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短短編  作者: 林 広正
5/21

ウィスキーとロック、たまにはビール。


 回転するレコードの上に、針を落とす。

 ご機嫌な音が、溢れ出す。

 思わず踊りたくなる。

 流れる音に合わせて、メロディーを口ずさむ。

 リズムに乗りながら、流し台に向かう。

 冷蔵庫から取り出した水を、ペットボトルのまま一口飲む。

 足元のマットを捲り、蓋を開ける。

 床下収納スペースから、瓶を一本、ペットボトルを一本引っ張り出す。

 流し台の脇に置かれているグラスを手に取る。

 テーブルの上に、瓶とペットボトルとグラスを置き、レコードが回転しながら曲を奏でる姿をじっと眺める。

 リビングとダイニングが一緒になったこの空間が、一番の憩いの場に変身する。

 瓶の蓋を開けると、甘くて爽やかな香りが広がる。森を感じ、その奥に広がる海を感じる。


 世界中のスーパーで売っているスコッチ。一昔前なら高くて買えなかった銘柄も、今では手頃な価格で手に入る。

 グラスに注ぐと、香りが広がる。部屋中にまでは広がらない謙虚さが鼻に心地いい。

 グラスを持ち上げ、その色味を確認する。様々な色があり、変化もする。その色を見て、香りや味だけでなく、どんな過程で育ってきたかを想像する。その色には、歴史が詰まっている。目でも楽しむことができるのは、一つの特色だ。

 そっと鼻を近づける。

 今日の香りを、確かめる。

 スコッチは当然のこととして、全てのウィスキーは香りを味わう飲み物だと思っている。様々な香りが混じり合い、変化をする様が愛おしい。


 ウィスキーの香りは、冷えると感じづらくなる。常温で飲むのが、一番素直な香りを感じられるように思う。十五度から二十度がいいんじゃないかと思っている。

 香りが気に入らないウィスキーは、わざと冷やして飲むこともするが、あまりいい趣味とは言えない。

 まずはストレートで一口。口の中に液体を含み、香りを感じながらそっと舌周りを転がす。そして、鼻から息を抜く。余計な空気を除き、ウィスキーの香りだけを感じながら飲み込み、口の中の余韻を楽しむ。

 グラスを回し、ウィスキーを酸化させる。そしてもう一度匂いを嗅ぎ、口に含む。今度はグラス回しの方向を逆にする。そしてまた、口に含む。

 ウィスキーの味わいは、変化が激しい。


 ペットボトルの中身は、軟水の天然水。気分やウィスキーの種類によって、水の種類も変える。

 蓋を開け、グラスにそっと水を一滴から数滴、その日の匙加減で零していく。

 色味の変化を楽しみ、香りを感じ、口に含む。

 基本的には、ウィスキーと水の割合を同等にする。その前に一滴垂らした時の香りの開き具合を確認し、水の量を調整する。きっちり同等なんて意味がない。ほんの少しの調整で、好みの味わいに近づける。

 それは、感覚と感情にも大きく左右される。ウィスキーは、心身共に楽しむ飲み物だと思う。


 流れる音楽が、その日の気分を変えてくれる。音楽に合わせたウィスキーの味わいを求めるのが、最高の幸せだと思う。この時間を求めて、家族が寝静まるのを待っていた。

 流れる音楽に、特別なこだわりはない。楽しい気分になれればそれでいい。激しかったり優しかったり、明るかったり暗かったり、自然だったり不自然だったり、そんなことはどうでもいい。

 ジャンル分けされた音楽には、意味を感じない。この心に響けば、どんな感情でも構わない。感情が宿っている音楽を否定することは出来ない。

 回転するレコードから聞こえてくる音が、気持ちを落ち着かせてくれる。

 一杯のウィスキーを飲み干しすと、部屋に戻って眠りにつく。

 もちろん、おやすみのキスは忘れない。子供達と、妻の頬にキスをする。最後にはベッドの中で、猫が僕にキスをする。身体や顔を何度も踏みつけながら。


 休みの日には、朝からレコードをかけ、お酒を楽しむこともある。

 車を利用して出かけるときは、お酒は飲めない。電車で行ける場所には、お酒を手に持ち出かけていく。

 子供のために出かける場合でも、場所によってはお酒を飲んでいても支障はない。支障を感じるときは当然口にしない。

 お酒を飲んで陽気になる。口数が増える。涙が溢れやすくなる。感情が高まったり、普段とは違う行動をとったりすると言われているけれど、そんなのは乱暴な言い分だと思う。

 お酒を飲んでも飲まなくても、その人の人格が変わるなんてことはあり得ない。その人の一部が、現れているに過ぎない。酒癖が悪い人は、普段もそんな悪い部分を持っているってことになる。

 お酒を飲み過ぎて意識や記憶が遠くなることはあっても、僕であるってことに変わりはない。


 家族と一緒に音楽を楽しむのが一番の幸せだったりする。ポケットの中にスキットルを忍び込ませ、隙をみては口に運ぶ。

 スキットルで飲むウィスキーは、少し楽しみ方が違ってくる。香りよりも、口当たりが大事になってくる。ハチミツや洋梨、スモーク感の強いウィスキーが口に合う。

 太陽の下で飲むウィスキーは、家やバーの中とはまるで違う。

 スコットランドやアイルランド、アメリカの職人やら農夫になった気分を味わえる。

 太陽の下では、ビールがよく似合う。野外で聞く音楽にも、ビールが似合う。

 ビールの泡と、麦の香りが、太陽を呼んでいる。

 ビールにも、種類がある。太陽の熱と光を身体で感じながら飲むには、冷えたビールが身体には美味しく感じる。

 ビールの味わい方は、種類によって変わってくる。冷えたビールを喉で味わうこともあれば、常温で香りを感じることもある。

 外で飲むビールは、その香りや味を無視するのも有効だけど、冬場の常温程度がちょうどいい。香りも喉越しも、同時に味わえる。

 家で飲むときは、香りが際立つ種類を、常温で飲むのが気持ちいい。


 野外で聞く音楽は、自然を感じられて気持ちがいい。

 音質やら振動を考えると、屋内の方が音そのものを楽しむことは出来るかも知れない。けれどそれは、作り込まれた音楽だ。

 楽しむことができる音楽を、ロックと呼ぶ。感情のまるでないそれ以外の音楽は、僕の耳には届かない。当然、誰の心にも響いてはいない。

 音楽は、ロックとそれ以外に分かれている。

 自然発生した音楽が、心には優しく響く。自然の中で、自然な感情を耳にする。そして、自然の香りを喉に感じる。酔っ払う暇もなく、汗として流れて消えていく。

 音楽に、自然と身体が揺れる。左手でビールを手に持ち、右手では妻の手を握る。

 周りを囲む子供達。僕たちを包む柔らかい雰囲気。

 幸せな笑顔を浮かべる僕を見て、家族が幸せを感じる。

 いつもとは逆の立場を味わえる、かけがえのない幸せな時間。

 幸せを感じている家族を見ると、僕の幸せは何倍にも膨らんでいく。

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