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 月日は流れ、この前6歳になったばかりと思っていたけど、もうそれからも半年近い。

 日本の基準で言うと、小学校一年生に当たる。

 まぁ、ずっと家で過ごしているので、友達100人どころか一人すらできそうにない。この世界では学校は、学園に5年通えばいいだけである。小学校5年生から中学3年生までの5年間だ。


 ガロン兄は9歳、弟のカシオは2歳。カシオはもうすぐ3歳になるので、どんな一芸を選ぶのかな~とちょっと楽しみ。当の本人はそんなことまだ何も知らないと思うけど。


「あらあら、ガロちゃんは偉いのね~」


 靴を履くガロン兄に、お母さんは言った。


 外はざあざあと雨が降っている。


「……毎日やらないと」


 ガロン兄はそう言って、玄関を開けた。

 雨の日も、風の日も、ガロン兄は毎日槍の練習をする。すごい努力家なのだ。もう一年以上前になるけど、槍の大会で優勝したのは紛れもなく実力だ。


「……それに、雨だと涼しい」


 そう言ってガロン兄は、雨に入っていった。


 今は夏、確かに雨だとそういう点はいいかもしれないが、結構な雨だよ?

 小雨なら分かるんだけど、ガロン兄の感覚は既に常人とはかけ離れてしまっているのか。


「あらあら、ガロちゃん、頼もしいことだわ~」


「ママ! ルーもお外行く!」


「ルーちゃん、濡れて風邪をひくかもしれないわ」


「大丈夫! 傘をさすから!」


「そうねぇ、それなら安心だわ~」


 玄関で話していると、弟のカシオがとてとてとやって来て、俺に抱き着いてきた。


 俺の方か……

 と思いつつ、カシオの頭をなでる。

 カシオは家族みんなに懐いていて、俺にもよく抱き着いてくるのだ。


「にぃに、一緒にいこ?」


「うん」


 ルーチェの誘いに、迷いなく頷く。


「僕も一緒がいい!」


 カシオが言った。


「うん、カシオも一緒なの!」


「ママも一緒に行くわ~」


 ということで、4人で雨の中へ。


 傘をさしているが、お母さんが簡単な魔法をかけてくれたので、軽い水しぶきで濡れることはない。

 ちなみに俺とルーチェは相合傘である。兄妹なら当然だよね!


「ママの魔法は弱いから、水たまりには入らないでね~、濡れちゃうから」


「うん!」


 



 4人で雨の中を歩く。

 水たまりを踏まないように、ルーチェはぴょんぴょん跳ねながら「うんしょ!」と謎の掛け声を出している。


 館の前にある庭も、雨の中では華やかさに欠ける。

 中央の噴水からは、雨が降っているのにかかわらず、絶えず水が出ていた。


 雨の中に、初老の男が傘もささずにいた。


「む」


 ぼんやりと歩くその男は、立ち止まり振り返る。


「お若いのに高尚な趣味をお持ちで」


「こんにちは、お義父さん」


「こんにちは! じぃじ!」


「こんにちは~」


「こんにちは、おとー!」


 その男、この街の領主であり、俺たちの祖父にあたる人だ。

 お母さんから見れば、義理の父親である。カシオが“おとー”と呼んでいるのは、お母さんの呼び方を真似しているだけである。カシオは末っ子の宿命か、いろいろあまあまで育っているので、カシオの“おとー”呼びを訂正する者はいない。


「こんにちは、奥方に、我が愛しの孫、ルーチェ、ルクス、カシオ。みんなで散歩か?」


「ええ、ルーちゃんがお外に出たいというもので~」


「ふむ、流石は我が孫、ルーチェだ。若くして雨の中にいる(おもむき)を知るとは……儂が子供の頃は、雨は嫌いだったなぁ、手が濡れて槍が持ちにくくなるのが嫌だった」


 お爺ちゃんはよく見ると、雨に濡れていない。雨をかわしているのだ! 槍の達人なので、多分、雨をかわし続けること程度、造作もないのだろう。

 スキル《解析》【特】を使ってみると……ふむふむ、スキル《覇道》っていう奴っぽいね。このスキルは結構多くの武術スキルに含まれているスキルで、スキル《槍術》【特】の派生スキルでもある。


「だが今は雨は好きだなぁ……庭も、雨の時の方が良い。この庭は儂には少々派手すぎて……こう雨が降ることで、庭は完成する気がする。ほら、あそこに咲く花の名は分かるか? あの花は派手すぎると思うが、雨の中だといい塩梅と思わんか?」


「ルー、知ってる! ヒヒイロカネの花だよ! ヒヒイロカネの花って言うんだよ!」


「おお、ルーチェ、よく知ってるな。偉い偉い。孫が優秀で、儂も鼻が高いぞ」


「それでねヒヒイロカネの花はね、成長速度がすごく遅い代わりに、いろいろな場所で生育できるんだよ! でもやっぱり成長速度が遅すぎるから、とっても珍しい花なんだよ!」


「すごいわぁ、ルーちゃん。物知りなのねぇ~」


「儂も驚いた……ルーチェはまだ5歳だったか? それなのにこれほどの知識とは」


「ルーは6歳だよ!」


「そうか、もう6歳か……じゃが、6歳でもすごいな。本当によく知っておる。よく勉強しておるんだな」


「ううん、違うの……にぃにに教えて貰ったから」


 ルーチェがそう言うと、お母さんとお爺ちゃんは『まさか』という表情でこっちを見る。

 いや、その表情は失礼じゃない?

 二人の中では、俺はどんだけダメダメな子の扱いなのか……


「確かに教えたこともあるような……?」


 演技をする。本当は鮮明に覚えてるんだけどね。

 俺のモブキャラ的には、こういう反応になってしまうのだ。


「にぃにはすごいんだよ! ルーの知らないこといっぱい知ってるんだから! それにドラゴンだって倒せるもん!」


「……ドラゴンは夢の話でしょ?」


 お母さんはツッコむ。


「む~、でも、いろいろ教えてくれたのは本当だよ!」


 そういうルーチェに、お母さんは誰にも聞こえないくらいの小声で「それも夢なのかしら……?」と呟いた。

 いや~、実は全部現実なんだけどね。俺はモブで通っているからね……


 俺はふと上を見る。

 そして、傘に隠れた向こう側の魔力を目で追う。


 その正体に気付く。

 ドラゴンのブリーだ。


 一年ほど前に会ってからというのも音信不通だったが、ついに帰ってきたようだ。

 ……しかし、タイミングが悪い。前みたいに夜来てくれれば良かったのに、今は昼だ。


 どうしよう?

 このままだと十中八九、俺の下にやって来るだろう。ブリーが下手なこと言えば、俺のモブライフが詰んでしまう可能性がある。


「にぃに、上見てどうしたの?」


「ト、トイレ……」


 俺はトイレ作戦を採用した。

 そして館へ猛スピードで向かう。


 猛スピードと言っても、6歳児が出せる速度ギリギリくらいだ。


 走りながら、千里眼と世界一の聴力を駆使し、ルーチェたちの様子を見守る。

 お爺ちゃんが上を見上げる。


「ルクス……まさか……いや、偶然か」


 お爺ちゃんは、ブリーの存在に気付いたようだ。


 びゅうう。

 暗い空を飛ぶドラゴンの音が聞こえる。


 雨に濡れるのにも構わず、ルーチェとカシオは空を見上げる。


「ドラゴン?」


「え! ルーちゃんあれ、ホントにドラゴン!?」


 ルーチェの呟きに、カシオは興奮する。


「あらあら本物かしら……」


 お母さんも濡れることをいとわずに暗い空を見る。


 一方、俺はモブに出しうる最高の速度で移動し、なんとか館に着いた。

 着くと同時に、空を悠然と飛ぶドラゴンは突然動きを変え、こちら――領主館へ突っ込んでくる。


 あー、やっぱり来るか……

 本当にどうしよう。

 てかブリーはどうするつもりなんだろう? このままだと館に突っ込むことになるぞ。


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