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幕間 ブリー


『ブリー』


 その名が自分の魂に刻まれるのを、ブリーとなったドラゴンはじんわりと感じていた。


 ついに見つけた主。

 吾輩の人生が、ようやく始まる。


 ブリーは希望に満ちていた。



 *



 ドラゴンは20になるまで、名前を持たない。

 子供の時に持つ名前は、言わば仮初の名であり、ニックネームのようなものである。


 真名は20になったときに、キングドラゴンから付けられる。

 そしてドラゴンの真名は魂に刻まれる。


 真名を授かることを、真名の儀というが、真名の儀は一年に一度である。

 ブリーのときの真名の儀には、5体のドラゴンが参加した。5体というのは少し多い方なくらいで、年によっては1体しかいないなんてこともある。ちなみに、ドラゴンの寿命はヒューマンの3倍程度ととても長い。200歳以上が老人ならぬ老竜という感覚である。ドラゴンはこの世界で最も寿命が長い種族の一つなのだ。


 ただし、ドラゴンの王、キングドラゴンはさらに寿命が長い。

 他のドラゴンに唯一名を付けることができる存在であり、ドラゴンの象徴で英雄だ。寿命は500年以上で、500年に一度くらいのペースで“キングドラゴン”は次の世代に継承されていく。


 ドラゴンの頂点に君臨するキングドラゴンの前に、5体のドラゴンが並ぶ。

 これから成竜となるドラゴンたちに、順にキングドラゴンが名前を付けていく。


 真名が魂に刻まれるのは、本人にも分かるようで、名付けられたドラゴンたちからは『おお……』とか『ふわわ……』とか声が漏れてくる。


 順番で最後になっているブリーは、自分も真名を付けられることを疑わず、今か今かと待ち望んでいた。


 そしてやっと回ってきた自分の番。

 自分よりも一回りは大きいキングドラゴン様がじっと自分を見る。その目は魂を見抜く。


『ふむ、その血を持つか……』


 え?

 まさか……

 脳裏に浮かぶのは、遠くへと投げ捨てたい過去の蔑称。

 それはブリーのコンプレックスの原因にもなっているもの。


 いや、そんなことじゃないはずだ。


 ブリーは嫌な想像を隅へと追いやる。


 しかし……


『漆黒の体に、琥珀の鱗』


 その言葉で嫌な想像は当たっていたことが、分かってしまった。


 堕竜の血だ。


 堕竜の血。

 それは、ドラゴンたちの中で忌み嫌われてるもの。


 かつて勇者と呼ばれる人間に付き従ったドラゴン。

 ドラゴンは自分たちの種族が世界最上の孤高な存在だと、全く疑うことなく信じている。それゆえプライドが非常に高く、人間ごときの下僕になるなどあってはならないと思っている。

 だからこそ、そのドラゴンの存在は孤高なドラゴン族の汚点であり、皆から嫌われている。


 堕竜と呼び、貶す。

 人間の下にまで堕ちた竜なんだと。


 堕竜は漆黒の鱗に琥珀の瞳を持っていた。

 漆黒の鱗も、琥珀の瞳も珍しいものではない。それでもドラゴンの中にはひどく嫌う者もいる。鱗の鱗が黒いだけで、堕竜の血! と指をさして笑われ、瞳の色が琥珀なら、堕竜がうつる! こっち見んな! と煙たがられる。


 まあ流石に面と向かって言われるのは、子供の時だけで、成竜となる頃には面と言われることはなくなった。とはいえドラゴンたちの中にある堕竜嫌いはいかんともしがたいものであり、ブリーはいくら努力しても認められない環境の中で育った。


 それでもブリーは努力した。

 人一倍、努力した。

 なのに自身を取り巻く状況は何も変わらず……


 自分の置かれている辛い環境をなるべく考えないようにしていただけ、かもしれない。でも努力に努力を重ね、努力をし続ける。そうして今までやって来たのは事実だ。本当に頑張って来たんだ!

 なのにキングドラゴン様すらも、吾輩を認めてくれないというのか……??


『君に真名を与えることはできない』


 そして、そう告げられた。



 *



 ブリーは竜の国を飛び出した。


 ドラゴンにとって、竜の国を出ることはさほど珍しいことではない。

 その理由は、やはり美の追求だろう。

 ドラゴンは基本的にやることがない。生きるのなんて楽勝だし、一日の大半は暇になる。そんな中で一番大きな欲求は、自らを高めることである。高めるといっても戦闘能力的な意味合いではない。むしろ戦闘能力は生まれつき高いものを持っているのだから、関心はなく、子供の頃にある程度訓練したら十分でしょ? という感覚である。関心があるのは芸術方面だ。絵画や彫刻、建築や数学、音楽や木花。そう言ったものに触れ、自らの芸術性を高めたいと、ドラゴンは思う。


 そんな中で自らの芸術性と向き合うための旅は、よくある話である。

 たったひとりで世界を一周する。

 ひとりで大丈夫か? という心配は無用だ。ドラゴンは強いので、95%のドラゴンはちゃんと戻ってくる。まあ……残りの5%はお察しだ。世界中にはたまには強い敵がいるし、無謀にも人間の国を襲う阿保なドラゴンもいる。箱入り娘でたったひとりでも危機感なんて全くない奴だらけなのだから、仕方がない。


 そういうわけで、世界一周の旅は結構ポピュラーなものだ。


 ブリーは衝動的に竜の国を飛び出した。だが本人の中では、自分の行為を美の追求と偽り、旅をする。

 現実から目を背け続ける。

 もう竜の国には帰りたくなかった。世界一周の旅も2周目に入り、ゆっくりと各地をめぐる。行く当てもなく、目的もなくふらふらと……


 そして二人の人の子に出会った。


 

『人間の餓鬼が2匹か……あまりの存在値の低さに、こんなに近づかれるまで気づかんかったぞ。あっぱれと言っておこうか! ふははははは!』


「にぃに、ドラゴンって大きいね! あとやっぱり喋れるんだ!」


 吾輩の声を平然としている時点でおかしかった。


「にぃに、ドラゴンの上に乗ってみたい!」


「そっか~、じゃあ、乗ってみようか~」


 そして背中に乗られ……

 吾輩は怒った。


 人の子なんて簡単に消し炭になるはずの火炎を吐いた。

 だが、逆に吹き飛ばされたのは吾輩であった。


『ぐおおおおおお!!』


 暴風に飲まれバランスを失う。


 そして吾輩は気付いた。

 吾輩は他のドラゴンが言うように堕竜だと。

 だから主が必要だと――


――そしてこの目の前にいる人の子が主だと。


「それで……上に乗って空を飛んでみたいんだけど」


『構わないぞ、主よ』


 そうして吾輩は主を得たのだ。

 ここからが本当の人生だという思いを胸に。


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