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ドラゴンが来る!
ドラゴンは真っ直ぐにこっちに来ている。
……この方向は、明らかに俺の家を狙っているな。
「へぇ……ボクと師匠に喧嘩を売るなんて、下賤なトカゲがいたものだね!」
ククク、と神様は嗤う。
転移すると、暗闇の中、月光に反射して艶めくフォルムを持つドラゴンが猛スピードで来るのが見えた。
即座にスキル《光魔法》【特】の派生――《ライト・バインド》を使う。
「ぐおっ!? 何だ!?」
「何だ、はこっちのセリフだよ」
ドラゴンは光の輪によって拘束された……この輪っか、光り輝いてて眩しいな。こんな夜にこんな眩しいのはダメだ。こんな姿見られたら、俺がモブじゃないってバレちゃうし。スキル《遮光》を使うか。
神様も転移してきたようで、「殺すよね?」と物騒なことを聞いてくる。
いや……なるべくなら殺したくはないが……
「主!」
主? ドラゴンが何を言いたいのか、よく分かんないけど……
「なんでこの街を襲おうとしたんだ?」
そう尋ねると、ドラゴンはブルブルと首を横に振る。
「違うんだ、主! 吾輩は主に会いたかっただけなんだ!」
「ふむ……なるほど」
分かったぞ。
「さてはこのドラゴン、神様のペットだな?」
「ボク、こんなトカゲを飼うような趣味はないけど」
「え……違うの?」
でも神様だし、ずっと前に作ったペットの存在を忘れたのかもしれない。
「主! 吾輩の主は貴殿だけだ!」
ドラゴンは真っ直ぐ俺のほうを向いて言う。
俺?
でも……こんなペット、作った覚えはないけど。そもそもペット自体作った覚えはない。
「……人違いじゃない?」
「主! 忘れてしまったのか! あれは一ヶ月ほど前の深夜、主の蹴り一発で吾輩は吹き飛ばされ……絶対服従の証として、背中に主と主の姫君を乗せた、あの日を!」
「あっ!? もしかして“夢”のときのあの黒いドラゴン!?」
「夢……? まあ主が分かれば、それで良いが……」
このドラゴン、ルーチェとの夢で見た、ということになっているあのドラゴンか。
まあドラゴンに夢って言っても通じないね……
「吾輩はずっと主からの連絡を待っていたんだ! 暇で暇で人化まで会得したのだぞ! それでも主からの連絡は来ず、結局、吾輩はいろいろな人間の街を探し回った」
ドラゴンのその言葉にピキーンときた。
「もしかして……王都の上空にも行った?」
「ああ……確か、無茶苦茶に人間がうじゃうじゃいたところだな? そこになら、何度も行ったぞ」
やっぱりメルカ姉が見たドラゴンは、このドラゴンか。
「てか、暇で暇でって……普通ドラゴンって何をしてるの?」
「ほとんどのドラゴンは“竜の国”に住んでいるが……」
それ、本で読んだことがある。
北の大陸の東の端に“竜の国”という場所があるらしい。この竜の国に行ったことがある人は歴史上、数人しかいないらしく詳しいことはよく分かっていない。ただ確かなこともあって、北の大地に住む魔族が東の大陸へと侵攻できていないのは、竜の国の存在が大きいらしい。
「ドラゴンは美しいものに目がない。竜の国でさまざまな芸術作品を作ったり、評論会を開いたり、美の研究をしたりするのが一般的な生活だな。
だが、ずっと竜の国にいても、結局他の奴らの後追いになってしまう。
だからこそ吾輩は新たなる美しさを求めて、世界一周の旅をしていたんだ……だが、人の子に背中を乗られ、プライドを失った吾輩にはもう帰る場所はない」
「そっか」
竜の価値観は分からないけど、俺のせいでこのドラゴンさんが家に帰れなくなったのは分かった。
ちょっと申し訳ないかも。
「吾輩は主の忠実な僕だ。主の課した試練、吾輩の手にかかれば朝飯前だったしな!」
「試練?」
「人の群れの中に紛れた主を見つけ出すという試練だったのだろう?」
いや、全然違うけど。
「吾輩は目に自信があるからな! これほど早く見つけられたぞ!」
「目?」
「そうだ! ドラゴンのみが持つことを許された竜の目だ! これがあれば魔力が色として見えるぞ」
「へー、そいやあ俺も持ってる」
特性《竜の目》【特】だ。
でもそっか。魔力に色がついて見えるのは、この特性のおけげだったね。いつものことすぎて忘れてたよ。
ドラゴンの魔力を見てみる。
夢のときと全く同じだ。
「う~ん、君の魔力はトゲトゲしてて、さっきっぽの方が青色、真ん中らへんは黄色だね。流動的で綺麗な魔力だよ」
「なっ!?」
見た目の説明をすると、ドラゴンは大きく目を見開く。やっぱり人間が《竜の目》を持っているのはおかしいかな?
ちなみに神様はさっきからずっと黙っていて、隣でニコニコしながら見ている。
神様は《竜の目》で見ても魔力が見えないんだよな……というかそもそも魔力がほぼゼロだ。俺みたいに魔力放出を抑えているって感じでもないんだよね……
「そ、そんなに細かく分かるのか!? 主よ!」
ドラゴンは大声を出す。
あー、スキル《遮音》も使っとこう。
「普通は全体の色が分かるだけなのだが……それほど細かく見えるのは生ける伝説、キングドラゴン様くらいだ!」
普通はあんまり分からないのか。
【特】レベルって世界に一人いるかどうかっていうレベルだし、もしかしたらそのキングドラゴンと同等くらいの力があるのかもしれない。
ドラゴンはうな垂れて、
「主……本当に何者なんだ……」
と呟いた。
まあ、何者かと問われれば……転生者、モブ志望ってことになると思う。
言っても信じないと思うけど。
でもモブにドラゴンの下僕はいらないんだよね。
「そもそも、俺、主になるつもりなんてないよ」
「……え?」
拘束され続けているドラゴンは、目を潤ませてこちらを見る。
「主……」
「……そんな目で見ても、モブにドラゴンは必要ないし」
謎の罪悪感が……
「まあまあ、このトカゲからは悪意は感じられないし、下僕に加えてやってもいいんじゃない?」
今までずっと黙っていた神様が口を開いた。
「ま、高次元の戦いに影響がないならの話だけど……」
意外だ。
神様、殺すとか下賤なトカゲとか言ってたから、ドラゴンは嫌いなのかと思ってたけど。
「神様がそういうのなら……」
ドラゴンはぱぁっと明るくなり、
「吾輩を下僕にしてくれるのか!」
「ああ」
「よろしく! 主よ!」
ドラゴンは嬉しそうだし、まあいっか。
「ん~、そうだ、名前はなんていうんだ? ドラゴンって呼ぶのは呼びにくいし」
「名は捨てた。ぜひ、主に名を付けて頂きたい!」
え~、俺、ネーミングセンスないんだけど……
「そうだ。人化できるんだよな?」
「ああ」
「拘束を解くからやってみてくれ」
拘束を解くと、ドラゴンの体が光り、体が縮んでいく。
現れたのはイケメンだった。
漆黒の黒髪に、琥珀色の瞳。
すらっとした体躯に、割れた腹筋……
「なんでフルチン!?」
そう。
そのイケメン、完全な素っ裸だった。
「どうだ? 吾輩の人化は完璧だろう? そしてこのボディ! 美しさを感じないか?」
「いや、なんか着ろよ」
「主よ、吾輩の美しさが分からぬのか? この美しさ、芸術の域だとは思わないか?」
は、はぁ……
俺は健全でノーマルだ。そっち系の趣味はない。
……いや、別にこのドラゴンも変な意味で言ってるとは思わないが。
「とりあえず、服を着なかったら、名前、フルチン野郎で」
「横暴な!」
そう言いつつ、ドラゴンは即座に白のブリーフを付けた。
名前、ブリーフ野郎でいいかな?