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短短編  作者: 林 広正
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肉球タピオカ


 ここのタピオカ美味しいんだよね。

 ケイコに言われて連れて行かれたそのお店は、平日の昼間でも行列の出来るタピオカ店だった。

 そう言えばさ、最近野良猫の姿が減ったと思わない? この辺もさ、前来た時は一杯いたよね。人懐っこくてさ、すっごく可愛かったよね。特にさ、猫ってあの肉球がプニプニしていて好きなんだよね。

 私がそう言うと、ケイコの表情が一瞬固まった。

 あんまり大きい声でそういう事言わない方がいいよ。私の口に人差し指を立てたケイコがそう言った。

 確かに周りの視線を痛く感じた。

 タピオカを求めて行列を作るのは、女子学生が多い。最近流行っているという指無し手袋が多く目についた。

 そういえば、今日からケイコもその手袋をはめている。カラフルなものや柄物など、意外と可愛いなと思う。

 行列待ちの長い時間は、お喋りであっという間に過ぎていき、私たちの番になった。オーダーは先に済ませている。支払いをして、タピオカを受け取る。流行りのタピオカミルクティー。これが一番人気だという。ミルクティーの中に大量の黒い粒が沈んでいる。

 ここのタピオカってね、肉球みたいで気持ちがいいんだよ。猫の肉球だよ。なぜだか犬じゃないんだよね。

 ケイコの言葉に、なにそれって思った私は、なにそれっていう顔をした。

 意味分かんないでしょ? 食べてみたら分かるって。

 私はストローを咥えて中のミルクティーとタピオカを口に吸い込んだ。確かに美味しい。そして、気持ちのいい食感になぜだか身体がぶるっと震える。

 それにね、これは噂に過ぎないんだけど・・・・

 ケイコは周りを気にしながらそっと私に耳打ちをした。

 本物の肉球を使っているっていう話もあるんだよ。

 そんな恐ろしい事を、笑顔を浮かべて言っている。うげって思ったけれど、タピオカを食べる口の動きは止まらない。

 けれどね、悪いことばかりじゃないんだよね。これ、見てみる? 三日に一度は飲み続けないと取れちゃうんだけど。あなたも明日から、仲間だね!

 ケイコはそう言いながら、指無し手袋を捲って見せる。その掌には、肉球がくっついていた。恐る恐る触ってみると、本物と同じく気持ちがいい。しかも、猫の肉球とそっくりだった。これが私の手に・・・・

 私は勢いよくタピオカを吸い込み、その食感を楽しみながらケイコに言った。

 手袋買いに行こうよ!

 そう言うと思った!

 飲み干したカップをゴミ箱に捨てて歩き出したその時、目の前を一匹の猫が走り抜けた。道路の向こうで立ち止まり、こっちに顔を向けてチョコンと腰を下ろす。そして、左手の毛を舐めてから顔を洗っている。

 ここにもまだ野良猫はいるんだなと、安心をした。その手にはしっかりとした肉球も付いている。やっぱり猫って可愛いよね。ケイコに向かってそう言おうとして顔を向けた。

 ちょっと静かにしてて。

 ケイコは私には顔を向けようともせずにじっとその猫を見つめながら呟いた。

 これは真剣勝負なのよ。

 ケイコはそう言うと、突然勢いよく走り出した。その猫に向かって一直線に。するとその場にいた多くの女性が、一斉にケイコの後を追って走っていく。突然の事態に驚いたその猫は慌てて逃げていく。ケイコと多くの女性が必死に追いかけ続ける。なにやら訳の分からないことを叫びながら。

 その場には私だけが取り残されたかのような静けさが漂っている。ふと掌が気になり、そっと広げて視線を落とす。ほんの少しだけど、肉球らしきものが浮かび上がっている。掌の中心と、掌の付け根に近い指の腹にも膨らみを感じる。恐る恐る押してみると、やっぱり気持ちがよかった。

 足元からミャーという鳴き声が聞こえてくる。私はとっさにその場にしゃがみ込んだ。

 さっきの猫かな? いいこと教えてあげる。今日から私も仲間なんだ。ほら!

 私が掌を差し出すと、その猫は哀しそうに私を見上げながらこの肉球を舐めた。

 やっぱり猫って可愛いなと再び思い、思わずその猫を抱きかかえる。

 突然ウゥーという唸り声をあげたその猫の身体が震えだした。私はきつく、その猫を抱き締める。背後に冷たい視線を感じて振り返ると、ケイコを含めた指無し手袋を嵌めた若い女性の集団が殺気立った様子で私を睨んでいた。

 私はタイミングを計り、立ち上がると同時に走って逃げる。

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