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夏は続く。
世の学生たちにとっては、夏休みが始まったところであり、浮かれてる子も多いことだろう。
この世界のシステムは日本と酷似している。
年度の始まりは4月で、7月末から8月いっぱいにかけて夏休みがある。ひと月は30日、一年は360日きっかりで、一週間は7日で週休1日が一般的だ。
本当によく似ている。
今度、何でなのか、神様に聞いてみようかな。
あれ以来、神様はよく現れる。最近では深夜の時間帯、俺が一人黙々とピアノの練習をしているときに来ることが多い。このときなら、周りの目を気にせず心置きなく話せるので、俺的にもありがたい。ルーチェと一緒にいるときに神様が来ても、何もできないし。
……え? 神より妹を優先するの、って?
もちろん、妹優先だよね。
……。
……ちなみに俺たち幼児にも夏休みはあって、今は毎日が休日だ。お勉強や武術の訓練、ピアノの練習はすべてお休みとなっている。
まあピアノはやるんだけどね。
ルーチェはピアノが大好きで、休日も必ずやる。むしろ休日の方がピアノをやっている。
二人でいろんな曲を弾いたり、二人で作曲したり……案外、やることは尽きない。
倍速で弾いて指が回らなくなったり、アレンジを入れすぎてコテコテになったり……いろいろ馬鹿みたいなこともよくやっている。
夏休みに入ってから数日後、メルカ姉が帰ってきた。
「みんな、ただいま!」
薄桃色のショートヘアを持つ少女は、あらためて見ると、とっても明るそうな印象を与える見た目だ。実際メルカ姉は明るいけど……こんな見た目だったっけ? 特性《記憶力向上》【特】のおかげで前の姿は完璧に覚えている。やっぱり大分雰囲気変わってるよね。学園生活で丸くなるんじゃなくて、むしろ尖ったのかな?
「おねえちゃん、おかえり!」
「ただいま、ルーチェ! 会いたかったよ~」
メルカ姉はルーチェをぎゅっと抱きしめた。
「むぎゅっ……」
「ん~、やっぱり夢で見たときと変わらない抱き心地……」
夢……まさか、覚えているのか?
メルカ姉は「満足満足!」と言ってルーチェを解放する。
「ぷはっ! おねえちゃん! 苦しかったの!」
ルーチェはすぐに抗議する。
「ごめんごめん! 夢の中でルーチェを抱きしめたんだけど、その時の抱き心地がとっても良かったから! いや~夢の中以上の抱き心地かも。ホント抱き枕の素質あるって!」
確かにルーチェの抱き心地は素晴らしい。
だけどルーチェにはすでに先約がいるので、残念ながらメルカ姉の抱き枕になることはない。
「ルー、夢の中でおねえちゃんに会いに行ったの! おねえちゃんが寝てるお部屋に行ったんだよ!」
「そっか~、ルーチェから来てくれたのか~、ありがとね!」
メルカ姉は優しい微笑みを浮かべた。
……やっぱりメルカ姉、だいぶ変わったね。
「おねえちゃん、大人っぽくなった!」
「ほんと? ありがと! でも、ルーチェも少し見ない間に大人に近づいたね!」
「うん!」
メルカ姉とルーチェとリリスと4人でお風呂に入った。
俺はまだ幼児なので男カウントはされない。
……リリスってやっぱりサキュバスなだけあって、体つきがえげつない。ボッ! キュッ! ボン! である。17歳の体ではない。
「私、ドラゴンを見たよ。王都にドラゴンが現れたんだよ」
「え、メルカ姉、大丈夫だったの?」
ドラゴンと言えば、代表的な災害の一つだ。
いきなり上空に現れてブレスを放たれたら、どうしようもない。甚大な被害を被り、それがきっかけで衰退した国なんて数知れず。
「うん、上でぐるぐると飛んでただけだから」
ぐるぐると?
たまたま移動する途中で、王都の上空を通ったというわけでもないのか。何なんだろう?
「ドラゴンならルーも夢の中で見たよ! 炎がすごかったけど、にぃにがやっつけてくれたんだよ!」
「へー、ルーチェの中だとどれだけ美化されてるんだろうね。ね? お兄ちゃん?」
メルカ姉は意地の悪い笑みをこちらに向ける。
実は美化じゃなくて、実力なんだけどね。
「そんなことないもん! にぃにはすごいんだもん! リリス姉もなんか言ってよ!」
「え、ま、まあ……どうだろ」
リリスの曖昧な態度に、ルーチェはぷくーと頬を膨らませた。
「いいもん! にぃにのすごさはルーだけが知ってればいいもん!」
お風呂から出ると、少し早いが夕食ということになった。
「メルちゃんが無事に帰ってきた祝いということで……腕によりをかけて作りましたわ」
お母さんのの作る料理はいつもおいしいけど、今日はいつも以上に豪勢だ。
テーブルにはお父さんも座り、全員で9人。
お父さん、お母さん、メルカ姉、ガロン兄、俺、ルーチェ、カシオ。それにエルフ先生とリリスだ。
「やっぱりメルちゃんの学園生活が気になるわ。友達はできた? 恋人は?」
「学園生活というのはよく分かりませんが、メルカさん、寮で一人暮らしなんだよね。寂しくなかったですか?」
お母さんとエルフ先生は聞く。
「ん~、寂しいのは最初だけだったよ! 友達は百人くらいできたね!」
「メルちゃん、百人も友達を作るなんて、すごいわぁ」
いや、友達百人は常識的に考えておかしいでしょ。
……いやでも、メルカ姉なら不可能じゃないのか?? 毎日一人友達を作れば百人じゃん! とか言い出しそうで怖い……
「それで、恋人はできた?」
「う……いないけど」
メルカ姉の頬は少し赤くなる。
ガタッ。
「駄目だぞ! 男なんて全員狼だからな! もしも二人きりになってみろ! 食い殺されるぞ!」
突然立ち上がったお父さんは大声で言った。
「どうしても気になる奴がいるのなら、ここに連れて来い! パパが|見極めて(処刑して)やるから!」
「あ・な・た?」
お母さんが睨むようにしてそう言うと、お父さんは小さく座り、顔を上げず駆け込むように食べ始めた。
「メルちゃん、パパの言うことなんて気にしなくてもいいからね。恋人を作るのはメルちゃんの自由だから」
「……う、うん」
メルカ姉は耳まで赤くして俯いた。
一方、ルーチェは、
「恋人って……将来結婚する相手のこと?」
と首をコテっと傾げて聞く。
「将来結婚するかもしれない相手のことかな?」
と言ってみたものの、ちょっと違う気がする。
……う~ん、うまい言い方が見つからない。
よくよく考えると恋人ってなんなんだろう?
「ルーチェ、ルクス、違うんだよ。結婚とか関係なしに、互いに自分たちが恋人だと認めたら、もう恋人なんだよ」
リリスは得意げに言った。
う~ん、その言い方は間違ってはないけど……合ってもいないっていうか……
「どゆことなの?」
案の定、ルーチェはよく分かっていない。
「人間はね、好きな相手と恋人になりたいって思うようにできてるんだよ」
「結婚とは違うの?」
「う~ん、結婚だといきなり大ごとすぎるから……その前段階的な意味合いもあるね」
「む~」
ルーチェは悩む。
リリスの言っていることが、やっぱり分かりにくいのだろう。
でも結局、恋人ってなんなんだろう?
「恋人になったらね、手を繋いでショッピングをしたり、同じベッドで寝たりするんだよ」
「む~……ルーはにぃにの恋人なの?」
「ううん、恋人になるためには告白をしないとダメだよ」
「告白?」
「そう。“私と恋人になってください!”って言うことが告白。これで相手からオッケーが貰えたら恋人になるんだよ」
「そっかー」
ルーチェはやっと意味を掴んだようで、にっこりと笑みを浮かべた。
でもリリス理論ってなんか変じゃない? どこが間違ってるのか、よく分からないけど……
「にぃに、ルーと恋人になって!」
ルーチェから告白された!!
俺は嬉しさに満たされながら、反射で答える――
「うん、いいよ!」
「「「「「「「だめだよ!!(だめだ!/だめだぞ!/だめだって!/だめです!)」」」」」」」
全員から突っ込まれた。
でもリリス理論からすれば、これで俺とルーチェは恋人だ。
うん、悪くないね!
「あはは、ルーチェのブラコンも、ルクスのシスコンも健在なんだね! あははははは!」
メルカ姉が笑うのにつられて、食卓が笑いに包まれたのだった。
その日の夜。
ピアノの練習を終えた俺は、上空に巨大な魔力を持った何かがいることに気付いた。
「なんだ?」
「ドラゴンだね」
今日もなぜか来た神様が、何でもないことのように言った。
「なぜ……?」
そのドラゴン、街の上空をぐるぐると旋回しているようだ。
もしかしてメルカ姉が言ってたドラゴンか? それなら、放置でいいかな。街を破壊するつもりなら、容赦しないけどね。
問題ない、寝よう寝ようと思った。
しかし――
え!? マジで!?
そのドラゴンは突然、方向を転換し、こちらに向けて飛んできたのだった。