大聖女の悩み3、突然の襲撃者
私、ただの一般人エミーリンの旅は、とてもつらく過酷なものとなりました。
私とメルダはずっと聖堂で暮らしてきました。
どうしても体力がありません。
毎日足が棒のようになるまで歩き、1ヶ月をかけてなんとかエンチグの町へとたどり着きました。
路銀はほとんど尽きてしまいました。
メルダが言うには私の名で資金を集めれば、すぐにまとまったお金を用意することができると言っていました。
しかしそんなことはできません。
私はもう大聖女ではありません。
ただの一人の一般人……いいえ、ただの一人の女です。
愚かな16の小娘が、愛した男性のために、死にに行くのです。
そのために信者たちにお金を出させるわけにはいきません。
そしてエンチグを出て、いよいよ魔の森へ出発です。
騎士リウエン、騎士アルルトラ、騎士スギン。
メルダが教会騎士団でひそかに声をかけて集めてきた者たちです。
私は何度も言い聞かせました。
この旅は非常に危険なもので、死ぬ可能性が高いと。
しかしその度に彼らは笑うのです。「ならなおさら、ついて行かないわけにはいきません」と。
旅の目的についても正直に打ち明けました。
大聖女という肩書にあるまじき、愚かな恋する娘の胸中を。
エドワードを捜索することだけが私のすべてで、生き延びるのを考えるのは彼の生死を確認してからなのだと。
それでも彼らは同意してくれました。
共に死にましょうと。
魔の森への道中、私たちは歩きながら会話をします。
「私のわがままに付き合わせてしまって、申し訳ないと思っています」
私は何度目か分からない謝罪をします。
「何をおっしゃっているのですか大聖女様。むしろ私は申し訳ない気持ちでいっぱいです。あれだけ大見得を切っておいて、わずか3人しか護衛を集めることができなかったのですから。急な任務で遠方に向かわされたものの中に、大聖女様の信者のほとんどが含まれていたのです」
メルダは申し訳なさそうに言います。
私はもう大聖女などという地位に未練はありませんが、何か、嫌な予感がします。
メルダが3人しか集められなかったのは、何者かの邪魔があったのではないか、と。
いえ、そんなことを考えても仕方ありません。
騎士リウエンが言いました。
「問題はありません。護衛は数ではありませんよ。質です。私たちはみな、思いを一つにしてこの場にいるのです。それは大聖女様を守り抜く、というただ一つの決意です。大聖女様のためならば、相手が誰であろうがひるむことはありません」
騎士アルルトラも笑いました。
「私は妻に旅立たれてからというもの、子もなく生きがいを見失っておりました。この命、大聖女様のためにお使いできるならば悔いはありません。むしろ大聖女様の目的を聞いてほっとしました。捜索なら、魔王と戦う必要はないでしょうから」
騎士スギンもドンと、自分の大きな腹を叩きます。
「俺は力だけが自慢ですが、巨大なモンスターの相手ならばお任せください。戦斧の一振りでドラゴンだって叩き割って見せましょう」
スギンは巨大な背嚢を背負い、荷物運びの役目まで兼任しています。
つまり、明らかな人員不足です。
魔の森に挑むには、これでは不十分。
彼らの無理な明るさも、きっとそれを理解しているからでしょう。
笑って誤魔化さなければ、不安に押しつぶされそうになるのでしょう。
私だってそうです。
怖いです。
でも……。
私にはもうエドワードのことしか考えられないのです。
死ぬのなら。
どうせ死ぬのなら。
エドワードの亡骸の上で死にたい。
エドワード……待っていてください。
今、参ります。
「おい、あれはなんだ!!」
背後を確認していたアルルトラが叫びました。
私は後ろを振り返ります。
荒野の向こうに黒い点がありました。
人です。
エンチグの町を出た私たちを追ってきている者がいるのです。
「敵か?」
「分からん。まだ判断はできん……しかし……」
スギンが聞いて、リウエンが難しい顔をしました。
偶然であるはずがありません。
この荒野の先には魔の森しかありません。
普通の人間ならここを歩くなどありえないはずなのです。
「ああ。やっぱり俺たちを追ってきてるんだ。どうする?」
「警戒を怠るな。いつでも逃げられるよう覚悟をしておけ。もし攻撃してくるようなら応戦も視野に入れなければならんが」
「はい!」
魔の森の入り口までもうすぐ。
その時です。
「近づいて来てる! 走っているぞ!!」
黒い点は3つありました。
迫ってきているようです。
「大聖女様、走れますか?」
メルダが真剣な顔で聞いて来ます。
もちろんうなずきました。
「はい」
「みんな走れっ! 逃げるぞっ! 追いつかれるなっ!!」
リウエンの号令。
私たちは走りました。
全力で。
魔の森へと入ります。
「入り口だ! 道があるぞ! 奥へ続いてる!」
「急げ! 急げっ!」
魔の森に道があるとは知りませんでした。
未開の大森林だとばかり思っていました。
この道はいつからあるのでしょう。
私たちは無我夢中で走り続けます。
「【大地壁】」
ドドドドドドオッ!
アルルトラが魔法で土の壁を作りました。
「これは……」
驚く私にアルルトラが説明します。
「私は土魔術が得意でしてな。この広さの道ならばこれでふさげます。効果時間は1時間。迂回されたとしても時間稼ぎにはなるはず。走り続けるんです!」
全員はうなずいて再び走ります。
そしてしばらく走った辺りでそれは聞こえてきました。
ドゴオオオオオオオオン!
背後からです。
全員、顔を見合わせます。
「まさか……」
みんな緊張した顔です。
壁が破られたことを察したのでしょう。
「みんな走れっ!!」
私たちは再度全力で走ります。
「うわあっ!?」
転んだのは最後尾を走っていたスギンでした。
大きな体と大きな荷物。走って逃げるのには向いていなかったのです。
「俺に構わず逃げろ!!」
「スギン!!」
私の腕を強く引いたのはメルダでした。
「大聖女様。ここにいる全員、みな大聖女様のために命を捨てる覚悟を決めております。大聖女様も覚悟を決めて、逃げ延びる事だけをお考え下さい。それが私たち全員の望みなのです。いいですね」
メルダは決意のこもった目で、じっと私を見つめます。
スギンが叫びました。
「大丈夫だ! あいつらはただの物盗りだ! 荷物を渡せば帰っていくさ。いいから気にせず走れ! 前を向くんだ! こっちを見るな! 走れえええええええっ!!」
最後のほうはかすれるほどの大声。
彼がなぜそれほどの声を上げたのか、全員がすぐに理解しました。
巨大な炎の槍が空中に出現していました。
10メートルはありそうです。
並みの魔法ではないことは明らかでした。
「大聖女様!!」
メルダが私の腕を引きます。痛いほどに。
私は彼女に引きずられるようにして走りました。
「森に入るべきか……」
リウエンが迷うそぶりを見せます。
「【大地壁】」
ドドドドドドオッ!
アルルトラが言いました。
「大地壁があるぶんまっすぐ走ったほうが距離を稼げる! 走れっ!」
「分かった!」
こうして私たちは魔の森の奥へと逃げて行きました。
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