第一話「レベルを上げて物理で殴るを地で行き過ぎた」
書いてて思ったのは、創作活動とはものすごくエネルギーを使うという事。
はっきり言って、書かれる方、描かれる方へは尊敬しかありません。
平穏。この場に流れている空気を一言で表すなら、それが最も相応しい。
様子はそれぞれに街路を行き交う人々。
車を改造した移動店舗ではクレープだったり、たこ焼きだったりを売っている。
ただ、私達の知る所と違うのは、行き交う人々の中にはエルフやドワーフなどの妖精や狼男、ケンタウロスなどの亜人と呼ばれる種族が混じっている事だ。
それを除けば、どこにでもあるような平和な街のひと時と言えた。
その平穏を打ち砕くような地響きのような音が響く。
「うわっ!?」「きゃあっ!?」
誰もが驚いて、音が襲ってきた方向に目を向けた先には5階建てのビルから頭が見えるくらいの背丈をした巨人が表れていた。
巨人はゆっくりと周囲を見回すと、ニンマリとした笑顔を浮かべ、やがて耳を塞がずにはいられないくらいの大声で笑い出した。
「やったぞぉ!」
何が「やった」なのかは本人にしか分からない。ただ、眼下にいる人々に向ける目に宿る加虐心は向けられた人々に恐れを抱かせるには十分だった。
「変な法律のせいで、俺達巨人族は体を縮めないと別の世界に行けなかったが・・・元のままで来る事ができたぜ!しかしまぁ・・・本当に小さいんだなぁ。どれ・・・」
巨人は観光目的で来たような気安さで歩き出す。
巨人の世界であれば普通の歩みでも、この世界では足を下す度に地響きが起こり、周囲は大きく揺れる。
いきなり現れた原寸大の巨人を見た人々はパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ出す。
巨人は足元のその様子を楽しんでいるかのような笑顔を浮かべて、逃げ惑う人々を追い回す。
さらには周囲の景色が歪んだかと思えば、新たな巨人が5人ほど現れた。
「おお。着いたか」
「何とか無事にな。しかし、ここが人間族の地球って所か。噂に聞いてたけど、ホントにちいせぇんだな」
巨人達は気安く言葉を交わす。仲の良い者同士なのか、和やかささえ感じられたが、その直後にその笑顔には酷薄さが差し込んだ。
「なぁ、試しによ。ここの建物とかぶっ壊してみねぇ?きっと面白いくらいに吹っ飛ぶぜ」
「いいねぇ。映画で見た怪獣ゴッコみたいによ。やってみようか」
物騒極まりない事を平気で言い出してくる。いや、巨人である彼らからすれば、目の前の光景は良くできたミニチュアのようなものなのだろうか。
しかし、あるのはミニチュアではなく、実際の建物。中には人がいる。
巨人の手が伸び、逃げ遅れた人達がビルの中で悲鳴を上げる。
「やめろ!この馬鹿野郎っ!」
突然、響き渡った怒号とともにビルに手を伸ばした巨人の頭が何かに激突したかのように横殴りに吹っ飛んで、道路に倒れた。
倒れた巨人も、周囲の巨人達も突然の事に驚き、周囲を見回す。
「あ!あそこ!」
女性型の巨人がビルの屋上に立った人影を指差す。
全身真っ黒に統一。纏った膝下丈のインバネスコートは鎧のように鋼板が打ち付けられている。肩を覆う外套には鈍く金色に光る鎖が繋がり、胸の中央に捻り錠で止められている。
頭に巻かれたバンダナや、若さが薄れつつある程度に年齢を重ねた顔。そして、巨人達を前にゆっくりと両腕を組む姿は歴戦を重ねた存在を思わせた。
男は巨人達をゆっくりと一瞥すると、腰に下げたメガホンを手に取った。
『アー、アー、テステス・・・アー、テステス・・・』
メガホンの調子を確認してから、音量を最大にして巨人達にメガホンを向ける。
『私は人妖共生管理局所属の調査管理官です。ここに次元転移ゲートの出現を観測してきたんで確認しにきました。巨人族の皆さん、違法な次元転移は人妖共生協定の第一項 第十条により禁止されています。送還担当者が到着次第、速やかに送還処置を行いますので、その場で大人しくしていてくださーい』
見た目とは反対に丁寧な物言いを繰り返す男に、巨人達は最初こそ驚きできょとんとした顔をしていたが、すぐに声を上げて大げさに嗤い出した。
「バカか、てめぇは!俺達、巨人族に対して、ちっちぇ人間ごときが偉そうに命令してんじゃねぇよ!」
「しかもたった一人でさぁ!頭、どうかしてんじゃないのぉ!?」
「人間って、こういうの“虫けら”って言うんだっけか?じゃあ、潰さねぇとな!」
巨人の一人が手を振り上げ、男に向かって勢いよく振り下ろす。
叩き潰される。誰もがそう思うであろう勢いを乗せて、巨人の手が振り下ろされる。
男ごとビルを叩き潰すと誰もが思えたその瞬間、巨人の手は大きな音を立てて屋上を叩くだけで終わった。
しかし、巨人は『男を叩き潰す』という目的を達成できて嬉しいような笑顔を浮かべて、手を退かした直後、信じられないものを見たような驚愕の表情に変わった。
叩き潰したと思っていた男はかすり傷も負っていない姿で、前と変わらず立っていた。
驚きの表情を浮かべる巨人達に対し、男は冷静な態度で、服についた埃を手で払い落すと、今度は剣呑に睨みつける。
「巨人族の場合、その身体能力の高さから、わずかでも騒動を起こすような素振りを見せれば、その時点から“敵対行動を取った”という事で現場判断での実力行使に及んでいい事が認められている。」
男が自分の胸に下げられた捻り錠を回すと、繋がっていた鎖がジャラリと音を立て緩み、、肩を覆っていた外套は、男が腕を上げるとともに後ろに脱げていく。
「どうやら子供みたいだから、荒っぽい事はしたくなかったが、そっちがそういう態度に出るなら仕方ねぇ・・・」
開いていた男の手がゆっくりと握り締められていく。
男が大きく一息をついた直後、いきなり男が目の前の巨人に向かって跳んだ。
「歯ぁ食いしばれ!クソガキがぁっ!」
大気をビリビリと震えさせる落雷の如き怒号が響き、男の拳が巨人の眉間に叩きつけられる。
巨人達には、たかが小さい人間の拳。そんな侮りがあったろう。だが、拳を叩きつけられた巨人は見た事もない勢いで吹き飛ばされ、大道に倒された。
しかも、白目を向いて気絶している。
たかが人間と侮っていた存在が自分達を一撃で倒せるほどであると知り、巨人達の空気が冷たくなっていく。
男は叩き込んだ拳の反動で、別のビルの屋上に降り立つと、その厳しい視線で巨人達を撫で斬りにするかのように見据える。
「さて、どうする?大人しくして、送還されるか。俺にぶん殴られてから送還されるか。好きな方を選ぶといい。」
拳を握っては開くを繰り返す男の問いかけに、一人の巨人が両手で挟み込むようにかかってくる。
その襲撃を、男は避ける様子もなく、捕まえられてしまった。
「よぉし・・・このまま、握り潰して」
サイズ差はどうあっても覆る事はない。このままいけると思ったのか、男を捕まえた巨人の顔には嗜虐な笑みが浮かんでいた。
だが、そんなに時間もかからない内に、その笑顔は戸惑いに変わり、終いには驚愕へと変わっていった。
男と挟むように捕まえていた手がゆっくりと内側から押し広げられていく。そして、男の顔が見えて、目が会った瞬間、巨人は恐怖を覚えた。
しかし、全ては遅すぎた。男は巨人の両手を蹴って飛び出し、自分を捕まえていた巨人の鼻っ柱を力一杯、殴りつける。
人間の大きさでやったとは思えないぐらいの轟音が鳴り響き、その巨人もまた白目を向いて仰向けに倒れた。殴られた鼻もグッタリと倒れている。
残った巨人達は目の前の光景が信じられなかった。
次元によっては神かそれに近い存在として畏れ敬われていた存在。それが巨人族である。
それが、自分達の姿を模しただけの全くの弱く小さい存在であるはずの人間に二人も一撃の下、叩きのめされている。
「まだ、やるか?」
男のその一言と、次も容赦しないと伝えるような鋭い視線に女型の巨人はすっかり怯えて、その場に力なく座り込んだ。
だが、一人残った男型の巨人だけは虚勢を振り絞り、雄叫びを上げて、男に向かって襲い掛かろうと踏み出すが、そこまでだった。
拳を振り上げた途端、まるでその場の空間に縫い留められたかのように、巨人がいくら力を込めても、動かなくなっていた。
出来の悪いパントマイムを演じているような巨人の奮闘ぶりに、男は一息、大きく呼吸をすると、後ろに視線を向けた。
「お待たせいたしました。遅れてしまい、申し訳ありません。栄次さん」
栄次と呼ばれた男から、少し離れた所に羽毛が落ちるかのように、今度は魔法使いのような佇まいの男が降り立った。
烏の濡れ羽色と呼ばれる艶のある黒髪は所々が白金に輝いており、それを腰まで届くくらいの長さを一本に束ねている。
フード付きのローブは海のような蒼色に染め上げられており、模様のようにありこちがうっすらと白く瞬いている。右手には鳳を模した金色の飾りがあしらわれた長杖が握られている。
サークレットのようなものは着けていないが、意図的なのだろうか、両目は穏やかに閉じられている。そして、その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「おう、ソルか。いやいや、ジャストタイミングってヤツだ。助かったぜ」
魔法使いの名はソルと言う。栄次はさっきまでの剣呑な雰囲気を消して、はにかんだ様な笑顔を見せた。
その後、ソルが巨人達が元いた世界への転移ゲートを作り、栄次に叩きのめされて気絶した二人の巨人の覚醒を待たずに強制送還となった。この後、巨人達は向こうの法律で裁かれる事となる。どれほどの量刑かは向こう基準で判断されるだろう。
栄次は脱ぎ捨てていた外套を再び纏うと、捻り錠を回して、カギをかけ直した。
「さて、帰って今回の報告書でも書くかな。」
そう呟いた直後、二人の耳につけたインカムからアラームが鳴り響く。
『緊急入電!錦糸町二丁目にある宝石店にて人狼種による強盗事件発生。付近にいる調査官は現場に急行してください。繰り返します!・・・』
インカムから入る報告に、栄次は渋い顔をして天を仰ぎ、ソルは声を押し殺して笑う。
だが、次の瞬間には二人揃って、事件の現場への飛び出していた。
読んでいただき、ありがとうございました。
こんな拙い話を読んでいただき、感謝しかありません。