ダンジョンメンタルクリニック 院長と田中さん
「う~、どうしようかなぁ……」
晩酌を終えて、小一時間ほどスマホ片手に悩んでいた。
「いやいや、治療に必要なんだもん、使えるコネは何でも使わなきゃ!」
ようやく決心し、アドレス帳の「マスカレード」というグループをタップした。
「えーと、田中さん田中さん、と……」
ショーパブ『マスカレード』で働いていたころの顧客リストを探す。
「お、あったあった。そうそう、田中さんってT大の教授だったっけね。
アドレス帳の田中の項目には、「T大生物学教授、爬虫類オタク」というメモが書いてあった。
「さすがにメールじゃ失礼よね……」
深呼吸して、「よし!」と気合を入れてから田中の電話番号をタップ。
5回目の呼び出し音の後、「はい、もしもし」と、おっとりした調子で田中が電話に出た。
「あ、田中さんですかぁ? お久しぶりですぅ~」
当時のことを思い出しながら、精一杯甘えた声を出してみたが、どうか。
数秒間の「間」が、不安を募らせる。
「エリカ…… さん?」
イエス! 思わずガッツポーズが出た。
「覚えていてくれたんですかぁ? エリカうれしい!」
「なんでまた今ごろになって……」と、いぶかる田中に一気に畳み込む。
「以前田中さんにモンローちゃんの写真を見せてもらったことがあったじゃないですかぁ。とってもかわいかったから、またモンローちゃんに会いたくなっちゃってぇ。ダメですか?」
田中に考える余地を与えてはならない。頼られると断れない、田中はそういう男だ。
「え? いや、別に構わないけど……」
「ありがとうございますぅ~。じゃあ、土曜日のお昼に、大学の研究室に伺いますね?」
田中が、わけがわからず「あ、はぁ……」と、しどろもどろになっているうちに、「じゃあ、楽しみにしてます! 田中さん大好き!」と言って電話を切った。
「はあぁ~」
深く長いため息が出る。
「ごめんね、田中さん。でも、今回の治療にはどうしてもモンローちゃんの助けが必要なのよ」
エリカことシンオウメンタルクリニックの院長は、通話を終えたスマホに向かって両手を合わせた。
拙著『ダンジョンメンタルクリニック』の、舞台裏です。
今回は『ダンジョンメンタルクリニック(2)』の、本編では語られなかったサイドストーリーを短編作品として投稿しました。
興味を持っていただけましたら、ぜひ本編も併せてご覧ください。