11
ルーチェに見られてる。
まずい。
とてもまずい。
しまった。本当に軽率だった。
こんなところで喋っていたらルーチェが起きちゃっても不思議じゃない。ちゃんと適当な場所に転移して、そこでお話しするべきだった。
……。
……後悔してもしょうがない。
さて、どうするか?
『やっほー! 私は転生の女神アルムティーシャ! そんでこっちが――』
「わたくしはレーレシアと申します。天使やってます」
ちょ、ちょ、ちょ。
女神も天使も自由すぎかよ。転生って言っちゃってるし……
「それどういう手品なの!?」
ルーチェも驚いているようだ。
「ちょっとストップ!」
早くなんとかしないと、取り返しのつかないことになるぞ!
どうすれば……どうすればいい……!
「にぃに? あれ、どうなってるの?」
ルーチェは板の中にいる女神を不思議そうに眺めている。ルーチェの驚きはそっちなんだね……前世でスマホが当たり前だった人から考えると何も違和感ないけど、こっちの世界の感覚からするとそうなるか。
『これはですねー、遠くの景色を映してるんですよー。私は今、外世界にいるけど……うーん、案外説明って難しいね』
「ちょっと! 女神! ホントにストップ! 俺が詰んじゃうから!」
「にぃに、どゆこと?」
ホントどういうことなんだろうね。
もう俺が聞きたいよ……
何か、何かないのか! 上手い手が!
「そうだ! 夢だ! これは夢だ!」
「夢? どゆことなの?」
『私も分かんないよ』
「わたくしも分かりません」
閃いた。これは夢だ。夢にしてしまおう!
ごり押しで夢じゃないとできないことをしてしまえば、夢になるんじゃないか? そう。普通なら絶対にありえないことが起きれば――
「ルーチェ! 夢の世界にようこそ!」
「にぃに、ここは夢なの?」
「ああ! だからどんなことでもできるぞ!」
俺は指をパチンと鳴らす。
すると景色は変わり、俺とルーチェは上空に立つ。
「えっ!? 浮いてる!?」
「ここは夢だからな。ほら、下には俺たちの街が見える」
「すごい……すごい綺麗」
まだ俺たちは寝ているはずの時間。日は出たばかりである。赤く低い日が当たり、街にはしっかりと影ができていて、どこか幻想的だった。
「夢ってすごいね! ルーも何かできるかな?」
あー、それは無理かな。
だってここは本当は夢の中じゃないし……
ボロが出てはまずいので、俺は再び指をパチンと鳴らす。
すると景色は変わり、眼下には別の光景が広がっていた。
「別の場所に変わったー?」
足の下に何もないことにまだ慣れないようで、足を不思議そうに動かしながらルーチェはそう言った。
ちなみにこれはスキル《飛翔》【特】のおかげである。【特】レベルになると余裕で他の人に使うこともできる。
「ここは王都だよ。一度来たことあるよね」
「うん! おねえちゃんがいる場所なの! あ! 夢の中ならどんなことでもできるから、ルー、おねえちゃんを見る!」
純粋なルーチェはそう言った。
ふぅ……良かった。その“夢”は実現可能だから。もし王都を破壊するとは言われたら詰んでいたよ。ほんとルーチェが優しい子で良かった。
スキル《転移》【極】を用いて、メルカ姉の住む部屋に来た。実はメルカ姉の様子は暇なときに《千里眼》で見てたりしたから、寮のどの部屋に住んでいるのかは知っていた。
「おねえちゃんだ!」
その部屋には、薄桃色の髪の女の子が布団に抱き着くように眠っていた。
「……夏休み……むにゃむにゃ」
顔立ちは整っていて美少女と言っていいものだが、顔はだらしなく弛緩させて無防備だ。でも、とても幸せそうな寝顔で、いい夢でも見ているのかな?
寝ててもメルカ姉って感じだな~。
ちなみに学園はもうすぐ夏休みである。メルカ姉も家に帰ってくるはずだ。
「おねえちゃ~ん」
ルーチェはベッドに入って、メルカ姉の背中にくっつくように寝っ転がる。
ルーチェは嬉しそうにメルカ姉の体をぺたぺたと触る。
「ん……」
メルカ姉は身をよじる。
そしてまぶたが開き、眠たそうな半目になる。
「ルーチェ?」
メルカ姉はルーチェの方を向いてそう言った。
「そうだよ!」
「ルーチェ~……あれ? どうしてここに? あ、そっか、夢か~」
「うん! おねえちゃんに会いたくて、来たの! 夢の中ならどんなことでもできるから!」
「ありがと、お姉ちゃんとっても嬉しい。そっか夢の中で会いに来てくれたのか~」
「わ、わ、わ」
メルカ姉はぎゅっとルーチェを抱きしめる。
そしてすぐに「すーすー」という寝息が聞こえてきた。
メルカ姉は寝たようだ。ちょっと苦しそうにしているルーチェを救出する。
「ぷはっ」
「メルカ姉は変わってないね」
「うん!」
ルーチェは満足そうだ。
苦し紛れで夢ってことにしたけど、ルーチェが楽しんでくれてるのなら結果オーライかな?
「せっかくの夢だし、他に何かやりたいことある?」
「ん~、ルー、ドラゴンを見てみたい!」
「ドラゴン?」
「うん! 絵本に出てくるガオーって奴!」
ドラゴンか。絵本に出てくる悪役レパートリーの一つだな。ドラゴン、魔王、悪魔、吸血鬼あたりが悪役になることが多い。もちろんこいつらはこのファンタジー世界ではファンタジーでもなんでもなく、れっきとした現実である。
ドラゴンなんて見たことないけど、領主館で読んだ本の情報によると、結構な頻度でドラゴンは現れるらしい。その度に討伐隊を編成してお祭り騒ぎになるんだとか。
「ドラゴンを見に行くか」
「うん!」
すぐにドラゴンを探すぞ! ドラゴンって魔力が大きそうなイメージだから……スキル《魔力探査》【特】を使うか。
……。
こっから大分、北に行ったところにかなり大きな魔力があるな。
これか?
その場所をスキル《千里眼》【特】で確認すると案の定、漆黒の翼を持つドラゴンがいた。
よし!
指をパチンと鳴らし、山の頂上へ。
橙の朝日に薄い雲。眼下に広がる緑は濃く、目の前にいる巨大なドラゴンはこれ以上もないほどの漆黒だった。
『人間の餓鬼が2匹か……あまりの存在値の低さに、こんなに近づかれるまで気づかんかったぞ。あっぱれと言っておこうか! ふははははは!』
ルーチェにはスキル《魔力障壁》【特】の派生スキル《魔力アーマー》を念には念をと100重にしてかけておいた。万が一があるといけないし。
「にぃに、ドラゴンって大きいね! あとやっぱり喋れるんだ!」
『何っ!? この餓鬼、吾輩の声を聞いても平然としていやがる!』
ドラゴンの声には若干の威圧効果があるようだけど、全部《魔力アーマー》によって無効化されていてルーチェには効かない。
「にぃに、ドラゴンの上に乗ってみたい!」
「そっか~、じゃあ、乗ってみようか~」
パチンと指を鳴らすと景色が変わり、黒く艶めいた鱗の上に俺たちは乗る。
『なっ!? 何が起きた!?』
「ドラゴンさん! 飛んでください!」
楽しそうに命令するルーチェ。
『どうやって吾輩の上に乗った! だが、怒ったぞ! ドラゴンの背中は逆鱗だということを指教してやる!』
ドラゴンの背中が揺れ、振り落とそうとしてきた。
「あわわわ」
ルーチェはバランスを崩しそうになる。
俺はルーチェの手を握って即座に転移を使った。
ドラゴンを上空から見下ろす形になる。
『馬鹿な!? これはまさか転移なのか!? しかし予兆も何も全く感じられなかったぞ!』
どうしよう?
ルーチェはドラゴンの上で空を飛びたいと言っているが……どうやったらドラゴンが従ってくれるんだ?
「ドラゴンさ~ん、ちょっと俺たちを乗せて空を飛んでくれませんか? それだけでいいんです。無理ですかね~?」
聞いてみる。
分からなかったら、本人に聞くしかないよね。
直後、轟音が轟く!
『ふざてけんのかああああああああああああ!!!!!!』
「いや、ふざけてはないけど」
『これほど馬鹿にされたのは初めてだ! しかも人間の餓鬼に! 見逃してやってもいいかと思ったが、もう許さん! 消し炭にしてくれるわ!』
ドラゴンが口を大きく開けると、灼熱の炎が視界を埋めるようにして襲ってきた。
仕方ない。戦うか。
「《風来脚》!」
スキル《格闘術》【特】の派生スキル《風来脚》――これは《風魔法》が使えないと使えないし、その練度も影響するが、俺の場合【特】なので十分すぎる。
スキルに身を任せると、足が暴風を纏い、そして横なぎに足を振り抜く。
暴風の衝撃波が灼熱の炎を消し飛ばし、ドラゴンへと突き進む!
『ぐおおおおおお!!』
ドラゴンの巨体が冗談のように吹き飛んだ。
ヤバ……大丈夫だよね? あんまり手加減のこと考えてなかった……
ルーチェが震えた手で、俺の腕を掴む。
「にぃに、怖かったよ……」
「ごめん! でもお兄ちゃんのそばにいれば怖いことなんてないからね!」
「……うん」
ちょっとルーチェが涙目になってしまっている。
ごめんよぉ……
『はぁ……はぁ……はぁ……なぜだ!?』
一方、ドラゴンはなんとか空中でバランスを取ることに成功し、こちらをくわっと見た。
良かった、結構ピンピンしている。頑丈で良かったよ。
『いや、何者なんだ? 吾輩にはお主が何者か分からぬ……吾輩は浅学ゆえ……』
転生者なんだけどね。それはルーチェの前では言えない。
「どうだっていいでしょ?」
『どうだっていいか。確かに吾輩が無粋であったか』
「それで……上に乗って空を飛んでみたいんだけど」
『構わないぞ、主よ』
また怒らせちゃうかなって思ったけど、今回は受け入れてくれたようだ。ドラゴンにすごい奴って思われたっぽいし、だから乗せてくれるのかな?
でも、主?
ちょっとドラゴンの言い方が引っかかったけど……気にせず、転移でドラゴンの上に乗った。
「じゃあルーチェ、ドラゴンの上からの景色を楽しもうか」
「うん!」
大自然の上を優雅にドラゴンから眺める。
遠くに見える山々に、低い日が覗く。雲はゆったりと流れ、似たような景色が順繰りに続いていく。
「すぅ……すぅ……」
「……寝ちゃったか。少しの間だけど、おやすみ、ルーチェ。あとドラゴンさん、乗せてくれてありがとう」
俺は礼を言って、家のベッドへ転移した。
結果的にはルーチェとの楽しい旅行みたいになったし、たまになら怪しまれない程度にやってもいいかもね。夢の中でならお兄ちゃんのすごいところを思う存分見せつけられるっていうのも、評価ポイントの一つだ。
しかし……
「……あれ? なんでまだいるんだ?」
銀髪天使とモニターに映る神はそのまま、何も変わらず、俺の部屋にいたのだった。