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魔法耐性

 魔王城の最深部。

 杖を持ったモンスターが現れた。アークメイジだ。

 5体もいる。

 パーティーリーダーの勇者ルシエンが叫んだ。


「エドワード、前に出ろ! 魔法だ!」


「嫌だ! もう嫌だ! やめろ……やめてくれえええええ!!」


 ドンッ!


 ルシエンが背中を蹴る。

 俺は地面に転がった。


 ドゴオオオオオオオオオッ!!


 敵の放った魔法はすべて俺へと吸い寄せられ(・・・・・・)、命中した。

 【魔法耐性】スキル経験値9975/10000


「があああああああああああああああっっ!!」


 自分の意思とは関係なく絶叫が搾り出される。

 痛い。熱い。死ぬ。

 俺の苦痛とは対照的に、ルシエンは落ち着いた声色で言った。


「行くぞ!」


 ドシュッ! ズバアッ! ゴッ!


 ルシエン、ラース、サナヤの三人は手際よくモンスターを処理していく。


「よし、魔王のいる玉座の間はすぐそこだ。物資は?」


 魔術師のサナヤが答えた。


「大丈夫よ。ポーション20個。食料も問題ないわ。私のMPも半分以上残ってる」


「だいぶ余ったな」


 ルシエンのその一言にぞっとする。

 MPに余裕がある時の彼らの遊びは、俺にとっての地獄の時間だ。


「ふふ、じゃあちょっと遊ぶ?」


 ああ……。

 連中の遊び(・・)で何度気を失ったか分からない。

 こんな苦痛に耐えるくらいなら死んだほうがマシだと何回も思った。


 逃れる方法はない。

 俺が持っているスキルはただ一つ。

 【魔法耐性】だけだ。


 スキル経験値は9975/10000。

 この、敵を倒すのになんの役にも立たないゴミスキル。

 スキル成長に必要な経験値が冗談のように高い、最低のスキル。

 これだけなのだ。


 あと25でようやく経験値が溜まり、成長する。

 しかしゴミスキルが成長したところでどうせゴミなスキルが待っているだけだ。

 俺は覚悟を決めて目を閉じる。

 しかし――。


「いや、やめておこう。今日の相手はいつもとは違う。魔王だ。油断できる相手じゃない。MPは無駄遣いしないほうがいい」


「そうだな。それにしてもこいつ『肉壁』以外なんの役にも立たないのな」


 戦士のラースが俺の顔を足の先でつつく。


「きっと魔法を食らって気持ちいいのよ。変態なんだわ」


 そんなわけあるか。

 激痛で意識が飛びそうになるたびに、死にたいと思ってるんだ。


「ああそうか。だから肉壁に徹してわざと役立たずを装ってるんだな。とんでもねえ変態野郎だ」


 わけのわからない言いがかりはいつものこと。


 ドガッ!


 ラースは俺の頭を踏みつけた。


「オラ! スキルの一つでも使ってみろよ! 魔法の一つでも出してみろ! あぁ?」


 ドガッ! ガスッ!


「ぐはぁっ!」


「ぷっ、はははははは! 聞いたか今の声。ぐはぁっ、だってさ。べたな悲鳴すぎんだろオイ!」


 ルシエンも俺の体を蹴り出した。


 ズガッ! ドガッ! バキッ!


「気持ちいいなら気持ちいいって言え! 変態野郎が!」


「ダメよ。この変態は魔法じゃないと感じないんだから」


「ははははは! そうだったな!」


 サナヤも加わる。


 ズガッ! バガッ! ドカッ!


「うっかり死にかけても、攻撃魔法で回復(・・・・・・・)するからちょうどいいストレス発散になるわ」


 俺は彼らのパーティーに入れられてから一度も、ポーションや【回復(ヒーリング)】を使われたことがない。


「だな。ゾンビみてーな、気味の悪いやつだぜ。オラ! 立てよ肉壁!」


 俺はふらふらと立ち上がる。

 今日すでに何度も魔法を受けた俺は、裸だ。


 魔法を受ければ体は焼けるし、凍るし、切り刻まれる。

 しかし、それだけだ。


 なぜか俺は死なない。

 いや、死ねない。

 俺は魔法では死ねない体だ。


 焼けた肌はすぐにハリを取り戻すし、凍った部分も同じ。

 剣や拳で付けられた傷はそうはいかないが、とにかく魔法に対しては不死身の体なのだ。


 ユニークスキル【魔法耐性】とは、そういう効果なのである。


「よかったわねエドワード。ようやくあなたの地獄の日々も終わり。王宮に戻れば晴れて聖騎士に列聖されるのだから」


 ふざけるなよ。

 そんな称号なんていらない。犬にでも食わせてやりたい。

 だが俺はそんな称号でも、目指さざるを得なかった。


 聖騎士。

 魔王を倒したパーティーはその功績をたたえられ、全員が聖騎士として祝福される。


 聖騎士となれば後は一生遊んで暮らせる大金と名声を手に入れて、自由気ままな生活が待っている。


 もちろん俺は最初からそんなもの、求めていない。

 大金? 名声? そんなもの欲しいなら他の人間にくれてやる。


 俺は解放されたかっただけだ。

 この地獄の日々から。


 最初の頃は逃げ出そうとした。

 こいつらが寝静まった夜に、宿の窓から飛び降りたこともある。

 しかし、逃げ切れなかった。


 【魔法耐性】以外にスキルのない俺は、捕まるしかなかった。

 何度逃げても捕まるし、捕まればひどい拷問が待っていた。


 だから魔王討伐パーティーの一員という、聖騎士になって自由にになる道を目指すしかなかったのだ。


「ふっ、今ちょっと表情がゆるんだわね。聖騎士になれるって思ったかしら?」


「おいサナヤ」


 ルシエンが注意するがサナヤは笑うだけ。


「いいじゃない。これで最後なんだから、ネタばらししてあげましょうよ」


「くっくっく。そうだな」


「えっ……」


 彼らが何を言っているのか分からない。

 ネタばらし?


「ねえエドワード。あなたは聖騎士にはなれないわ。なぜなら魔王を倒した後、用済みになったあなたはここでお別れ。私たちが処分するからよ」


 お別れ、処分……それは、つまり。

 俺をここで使い捨てて殺すつもりなのか!?


 【魔法耐性】は魔法にしか効果がない。

 ルシエンとラースは物理職だ。俺を簡単に殺せる。


 【魔法耐性】が進化したとしても、大抵のスキルは同系統の効果へ進化する。

 つまり俺は絶対に抵抗することができないということだ。

 八方ふさがりとはこのことだった。


 ちくしょう!


 せっかくここまで、必死に耐えてきたのに!


「歴代37名の聖騎士の列の中に、お前の名前はふさわしくないってことだ」


 ルシエンは腐り切った笑みを浮かべた。


「ただの肉壁でしかない、お前はな」


 その瞬間、俺の中で何かが切れた。


「うわあああああああああああっ!」


 走る。

 逃げる。


 ズバァッ!


「ぎゃああああああああああっ!」


 俺は倒れた。

 足を斬られた。


 剣で付けられた傷は治らない。

 が、サナヤが言ったのはこんな一言。


「ねえエドワード。その傷、治してあげましょうか?」


 悪魔のような笑顔を張り付けて。


「い、嫌だ。やめてくれ」


 今までこいつらといっしょにいた俺には分かる。

 サナヤが何をしようとしているのかが。


「まあまあ。遠慮しないで。ほら、【火炎弾(ブレイズショット)】!」


 ゴオッ!


「があああああああああああっ!」


 肌が焼ける、激烈な痛み。

 俺の足は……治った。

 【魔法耐性】9976/10000


 上がったスキル経験値はたったの1。

 そう、1しか上がらないのだ。

 絶望的な数字に涙が出てくる。


 魔法攻撃1発につき経験値1。

 しかも一定以上の威力でしか経験値が入らないというおまけつき。


 つまり俺は、肉壁として受けさせられた敵の魔法も合わせれば、今まで最低でも9976回の拷問をこいつらから受けていることになる。


 それどころか、殴る蹴るの暴力はもちろん剣やナイフで切り刻まれたこともある。

 どうせ攻撃魔法を当てれば治ると、まるでおもちゃのように扱われているのだ。


「よし、治ったな。みんな、準備はいいか?」


「ああ、いつでも行けるぜ」


「じゃあ行きましょ」


「エドワード、立て」


 俺たちは魔王の間へと進んだ。

 魔王は黒衣の女性だった。

 玉座に座っている。


「魔王は各種最上位の魔法を使う。身体能力もケタ違いだ。しかし俺ならやつのスピードは関係ない」


「分かってる。全員、文献には目を通したさ」


 俺は読んでいない。

 あの時は、お前は読む必要がないと笑われた。


「手下を蘇生させる能力もあるわ。呼ばれる前に倒しましょう」


「そうだな。まあ万が一を考えて、まずはやつの魔法を肉壁(エドワード)でやり過ごす。それから全力で一気に仕留める。対魔術師系モンスターの、いつもの必勝パターンだ」


「了解」


「分かったわ」


「……」


 魔王が玉座から立ち上がった。


「よし、エドワード行けっ」


 ドンッ!


 ルシエンが俺の背中を蹴る。

 俺は抵抗することなくフラフラと前へ出る。


 そうだ。

 もうやめよう。

 もがき、あがき、抵抗したって無意味だ。


 ああ、魔王の手が光っている。魔法を使うつもりだ。

 やだなぁ、痛そうだなぁ。


 でももういいや。

 好きにしてくれ。

 疲れたんだ。


 魔王が魔法を放つ。


 ゴオオオオオオオッ!


 炎系か。

 魔王の魔法なら一瞬で焼き尽くし……いや無理だな。


「【灼熱地獄(ヘルフレイム)】だ! いいぞ!」


 ルシエンが喜色の混じった声で叫ぶ。

 魔王が使うような最上級魔法は基本的に範囲攻撃だ。

 しかしルシエンに動揺した様子はない。


 なぜなら範囲魔法だろうがなんだろうが、魔法攻撃はすべて【魔法耐性】を持つ俺に吸い寄せられるからだ。


 神様が俺をイジメるために用意したんじゃないかと思うような、理不尽な効果だ。


 魔王の【灼熱地獄】は一点に収束、俺へと直撃した。


 ゴバアアアアアアッ!!


「がはあああああああああああっ!!」


 【魔法耐性】9977/10000


「待って、まだ撃ってくる!」


 サナヤが上を指差し、ラースもそれを見て叫んだ。


「【流星群(スターフォール)】だ!!」


 俺も見た。

 魔王の間、その高い天井付近には、無数の輝く岩々の姿があった。

 魔王の魔力ですべてが青白く輝いている。


 あんなのを食らったら絶対、ミンチになる。

 俺の体でも再生できるかどうか。


「肉壁!! 耐えきれなかったら殺すぞ!」


 ルシエンがドスの効いた声で脅す。

 岩石の嵐はすべて、俺に吸い寄せられて(・・・・・・・・・)落ちてくる。


 ズガアアアアアアアッ!


「ぐげぎゃああああああああああああっ!」


 9978/10000


 ドゴオオオオオオッ!


「ぎああああああああああああああっ」


 9979/10000


 グシャアアアアァァァッ!!


「アアアアアアアアアアァァァァァ!!」


 9980/10000


 ブシャアアアアァァァッ!!


「――――っっ!!」


 無限とも思える、苦痛と絶望の連続。


 9981/10000

 9982/10000

 9983/10000

 9984、9985、9986、9987、9988、9989、9990、9991、9992、9993、9994、9995、9996、9997、9998、9999

 10000/10000


 スキル成長。

 【魔法耐性】、進化。

 【吸魔】、獲得。


「ヒュー、いい景色だったぜ」


「ルシエン! 今よ! ……やったわ!」


「ふっ、聖剣を持った俺の【光身剣(こうしんけん)】についてこれるやつはいない」


 消えかけの意識の中、声だけが聞こえてくる。


「待って、地震!?」


「魔王を失って城が崩れかけているのかもしれん! 急げ!」


「その前にやり残したことがある」


 ルシエンの声だ。


「じゃあなエドワード、あの世に行っても肉壁をやってろ」


 ズバアアアァッ!!


「…………」


 背中に走る激痛。

 しかしもう悲鳴を上げることもできない。

 自分の体がどうなっているのか分からない。

 そして俺の意識は、そのまま闇に沈んだ。


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