勇者サイド9、逃れられない絶望
俺、勇者ルシエンは怪しい男ゲールの指示の下、幾度となく暗殺任務をこなしていた。
最初の仕事からもう1ヶ月以上経過していた。
人気のない廃倉庫。
ここが俺たちの現在の隠れ家である。
「サナヤ、酒を買ってこい」
ラースがよどんだ目でサナヤを見る
サナヤはあきれたように首を振った。
「いやよ。命令してんじゃないわよ。筋肉バカの上にアル中になって、みっともないったらないわ」
「んだと? てめえだって……」
しかしラースは言葉を止めた。
疲れで殴る気力もなくなっているらしい。
「チッ、飲んでもちっとも気分が晴れやしねえ。くそったれが」
ラースが吐き捨て、俺も頭を振った。
「こんなことなら暗殺の仕事なんて引き受けるんじゃなかった」
金を得ようが俺たちは犯罪者。その事実は何も変わっちゃいない。
いや、状況は以前より悪化している。
平民を殺すのとはわけが違う。俺たちの殺しのターゲットとして指定されるのは、基本的に権力者だ。
最初に殺った貴族はまだ可愛いものだった。
そうだ。俺たちに回ってくる任務の暗殺対象は、回を増すごとに危険な相手になってきている。
「はぁー……。私たち、あとどれくらいこんなことを続けなきゃならないのかしら。町の人だって喜ぶどころか怖がってるだけじゃない。恐怖の連続殺人事件って。私たち義賊って話じゃなかったの?」
あきれた女だ。
この期に及んでまだそんなことを言っているとは。
もうそういうレベルの話じゃなくなっているというのに。
「サナヤ、気付いていなかったのか?」
「何よ?」
「前回のターゲットだ」
「それがどうしたのよ」
そう、俺の知っている相手だったのだ。
「ふん、お前は王宮の貴族の顔や名前なんていちいち覚えていないか」
「えっ!? じゃあ……」
「そうだ。グリンドフ卿だ。王の側近の一人だ。この間の仕事はヤバいヤマだったんだよ。クソッ! 名前を教えられない時点で気付くべきだった! ゲールは俺とグリンドフ卿が顔見知りである可能性も想定していたんだ!」
「気付いた時なんで言わなかったのよ!」
「もうターゲットは目の前だったんだ。言ったらビビってヘマをしたかもしれないだろう? いくら俺たちは顔を隠していたとはいえ、万が一しくじって生かしていたら、俺たちだとバレたかもしれねえ。そうしたら今頃俺らの人相書きには莫大な懸賞金が掛けられていただろう」
さすがにこれはヤバい。
俺もようやく気付いた。
自分が破滅の沼に足を取られているという事実に。
俺たちはあのゲールとかいう男にハメられたのだ。
「な、なあルシエン」
ラースは焦点の定まらない目をしている。手は震えっぱなしだ。
サナヤの言う通り、ラースはアル中だ。酒の量が増えていた。
飲んでいない時は指が震えるほどだ。
俺もサナヤもラースほどじゃないが、最近は酒の量が増えてきている。
飲まなきゃ不安に押しつぶされそうになる。
「なんだ?」
「そろそろ逃げようぜ。どこか遠くの国にでも行ってさ。もう冒険者としてやっていくことはできないが、どこかの田舎でクワでも握ってよ。畑を耕すんだ」
ガシャン!
俺が投げつけた酒瓶が壁に当たり、中の液体をぶちまけた。
「バカ野郎! ウスノロのてめえにはお似合いな人生設計だが、俺には勇者としての、輝かしい未来が待ってんだよ! こんなところであきらめられるか!!」
言ってて自分でもむなしくなる。
それはあまりにも可能性の低い、夢物語でしかないからだ。
「私たち、どうしてこうなっちゃったんでしょうね……」
サナヤが天井を見上げてつぶやいた。
「知るかよっ……」
俺は頭をかきむしった。
ギィィィィィ……。
耳障りなきしみ音を立てて、倉庫の扉が開く。
俺たちのよく知る男が立っていた。
「ヒッヒッヒッヒッヒ。さあさ、次の仕事の準備をしてくださいな。元勇者の皆様方」
ゲールだった。
いつもと同じ、気味の悪いニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「断る」
「ヒョッ?」
ゲールは表情をピクリとも変えなかった。
「もうたくさんだ。やってられるか! 最初の約束はどうした! 悪人だけを斬るって話だっただろう?」
「ええ。ええ。もちろんでございますよ。彼らは悪人。間違いございません」
ゲールは忠実な召使のような声色で話す。
「じゃあこの間の仕事はなんだ! グリンドフ卿がターゲットだなんて、俺は聞いていなかったぞ!」
「ヒッヒッヒッヒ! あまりその名を大声で叫ばれないほうがよろしいかと思いますが。ほら、治安兵たちの耳に入ったら一大事でございましょう?」
「もう十分おおごとだ! 俺はもう終わりだ。破滅なんだよ。この勇者である俺様がだ! くそったれが! 全部お前のせいだ!」
俺は聖剣の刀身を半分ほど引き抜く。
もう終わりにしよう。
このクソ野郎を斬って。
「私を斬ったところでどうにもなりませんよ」
「なんだと?」
「ヒッヒ。あなた様は勘違いをしておられる。まさかこの私がすべての黒幕だと? まさかまさか。そんなわけないじゃありませんか。私はただの使いっ走り。下っ端でございますよ。都合よく使われて捨てられる、あなた方と同じようにね。キヒヒヒヒッ」
これがこの男の本性だ。一人称もいつからか「あっし」から「私」に変わっていた。
「私を殺せばあなた方の悪事はすべて王国に筒抜けになるでしょう。アストラール王国史上類を見ない大犯罪者として、世に名を知られることとなりましょうなあ。そうすればもう表の世界では生きていけません」
「くそがああああああっ!!」
ドガッ!
俺は手近な荷箱を蹴り飛ばした。
「あ、あああ……ああああぁぁぁっ! ああああああーーーーっ!!」
サナヤは顔を覆って泣き出した。
「なんで……どうして……ありえない……俺は……なんで……」
ラースもぶつぶつと意味を為さない言葉をもらし続ける。
「ですが勇者様、ご安心ください」
ピタリ、と二人の嘆きの声が止まる。
ラースもサナヤも、まるで天から降りてきた神でも見るかのように、このゲールを見つめていた。
これがこの男の話術なのだ。
分かっていても、俺もつい希望の光を見てしまう。この醜悪な男の顔に。
「正真正銘、これが最後のお仕事でございます。これが終わればあなた方を解放して差し上げましょう。名を変えて冒険者を続けるもよし、莫大な報酬も元手に商売を始めるもよし。もちろんこの国に留まることはできませんが、他国へ逃がす手はずも整えて差し上げましょう。安全で、豊かな未来をお約束いたしますよ」
「だが……俺は……俺様は……勇者なんだ。聖騎士としての未来が……」
「不可能では、ございません」
「えっ!?」
ゲールのニヤニヤ笑いが、まるで聖母の微笑みのように見えてしまう。
ラースとサナヤはすでに、床にひざを突いて手を組み、ゲールを拝んでいた。平伏していた。
ついさっきまで俺たちを大犯罪者と罵り、表の世界で生きていけないと脅した相手をだ。
「たしかにあなた様は、今のアストラール王国ではもう這い上がることは不可能でしょう。完全に王国の敵です。しかし、それはあくまでも今の国王、今の国の体制ならば、です」
「あ……あ……」
分かった。
こいつが何を言っているのか。
このゲールという男の目的がなんだったのか。
「お前は、ビシャール国の……」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ! ヒッヒッヒ! ヒッヒッヒッヒッヒ! さあ勇者様方! お仕事の準備をしていただきましょう!」
「無理だ……」
俺は首を振った。
「国王は殺せない」
それは何も国を敵に回すのが怖いなどという問題じゃない。
国王には国の最高レベルの者たちが護衛に付いている。
護衛だけじゃない。
城にはやはり最高の兵士たちが集まっている。
たとえ【光身剣】で王を殺ったとしても、城の兵士たちと戦い続ければ【光身剣】の制限時間は尽き、体力が尽き、MPが尽きる。いずれは必ずすべてが尽きて、俺は倒れる。負ける。絶対に死ぬ。
だから不可能なのだ。
「いえいえ、ご安心ください。何も私めは国王を殺せと言っているわけではございません」
そんな俺の絶望を知ってか、スッと救いの言葉を滑り込ませてくる。俺がすがりつきたくなるようなタイミングでだ。
俺は初めて、この男に恐怖した。
聖剣を持ち、無敵の【光身剣】を使うこの俺がだ。
こいつは悪魔だ。
「じゃあまさか……大聖女か?」
それも無理だ。
国王ほどじゃないとしても、教会権威の象徴である大聖女だって似たようなものだ。
そんな大物は殺れない。
俺の心を見透かしたようにゲールは笑う。
「いえいえいえ。そんな大それた相手じゃありません。先のグリンドフ卿よりも小さな相手です。しかも護衛も連れずにお忍びで移動する情報も掴んでおります。簡単にやれる相手でございますよ」
俺はサナヤとラースを見た。
二人とも、疲れ果てた顔をしていた。
人生のすべてに絶望した顔だった。
「分かった」
うなずくことしかできなかった。
俺は自分の体に繋がれた、操り人形の糸を見た気がした。
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