勇者サイド6、盗みの日々
俺、勇者ルシエンは下町の、露店が多く建ち並ぶ通りにいた。
パン屋の露店からは、甘くて香ばしい匂いが漂っていた。
あの甘い匂いははちみつだ。
焼きたてのパンにたっぷりのはちみつをかければ、これ以上食欲を刺激する食べ物はない。
はちみつパンがこの店の看板商品なのだろう。
「まいどあり」
少年が大きな長パンが4つも入った麻袋を店主から受け取っていた。
俺は走った。
ドン!
「あいたっ! ……ドロボー!」
少年に思い切り体当たりをかまして、袋を奪う。
そのまま路地裏へと身を隠した。
大丈夫。フードを目深に被っていたので顔は見られていないはずだ。
薄汚い路地の中を進み、隠れ家である空き家へとたどり着く。
コンコン、ココン。
仲間と決めておいた符丁でノックをすると、中からラースが現れた。
「早く入れ」
言われるまでもない。
俺は隠れ家へと入った。
「凄いじゃない! 今日はごちそうね!」
俺が盗んできたパンを見てサナヤは目を輝かせた。
「何を喜んでいる。俺たちは犯罪者。国から追われる立場なんだぞ! もうすぐ聖騎士になれたはずの俺たちがだ!!」
「そうね……ごめんなさい」
サナヤは顔をうつむかせた。
「くそっ! どうしてこうなったんだ! 俺には輝かしい未来が待っているはずだったんだ。それが、今やこんなパン一つのために盗みを繰り返さなきゃならない! みじめすぎてどうにかなりそうだ!」
「分かった。ルシエン、落ち着け。せっかくのパンが冷めちまう。俺もサナヤも腹が減って死にそうなんだ」
俺はラースとサナヤにパンを渡した。
しばらく無言の食事が続く。
会話の話題がないのではなく、食事に夢中なのだ。
俺たちはみんな、腹を空かせていた。
あっという間に食べ終わった。
「「「あ……」」」
三人の声が重なる。
テーブル代わりの荷箱の上にはパンの袋。
袋にはパンが一つ残っていた。
俺が盗んできたパンは4つだったから、一つ余ったのだ。
「な、なあルシエン。聞いてくれ。俺は昨日、それに一昨日も仕事に出た。分かるだろ?」
仕事というのはもちろん、盗みのことだ。
「何が言いたい?」
「俺は三人の中で一番、仕事をしている。つまり俺にはこのパンを食う権利があるってことだ」
「ちょっとラース! 仕事なら私だってしてるわよ。三日前は私がリンゴを盗ってきたじゃない!」
ラースに掴みかかるサナヤ。
俺はパンに手を伸ばす。
「ダメだ。これは俺が盗ってきた物だ。俺の物だ」
くそっ。ここへ来る前に食っておくんだった!
しかしそんな余裕はなかった。
盗みの直後だ。追われているかもしれない状況の中で、そんなことをするリスクは犯せなかった。
もちろん俺様のいざという時の最後の切り札である【光身剣】を使うのはさらにありえない。あれはもうこんな状況になったら、命の危険が目の前に迫るような事態になったときくらいにしか使えない。
ガシッ!
パンを掴む。
「てめえ、ラース……なんの真似だ?」
ラースもパンを掴んでいた。袋ごと。
「俺たちはいいパーティーだ。そうだろ? なら仲間のためにパンを分け与えるくらいのことは、勇者として必要な資質ってやつじゃないのか?」
都合のいい時だけ持ち上げやがって!
勇者だと? ラースは一度も俺をそんな風に思っちゃいない。俺の【光身剣】を恐れているからビクついて言うことを聞いているに過ぎないんだ。
だが今ラースをぶった斬ってやるのはまずい。
働き手が一人減れば、俺の仕事の負担が増える。くそっ!
「ラース、手を離せ」
「……」
ラースは俺をにらみつけるだけだ。
ピリピリとした空気が部屋を満たし始める。
サナヤが叫んだ。
「二人ともやめて! こんなことをしてなんになるのよ!」
「ラース、もう一度だけ言う。手を離すんだ」
「……ふっ、やれやれ」
ラースは降参したように笑った。
次の瞬間。
ドゴオッ!
ラースが拳を振るった。
不意打ちを食らった俺は床にひっくり返る。
「ルシエン! このクソ野郎が! いつもいつも俺を見下した態度を取りやがって! 気付いていないとでも思っていたか! お前の腐った性根にはもううんざりなんだよ! 誰のおかげで今まで生きてこれたと思ってんだ? 冒険者ってのはな、戦うだけで何でも上手く行くようにはできてねえんだ! 俺が支えて来なきゃてめえなんて……」
ズガアッ!
俺は立ち上がりながら、思い切り右ストレートをラースの顔面に食らわせた。
「筋肉バカが偉そうに説教たれてんじゃねえ! 誰のおかげで今までちやほやされてきたと思っている! 俺だ! 勇者であるこの俺が活躍したから、お前はそのパーティーの一員として、でかい顔ができてたんじゃねえか! お前なんて俺がいなきゃ何にもできねえ無能だ!」
「なんだとっ!? もう一度言ってみろおおおおぉぉぉっ!」
俺とラースはお互い殴り合う。
ズガッ! バキッ! ドカッ! ガスッ!
その時だ。
ラースが叫んだ。
「サナヤてめえ! 何してやがる!!」
俺も気付いた。
床にしゃがみこむサナヤ。
パンを食っていた。
俺とラースが言い争っている間に、床に落ちたパンを口に詰め込んでいたのだ。
「このコソ泥女が!!」
ドガッ!
ラースがサナヤを蹴った。
吹っ飛ばされて仰向けに転がったサナヤは、口にパンを詰め込み過ぎてリスみたいに頬を膨らませていた。
「いふぁいじゃふぁいの。あんふぁふぁひがふぉんならふぁら……わらひは……」
「俺のパンを返しやがれ! 吐き出せ!」
ガッ!
ラースが再び蹴る。
サナヤはパンを吹き散らかすしかなかった。
床には、元はパンだった小さなクズが、めちゃくちゃに散らばっていた。
もう、食えない。
「もういやあああああああっ! なんでよ! なんなのよ! なんで私がこんな目に遭わなきゃならないのよ! こんなのもうたくさんよ! ああああああああっ!!」
泣きわめくサナヤ。
ガキじゃあるまいし、泣いて何かが解決するなら俺だってとっくにそうしてる。
その時だ。
ガチャリ。
ドアの開く音。
治安兵か!?
俺たちの間に緊張が走る。
「ヒッヒッヒッヒッヒ。お困りのようですなぁ、勇者の皆様方」
白い歯を見せて笑う、痩せぎすの小男が立っていた。
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