死の森の洗礼
どうも
「い、いてて…お、俺は一体何を……そうか、俺は崖から突き落とされて…」
俺は村の誰かに突き落とされたが、偶然にも落ちた先の木の葉に受け止められた事で生き延びた様だ。俺も存外しぶといもんだな。
だが、ここは死の森だ。生き残る為には魔物に見つからない様に隠れながら出口を探すしかないだろう。生憎入り口は崖な訳で、来た道を戻るということは出来ない。
つまり無闇矢鱈に探す必要がある訳だ。木の高さはかなりあり、頑張って降りたは良いもののもう一度登るとなると難しそうだ。
取り敢えず『縮める』を使って背を小さくしておくか。こんなクソみたいなスキル一体どこに使いどころがあるのかと思ってたけど、身を隠すという点においてはかなり使える。
もっとも、スキルの中には身を隠すのに特化したのもあるらしいので飽くまでも代用の域を超えないのだが。
俺は息を潜めながら我武者羅に前に進んで行く。時折聴こえる魔物の遠吠えにビクビクと怯えながら。思えば村で酷い目に遭っていたとは言え、命の危険を感じた事はほとんど無かった。
アレは俺の両親がきちんと止めてくれていたからだったのだろうか。やり方が酷かっただけで、俺はもっと感謝した方が良かったのだろうか。
…まぁ、今はいいか。兎に角生きてここを出る方が先だ。村に戻るかは後で決めれば良い。
ダッ!ダッ!ダッ!ダッダッ…!!!!
…!?危ない!!
突然自分の方に向かって走ってくる足音が聞こえた。偶然俺の方に向かって走ってきているのか、それとも俺の存在を感知したから俺の方に走ってきているのか。どちらなのか分からないが、俺は前者を祈りつつ、草陰に身を潜めた。
徐々に近づいてくる大きな足音。大きかったから気付かなかったが、想像以上に遠くから走って来ているようだ。
…!!来た!狼のような姿をしている魔物だ。目が三つもある。更には大きい。何メートルあるのか分からないぞ。
なんという事だ!俺の前で立ち止まってしまった。どうやら本当に俺の気配を察知してここまでやって来たようだ。
…ドクドクッ…ドクドクッ…
心臓の音が辺りに響いてしまっているような錯覚すらしてくる。…頼む!頼むから何処かに行ってくれ!!
そんな俺の願いが通じたのか、はたまた気の所為だと思ってくれたのか、狼はゆっくりと歩いて何処かに行ってしまった。
しかし俺は喜ぶ訳でもなくそのまま数分、いや、数十分だろうか、草叢の中で茫然としていた。
なんだかんだ言って、俺はまだ命の危険に晒されるというのがよく分かっていなかったという事なのだろう。死んでしまうかもしれなかった恐怖、助かったことによる安堵で俺は固まってしまっていた。
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暫しの休憩?を行なった俺は声を出さずに今後の行動をどうするのか考えようと思った。でも、一体この状況で何が考えられるというのだろうか。
出口を探す?当然だ。だが、道が分からない以上適当に進むしかない。
食料を見つける?これも大事だ。だがこの魔物だらけの森の中でそう都合良く見つかるのだろうか。
寝床を見つける?無理だ。そんな場所があるなら既にそこは魔物の巣となっている事だろう。
結局何を考えようとも無駄なのだ。人間の知識なんてものは通用せず、ただ運に身を任せるしかない。況してやここは熟練の戦士でも死んでしまうとされる死の森…絶望的だ。
このまま諦めてここでジッとして死を待つだけで居られればどれだけ楽だろうか…だが、出来ない。そんな事をする勇気は俺には無い。
兎に角何かしらの行動を起こさなければと思い、一歩を踏み出したその時、気付いた。こちらを見ているリスがいる事に。
こんな殺伐とした森に、あり得ないぐらい相応しくないリスがいた。さっきの狼みたいに目が三つある訳でもなく、普通では無いぐらい大きい訳でも無い、普通サイズだ。
俺はこんな森にも普通のリスもいるんだな…と普段なら微笑ましい、しかし今においては異常なことに疑問を持たなかった。
この森においてそんな事があり得るわけがない!…と少し疑心暗鬼になってでも全てを疑うべきだったのだ。
「あれ?リスが…消えた?」
さっきまでいたリスの姿が見当たらない。どこに行ったのだ「ブチッ!グチャグチャグチャ!!!」ろうか…
……アヒャ?
なんだ今の音…は、あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
ゆ、指!!指がない!!右手の指がない!痛い痛い痛い!!ああ!あいつ!あのリス!俺の指を食ってやがる!!返せ!返せ!俺の指を返せ!!
俺はリスに向かって走り出した。先程までの恐怖などは何処へやら。俺の頭の中は凄まじい痛みと、失った物を取り返したいその一心で一杯だった。
だが、それは更なる不幸を招くこととなる。気づかぬ間に指を取る事ができるほどの実力差のある敵だ。心だけ、気持ちだけではどうともならない。それを俺は知る事となるのだった。
ブクマください(直球)