知っているはずだな。一時的に姿を隠すことができるスキルだ。今のステータスで使うと少し、効果時間が長い」
落ち着いた声。
生徒を前にして話す王立学院の教師のような口調だった。
エドワードが立っていた。
変わらぬ姿で。
「バカ……な……」
俺はその場に両手をついて崩れ落ちた。
「ふむ。もう斬ってこないか。ということは【光身剣】は正真正銘打ち止めということだな。制限時間を全部使い切るとは、節約家のお前らしくない。……ずいぶん気持ちよく斬ったみたいだな」
ちらりと後ろを見れば、ラースとサナヤも俺と同じポーズで地面に手を突いていた。
もうどうしようもない。
完全なる敗北。
絶望だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます
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