第三話「獣を抑えるは力こそパワー」
キリのいい所で投稿しないと書く事すら忘れてしまいそうになりますね。
まず、書ける方を尊敬します。
人虎は困惑していた。
目の前に立っているのは、人間にしては体格がいいだけの、どこにでもいる雄の人間だ。
それが走ってきた勢いをつけてきたとは言っても拳の一撃だけで自分を吹き飛ばした。
しかも、その雄は一切、怯える様子も恐れる様子もなく、目の前に立ちはだかり、その顔には笑みすら浮かべている。
これまで人間といえば、そこで倒れている男女のように、ちょっと牙を見せて吼えればすぐに恐れ怯んだ。それが面白くないし、苛立って仕方がない。
「さっきも聞いたと思うが、お前がやってんのは明確な条約違反ってヤツだ。これ以上、暴れるっていうなら、こちらが実力行使に踏み出しても文句はつけられねぇぞ?」
しかも、さっき殴り飛ばした小さい人間と同じ事を言う。違うのは、明らかに自分が強いといった風体で手招いている事だ。
人虎は明らかに腹を立て、一切の前振りもなく、目の前の男に襲い掛かった。
大きめの石のような手が鋭い爪を伴って、栄次の頭上に振り下ろされる。
叩きつけられた瞬間、鈍く重たい音が響く。そして、人虎は全身を震わせて大きく吼えると、同じくらいの力を両腕に込めて連続で叩き込み始めた。
見ている人がいれば、誰もが周囲に血と肉片が飛び散る惨劇を想像しただろう。そんな猛襲だった。
それが五分ほど続いたろうか。人虎は素早く距離を取る。その顔は真っ赤に紅潮しており、荒くなった呼吸は肩を何度も上下させていた。
一般的に猫科の動物は瞬発力には優れるものの、持久力には乏しいと言われる。
人虎も人間の要素は持ってはいるが、やはり虎の要素も持ち合わせている以上、それは同じだったようだ。
だが、その目は驚きと困惑、そして、怯えがあった。
人虎の目の前には栄次が、両腕を立てて正面を守りつつ、脚は内股気味に締めて、全身を縮めているが、ダメージを一切受けていない様子で立っていた。
両腕の隙間から見える顔には、さっきと変わらず笑みを浮かべている。
人虎は息を整えてから、再び、今度は大口を開けて噛みつきにでた。
その勢いを見て、栄次は怯む様子も見せず、一歩踏み出す。
「せぇりゃっ!!」
気合い一発。踏み込む動作を予備動作に組み込んだ右のアッパーが人虎の顎を捉える。
たった一撃だが、その一撃に込められた力は大きく、人虎の顎を強引に閉じさせたばかりか、頭を下から潰したように変形させたかのような錯覚すら起こした。
「お?」
拳から伝わる感触に、栄次は驚いたような声を漏らした。振り抜くくらいの力を込めてやったはずが、首の力だけだろうか、振り抜けずに止められている。
人虎の首は虎そのもののように太く、栄次の拳が放つ衝撃を吸収するには十分だったようだ。
だが、その直後に人虎の鼻面に左拳が叩き込まれ、人虎はあまりの痛さに猫のような悲鳴を上げて、後ろに下がった。
人虎は痛みが治まったのを確かめてから、栄次を睨みつける。その栄次本人はその場から動かないでいた。
「俺の役目はお前をここに足止めするだけだ。それ以上の事はやらねぇよ」
言った栄次本人は目の前の人虎を恐れていないかのように笑みを浮かべ、手招きすらしている。
「そして、もう一つ。俺がここにいる限り、お前は誰にも手が出せねぇ。」
その一言に人虎はさっきまでの痛みも吹き飛んだ。思い出せば、この人間は自分の攻撃に対して、身を小さくして耐えるくらいしかできていなかったではないか。
さっきは一気に叩き潰そうとして息が続かなかったが、今度は短い休憩を入れながら長く続くようにやればいい。そうすれば、あの人間の顔は体力が削られる事に恐怖を覚え、耐えきれなくなったが最後、無残な姿をさらす事になるだろう。
人虎は考えが固まるや、大きく息を吸い込み、吸い切った所で両腕を振り上げて襲い掛かる。
あの重爆がまた栄次を襲う。しかし、その重爆は栄次の体に触れる直前でスルリと流れ、人虎は飛び掛かった勢いのまま、前につんのめる。
一瞬の事で何が起こったか分らず、人虎は驚きの表情を浮かべるが、すぐに体勢を立て直すと、再び襲い掛かる。
その様子を遠くから見ていた雄二は栄次が何をしたか、はっきりと見えていた。
繰り出された人虎の攻撃に対し、栄次は古今のあらゆる格闘技における防御技術で受け流していた。しかも、ただ受け流すのではなく、肘や手首の踝など人体の硬い所を叩きつけたりもして、攻撃の意図も併せている。
人虎の攻撃はごく短い休みを挟む事で断続的ではあるが継続している。だが、栄次はその攻撃をただの一撃も漏らす事なく受け捌いていて、致命的な一撃は決して許さない。
人虎による一方的な攻撃が30分も続いたろうか。人虎は大きく飛びのいて距離を取った。その顔はさっきの時よりも紅潮して、呼吸も荒くなっている。
「だから、言ったろう?」
栄次が一歩だけ距離を詰める。それだけだが、人虎は大きく驚き、怯えた様子を見せた。
「俺がお前の前に立っている限り、お前の爪や牙は、誰も傷つける事ができない」
この言葉に嘘はない。人虎は確信した。その途端、目の前の男が自分よりはるかに大きく見えるような錯覚を覚えた。
その威圧感は人虎であるという自分のプライドを飲み込み、かみ砕くほどに圧倒的な力の差を感じさせた。
このまま続けたとして、もし、栄次が攻撃に転じたらどうなるだろう?その考えが脳裏を過った時、栄次が放ったアッパーに突き上げられた瞬間を思い出した。
頭が下から縦に潰されたかと思わされるほどの衝撃を受けて、ほんのわずかだが意識が飛ばされたが、あの一撃のような反撃が来たとして、耐える事はできるだろう。
しかし、それが連続であり、制止ではなく、制圧の意図で放たれたとしたらどうだろうか。
そこまで考えた瞬間、人虎の脳裏には見るも無残な姿で倒れている自分の姿を想像して、それを恐れてしまった。
その恐怖は瞬時に全身を駆け巡り、人虎の全身は縛られたように強張って、動けなくなってしまっていた。
さらには自分がいくら攻撃しても、栄次には傷一つ付けられなかった事実に、人虎は本能が自分の負けを認めてしまう。
脚から力が抜けて、力なくその場に座り込むと、人虎としての体はしぼみ始め、後には痩せた若い男がいた。
さっきまで人虎であった男の両腕に手錠がかけられる。手錠は青く淡い光を放つ。取扱説明書には獣人が獣化するのを抑える効果があるらしい。
確かめた事はないが、これを着けられた獣人が獣化しようとしてもできなかったり、獣化状態から人間の姿に戻ったりしたのを見ている以上、栄次は詳しい仕組は分らずとも、その効果を信じていた。
その後は、警察に引き渡す。獣化しなければ普通の人間と変わらない。普通の警察でも充分に対応可能だろう。後は元の次元世界へと送り返されて、現地の司法にて裁かれるというわけだ。
その引き渡しが終わって、ユウキは近くのベンチに座って、俯いていた。
「ほれ♪」
「わひゃあ!?」
そんな所に、栄次が首筋に何か冷たいものを当ててきて、ユウキの口からは間抜けた悲鳴が飛び出した。
慌てふためいて振り向くと、栄次が笑顔で缶コーラを差し出している。
「お疲れさん♪まぁ、飲みな」
栄次の勧めにユウキはお礼を言って、缶コーラを受け取る。
栄次はボトル缶のコーヒーを手に、ユウキの隣に座った。
「・・・・・・・・・で?そんなに浮かない顔して、どうした?」
ユウキに顔を向けず、栄次は前を向いたまま尋ねる。その口調は責めるような強いものではなく、少し冗談めかしたような、穏やかなものだ。
「・・・・・・その・・・全く敵わなかったなぁって・・・栄次さんが間に合ってくれたから良かったけど・・・もし、間に合ってなかったらと思ったら・・・」
ユウキが所属する第四課に与えられた役目は現場に先行して到着し、現場の状況を確認。得た情報を本部に送るというものだ。そして、場合によっては現場にいる人達の避難誘導や怪我人への応急処置も行う。
そして、他の局員と違って、自分は学生ではあるが、特殊な事情があるため、試雇未満とも言える「見習い」として局に籍を置かせてもらっている。
ユウキ自身、その事情から局を離れるわけにはいかないと感じており、また、外される事がないように、自分の価値を認めてもらわなければならないと感じている。
だからこそ、今回、人虎相手に何もできなかったと自分を責めていた。
ユウキの独白に栄次はただ黙って聞いているだけで、返事を返す事はない。
「・・・・・・だから、もっと強くならないといけないのかなって・・・・・・?」
そこまで言った所で、いきなり目の前に栄次が拳を伸ばしてきた。
節くれだち、ゴツゴツして、よく見れば大小いくつもの傷跡がある。見るだけでも、そこに刻まれた戦いの数を思わせる。
「なら、もっと強くなればいい。どれだけ強くならないかはわからないが、そう思う限りはずっと強くなろうと足掻けばいいさ」
栄次の言葉にユウキは自分の手に目を落とす。
積まれた経験の少なさを表すかのように、傷跡も少なく、キレイな手だ。
自分の手と栄次の拳を交互に見比べる。何度か繰り返した後のユウキの顔には何らかの決意が満ちていた。
いきなり、ユウキが弾かれたように立ち上がる。その勢いに栄次は驚いて、大げさに身を引いた。
「栄次さん!トレーニングの相手、お願いします!」
ユウキの力強い言葉を受け、驚いていた栄次の顔がすぐに笑顔に変わる。そして、ゆっくりと立ち上がると、ゴキゴキと手を鳴らす。
「よく言った。それじゃあ、たっぷりとしごいてやるぜぇ」
栄次の笑顔と言葉に、ユウキは早くも自分の言った言葉を後悔したという。
栄次がやった受け技のベースイメージは「仮面ライダースーパー1」に出てきた「梅花」です。
見た目に合わず「護る事」に特化した技となると、真っ先に思い浮かびました。